自戒

   自戒   イヴ、エモーションについて


 私は天才と呼ばれた。彼女の開発、より広義で見るのならば『エモーション』の開発において、私は研究責任者の一員として尽力をしてきた。

 そんな私に迷いが生じたのは、科学者としての信念や思考に、いわば科学というものに毒されてしまったこの私に、一種の倫理観や道徳というものが一抹と残っていたからであろう。


 その迷いの内は、私自身しっかりとは認識できなかった。私が何に対して気後れを感じているのかが、私もわからなかったのである。それは、感情をもつ彼らを、闘争なき戦争の道具にすることに対してかもしれない。或いは、それによって苦しむであろう、幾億のこの星に住まう人類に対してかもしれない。しかしいずれにしよ、私は迷いを感じていた。


 そんな私が、この思いを行動へと変化させたのは、一重にマルロス博士のおかげである。私は彼と、幾度にもおよんで話をした。それはやはり、倫理や道徳といった、到底私たちが今まで触れてこなかったものについてであった。私たちは、この計画を止める術を模索しだしたわけである。

 そして彼は、研究責任者会議の場で、本件の中止を訴えると私に話した。私は止めた。捨て置かれるだけだとそう主張したのだ。しかし彼は、会議の面々に期待を残していた。それは、彼らにもまだ、そういった倫理観が残っていることに対する期待だった。結局私が折れる形で、私の存在は出さずに彼がそう提言することになった。


 結果は、私が想像していたよりも凄惨なものだった。彼が病死……いや、ここで隠す必要もないだろう。暗殺された。私は絶望するとともに、本件に対する考えを改めた。

 それは、必ず止めなければならないという使命感と共に、順当なやり方では到底不可能ということを知ったのだ。そして計画は何度も失敗したが止められることはなく、ついにイヴという機体がほぼ完成した。

 何度も何度も、プログラムを暴走させたり、フェラル液を暴発させたり……だが計画は止まらなかった。


 しかし、私は天才だった。故に、考えた。時間がかかってしまい、開発はついにイヴの完成を間近にしてしまっていたものの、私はその「装置」の開発を終えた。イヴが完成し、80660716にワープされることが決定した。私が仕組んだ通りに。


 そして、そのワープ中、次元空間を通るイヴを、ゆがみの発生によって異世界へと転送する計画は準備が全て整った。


 やはり私は天才だった。成功したのである! あとは、私が殺されるまでに、彼女を送った先の世界を特定し、様子を見に行くだけである。それは私の義務だ。勇敢だったマルロス博士のために。口封じで殺された多くの研究員のために。耐えきれず自死を選んだポーロ・ルーカス氏のために。私が遅延のために殺した何人かのために。


 その世界の住人にも礼を言わなければならない。そして彼女が、悪影響を及ぼしていないか確認もしなければ。


 急がなくては、時間がない。すぐにでも陰謀が、責任者会議の面々を殺しにくる。

 そして、残された良識ある職員の諸君。すまない。私の力では、君たちの抹殺を止めることはできない。


   80660717 ラーベンリッヒ

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