第5話 変わり者
「────なんか気合入ってるねぇ。今日はそんな特別な日だっけ?」
気づけば、牛見の顔が目の前にあった。自分の席から身を乗り出し、こっちの机の上に体を乗せるようにして、俺の顔を覗き込んできている。
こんなに近づかれても気が付かないなんて……ちょっと考え事に熱中しすぎたみたいだ。もっと周りにも気を配らないと……って、それにしたって近すぎだろ。なんだこいつ。
彼女の瞳の中に、困惑する俺の表情が映り込んでいるのがわかる。それぐらいの超至近距離だ。頑張ればまつ毛の本数だって数えられそうである。
「……お前ってちょいちょい距離感おかしいよな。キスでもするつもりかよ」
「ん? してほしいならしてあげてもいいよ?」
そう言って牛見は、軽く唇を尖らせ、目を閉じる。
「はっ……⁉ いや、お前────」
「なんちゃって」
ペロリと舌を出し、ケタケタ笑った牛見は、満足したようで自分の席へと戻っていった。
「私だって乙女だからね。初めてはそれなりにムードのあるシチュエーションでお願いしたいかな」
クッソ……この変人相手に一瞬でもドギマギしてしまった自分が恥ずかしい。一生の不覚だ。
ただ、彼女は言動こそ奇抜だが、容姿だけは整っている。まるで作り物みたいに無駄のない端正な顔立ちだ。
だから定期的に彼女に惚れる男子は現れる。そういう意味では彼女もまた、真殿みたいな人気者であると言えなくもないのだが……いかんせん、あの変人っぷりだ。
全身オカルトグッズ塗れで、理解不能な発言も多い。そんな彼女に惚れるなんて見えている落とし穴に落ちるようなものだ。よほどの破滅願望でも無ければ踏み込めまい。
「で、何なの? 今日はいつもと雰囲気違うけど」
「……いいや別に。今日も授業頑張ろうと思っただけだよ」
俺は顔を背けつつ、なるべく素っ気なく見えるように答えた。
万が一にも、髪からほんのり漂ってきたシャンプーの臭いを嗅いで、鼓動を跳ねさせていたなんて気づかれるわけにはいかない。
俺だって男の子だ。美少女に接近されるのは嬉しいし、緊張する。だから体がついつい反応してしまう。
しかし俺は知っている。牛見はただ謎のオカルトアイテムを持参しているだけではなく、妙な儀式を押し付けようとしてくる危険人物だということを。
こういう危険を事前に察知できるのは、リセット現象のメリットと言えるのかもしれない。
牛見は今日の放課後に除霊がどうのこうのといって俺に何かしようとしてくる。その事実が事前にわかっていれば、距離を取って回避するのも容易い。
……待てよ。そういえば、一回目の時はそんなことされなかった気がするぞ。二回目の時に初めてされたんだ。
「俺の行動には、一回目も二回目も大差なかったはず。だけど、場合によっては周りの人の行動に大きな変化が起きることもあるのか……」
これは時間が経てば経つほど顕著になっていくだろう。俺だって、前回の行動を完璧にコピーできるわけじゃない。どうしても少しずつ変化してしまう。
すると、周りの行動も少しずつ変化していく。バタフライエフェクトとでもいうのかな。
予想外のことが起こるのは、リセット現象の調査をしていく上で邪魔になるかもしれない。避けられそうなら極力避けた方がいいな。
可能な限り前回と同じ行動を取る。その上で、不明点の検証を進め、リセット現象の法則性を探る。調査方針としてはこんなところか。
そんなことを考えていると、田中先生が教室に入ってきて、ホームルームが開始された。
(前回はここで、連絡を先読みして呟いたんだよな……)
前回と同じ行動を取るという方針を順守するなら、それだって再現すべきだろう。ただ、アレは明らかに失敗だったし、わざわざもう一度やる必要はないか。
前回と同じ行動を取ると言ったが、厳密に言えば、俺が踏襲すべきなのは既にリセットを経験した二回目の行動ではなく、特に何事もなく放課後の告白までこぎつけた一回目の方だ。
二回目と違ってかなり記憶も曖昧になってきてしまっているが、出来る限りその時の行動をなぞるようにする。
そうすれば不測の事態が発生することはなく、リセットに関する調査に回せる余力も増える……と思っていたのだが。
「────はっ⁉ しまった、寝てた‼」
数学の授業中、思いっきり爆睡してしまい、あろうことか叫びながら立ち上がってしまった。
眉間に深いシワを刻み、口角を下げてほうれい線を引き延ばしたおばさんが、俺の頭をノートの角で叩いて睨みつけている。
「……時谷君。授業が終わったら職員室に来なさい」
「あ、はい」
数学教師に説教の予約を入れられ、早くも行動にズレが起こってしまう。
授業中に寝るなんて、普段の俺なら絶対にしない失態だ。クッソ……これは夕方で一日がリセットされるせいで夜にならず、寝るタイミングがないせいだな。
リセットされても記憶を持ち越してるってことは、少なくとも精神的な疲労も持ち越してることになる。
その上色々考えることがありすぎて、脳みそにかかる負担も増えてる。居眠りもしたくなるってわけか。
「しまったな……説教受けてる暇なんてないのに……」
放課後になれば、俺には告白の先約がある。厳密に言えば先約なのは説教の方なのだが、俺にとってはリセット前から引き継がれている超重大イベントだ。
先生に引き留められている間に真殿が帰っちゃったらどうなる? 告白はなかったことになるのか?
いや、真殿だって今の話は聞いていたんだ。こっちの事情は把握してくれている。少しぐらいなら待ってくれるはずだ。
……待て、それ以前に今ので幻滅された可能性は? 真殿夏海と言えば、テスト成績では毎回学年一桁順位に入る秀才だ。勉学に対する姿勢は真面目そのもの。授業中居眠りする男への印象がプラスになるとは思えない。
「ぐあああああああっ‼ ヤバイヤバイヤバイやらかしたか?」
せっかくのモテ期が逃げていく音がする。もういっそこのタイミングでリセットしてくれ……。
「お取込み中のところ、ちょっといいかな?」
授業後の休み時間。頭を抱えて唸る俺の肩を、牛見が指先でつんつんとつつく。
「……何?」
「ちょっと大事な話があるんだけど」
「悪いけど、後にしてくれない? 俺は今、人生最大の目標が上手くいくかどうかの瀬戸際に立ってるんだ」
「奇遇だね。私もそうなんだよ」
行動にズレが起こったせいか、さっそく本来はなかったはずのイベントが発生してしまった。牛見からの大事な話となると、どう好意的に捉えてもロクな話になりそうにない。
けど、断るってわけにもいかないか。さっきから相撲かってぐらいぐいぐい距離を詰めて来てるし、話を聞かないという選択肢は無さそうだ。
「……わかったよ。どんな話?」
「ここで言うの?」
「何か問題がでも? それなら場所を変えようか?」
「まあいっか。じゃあここで言うよ」
大事な話という割には気楽な様子で、雑談の延長みたいな軽薄さで、彼女はサラッとこう言った。
「────私の彼氏になってよ。君と一緒に居ると、毎日楽しくなりそうだから」
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