第2話 愚か者の末路

 ここがボスの地元なら、まずいことをした連中にはお決まりのパターンが待っている。

 まず夜中になって、突然“洗濯屋”がバンに乗ってやって来る。

 彼らは呼び鈴を鳴らさずに鍵をこっそり開け、眠っているか、酔っ払っているか、カードをしているか、テレビを見ているか、はたまた一発ヤッているか、いずれかの事をしている対象者(或いは対象者たち)に銃を突きつけ、頭に袋をかぶせて自分達のバンにご案内する。


 ドライブ先は港で、コンテナターミナルが併設された複数の倉庫のどれかだ。このターミナルと倉庫の名義は、マフィアが裏で経営する民間会社の物になっている。

 港は住宅街から離れている上に、しょっちゅう様々な音が響くので、仮に叫び声がしようが、爆竹の様な音がしようが、誰かが聞いて迷惑に思う事はない。

 洗濯屋たちは介添え付きで対象者をバンから降ろし、倉庫の真ん中に据えられた椅子に座らせる。

 椅子は市販品だが特別に頑丈な肘掛け椅子で、床に敷かれた重たい鉄板にボルトで留められている。鉄板は後で綺麗にしやすいように、洗濯屋たちが気を効かせてビニールシートで覆っている。

 対象者に椅子に座ってもらうと、まずはダクトテープで彼らの足と手、腰をそれぞれ椅子の足、肘かけ、背もたれに固定する。そして本番スタートとなる。


 連れてきた相手が、マフィアを舐めてバカな事をしでかした素人だったり、下手を打ってとんまをやらかした身内だったりしたなら、それほどひどいことにはならない。顔の形が変わる程度に、ボクシングのパンチボールの代わりをさせられるぐらいで済む。

 相手の罪が軽い場合は、洗濯屋はボクシンググローブをはめて殴る。素手で顔を殴ると手に傷が出来る上に、相手が型肝炎やHIVを持っている可能性もあるので、衛生的な観点から見てもグローブの着用は正しい選択だ。

 しこたま殴っても簡単には死なないので、おしおきをするには都合が良い。

 罪が重くなると、ボクシンググローブが砂鉄入りグローブに代わる。拳を握ると中に入った砂鉄が固まり、拳を傷めずにレンガを割れると言う、なかなか凄い代物である。これを味わうと、他の物が“食べられなくなる”と言うぐらいだから、さぞかし強烈な味がするのだろう。

 十分にパンチボールの代わりを務めた相手が反省すると(或いは殴る方の気が済むと)、また頭に袋をかぶせられて、娑婆に連れて帰ってもらえる。

 彼らの後の人生がどうなるかは知らないが、倉庫に案内される原因となった事を、決して二度とするまいと自分に誓ってくれるというわけだ。


 相手が、マフィアにとって不都合な事をやっていたり、或いはやらかそうとしたり、余計な事を知ってしまったりした人間だった場合には、プレゼントが顔面へのグローブから、後頭部への鉛玉に変わる。

 洗濯屋の好みによっては、頭へのプレゼントが工業用ハンマーになったり、バールになったり、時には金属バットになったりするが、結果は変わらない。

 相手はこの世からさようならをして、二度と余計な事をしたり、余計な事を喋ったりしなくなる。反省は無用、代わりに口を閉じていろ、ということだ。

 そして洗濯屋は、魂が失われてしまった対象者の肉体を椅子にくくりつけたままボルトを外して、ビニールシートでラッピングする。

 このときには、プレゼントをあの世まで持っていけるように、ファラオの副葬品の様に、肉体と共に供えるのが通例だ。


 ラッピングが終わると、今度はコンクリートで“箱詰め”する。

 その為に、倉庫にはコンクリートミキサーと、高さ2.5m、縦横1.5mの木枠、コンクリート箱を船に積むためのフォークリフトが常備されている。

 箱が複数になった時は、まとめてコンテナに入れることが多い。小分けにするよりも運搬が楽だし、省スペース化に貢献する。

 包装が完了すると、船に載せられて適当な沖まで配送され、デイヴィー・ジョーンズのロッカーに届けられる。つまりは船から落とされて海の底ということだ。

 もちろんコンクリートの箱は浮かんでこない。体の中にいる細菌が嫌気発酵を行ってガスが出ても、密封されているので体積が増えず、やはり二度と浮かんでこない。ガスボンベが浮かばないのと同じ理屈だ。

