2023/05/04 プランク

 本日より、筋トレメニューにプランクを追加する。本当はもっと後で導入する予定だったが、早めることにした。

 昨日と言い今日と言い、急にメニューを変更したのには理由がある。他でもない、アルバイトにまつわることだ。


 今日の夜は店を三人で回すことになっている。メンバーは、私と、店長と、社員である。

 店長は気の強いしっかり者の女性で、仕事をてきぱきとこなす。私が何かヘマをしたり、もたついたりした時は、怒ることなく冷静に諭すことが多い。彼女と一緒に働く時はやや緊張を強いられるが、失礼な物言いはされないのでそこは信頼できる。

 一方の社員は、お喋りと冗談が好きな明るい人で、基本的には親切だ。しかし、私のことを責める頻度が高めで、怒り方も怖い。以前、私の仕事ぶりをボロカスにこきおろしてきたので、私は心の中で彼のことをボロカス社員と呼んでいる。私が仕事でダメージを受ける原因の八割は彼だと言って良い。


 目下のところ、最大の敵がこのボロカス社員だ。彼とのエンカウントが確定していることに気付いたのが、昨日だった。

 前もってちゃんとシフト表を確認すべきだったが、悔いても詮無い。遅かれ早かれ彼とシフトがかぶることになるのは分かっていたのだ。それが予想より早かっただけのこと。


 こうなった以上、彼から身を守るために、十全に対策した上で仕事に臨むしかない。そんな思いから、私は急遽プランクを取り入れた。

 勿論、無理をしないという原則は変わらない。プランクをやるのは、ほんの少しだけに留める。目的は、私が「やってやったぞ!」と思うことで心の防御力を上げることなので、本当にちょっとだけで良いのだ。二十秒とか。

 言わば験担ぎのようなものである。


 私はジャンプと屈伸を終えると、プランクのやり方が書かれているサイトを開いた。SNSで知人が教えてくれた記事である。


 一、肘・前腕・手の小指側を床につけてうつ伏せになる。

 二、腰を浮かせて、頭から踵まで真っすぐに伸ばす。

 三、特にお腹周りをぎゅっと引き締めるイメージで固定する。

 四、ゆっくり呼吸をしながら、数十秒間キープする。


 なるほど。

 私はうつ伏せになり、肘をつき、拳を軽く握って床に置いた。

 すると飼っている犬がのそのそと現れて、私の拳をぺろぺろ舐め始めた。

「……」

 私は他人に舐められないために筋トレをしているのだが、犬に物理的に舐められるのは歓迎だ。そのまま続きをやる。

 開始。

「うぐう……!!」

 これは、きつい。きつすぎる。ゆっくり呼吸どころか、息ができないくらいきつい。それでも無理矢理吸って吐いてを繰り返しながら、全身が悲鳴を上げてわななくのに耐えた。

 十秒間ほど。

「ウガァー! 無理!」

 私はべたーんとうつ伏せの姿勢に戻った。犬はまだ私の手を舐めている。

 プランクがこんなに厳しいとは思わなかった。二十秒なんてとんでもない。その半分でギブアップである。


 だが、とりあえずやってやったので良しとする。これでボロカス社員に勝ちに行く。私は、今日人生で初めてプランクをやった女であり、いずれはガタイが良くて顔がイカついオッサンになる女だ。侮るなよ!

 準備万端になった私は、駄目押しとして精神安定のための頓服薬を飲んで憂鬱さを押し殺し、勇んで家を出た。

 いざ、戦闘開始である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る