 こうして、余計な事をしようとした人間はいつの間にか消えてしまい、最低でもこの先100年ほどは海の底で暮らすことになる。

 その間に、彼らが何を知っていたとか、何をしようとしていたとかはどうでもよくなってしまうので、何も問題は起きない。究極的な解決法だ。

 

 最後のパターンとしては、対象者がマフィアのえらい誰か――特にボス――をひどく怒らせた場合が考えられる。

 これは、裏切りを働いた身内、取り返しのつかないほど余計な事をした、あるいはしようとした誰か、本気の喧嘩を売ってきた敵対者などがいる。今回のバカどもはこれに当てはまる。

 プレゼントする物品は工具だ。ペンチ、ニッパー、トンカチ、やすり、電動ドリル、釘打ち機、万力などで、基本的にはホームセンターで買うことが出来る。好みでグリルバーナー、バーベキュー用の木炭なども追加される。

プレゼントされる側ではなく、する側の好みだが。

 プレゼントを渡す前に、対象者にはすっぽんぽんになって椅子に座ってもらう。

 よりディープに、全身で味わってもらうためだ。プレゼント先は指や歯、性器、顔などが好まれる。

 数が多いために何度も味わってもらえたり、体の中でも神経が特に集まっているので、強烈に味わってもらえたりすることが理由だ。

 これらのプレゼントされた相手の反応はすこぶる良く、歓喜の叫び声が倉庫中にこだまし、ダクトテープで手足と腰を椅子に固定しておかないと、月まですっ飛びそうなぐらいに、激しく跳ねまわってくれるそうだ。


 これを見学したり話に聞いたりした人々は、なぜか顔が青くなって脂汗をかき、世の中には決してやってはいけない事があるのだとよく理解できるようになるらしい。

 プレゼントの進呈が終わると、相手はぐったりして二度と動かなくなってしまうので、鉛玉プレゼントの場合と同じようにコンクリートで包装し、デイヴィー・ジョーンズ宛てに発送する。

 ただ、このパターンでは椅子の周囲に色々と“飛び散る”ので、ビニールシートはいつもよりも大きな物を使うなどの工夫が必要になるそうだ。

 色々と苦労が絶えない世界である。


 本来ならば、金をちょろまかしたおバカさん達は、三番目のコースで工具プレゼントを味わい、一緒にコンクリートで箱詰めされてコンテナに詰め込まれるはずだった。だが、プレゼント会が行われる前に彼らは逃げてしまった。逃げた先は分かったものの、飛行機の距離なので洗濯屋がバンで送迎するには少し遠すぎる。

 さらに、ボスの地元ではないので、いつもとは勝手が異なる。皆様に迷惑をかけないスペースを見つくろって、港とコンクリートと船を手配することも難しい。

 だが、あまり時間が経ちすぎると、いくらおバカさん達といえども頭を働かして、2千万ドルを別の形――銀行預金や建物――に変えてしまうかもしれない。或いは捨ててしまうかもしれない。

 一番よくないのは、法執行機関に目をつけられて捕まえられてしまうこと。泥棒は司法取引で知っている事を全てぶちまける代わりに、国に守られて姿を隠してしまう。当然金は没収、違法賭場には摘発が入って、色々な人が御縄になる。こうなると一番困る。

 ボスとしては、怒りと頭痛の種が成長して花が咲く前に解決を図ってしまいたい。

 そこで、ボスは泥棒たちの居場所を突き止めた“知り合いの知り合い”である私に、問題の解決を依頼してきた。


 具体的な依頼内容は、

 ①6人の泥棒たちが“二度と”バカな真似をしないように“処分”する事

 ②2千万ドル――残っているならその分――を回収する事

の二つ。当然ながら①が優先事項。

 報酬は10万ドル。内20%が“知り合い”への仲介料として入るので、私の取り分は8万ドル。残念なことに経費別ではないが、それは仕方がない。6人を一度に相手することと、危険手当も込みで考えてもそんなものだろう。

 泥棒たちがあの世に旅立つ前に“自分達のやったことを後悔する時間”を提供できれば、一人につきボーナスで1万。こちらは仲介料無し。

 この額から見ると、依頼主のボスはそうとうお怒りでいらっしゃるようだ。

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