アホ毛の魔王様! ~ふっふっふ、ボクは魔王なのだよ(なのだよ)~

刺菜化人/いらないひと

第1話:アホ毛の魔王様、出陣

 物は下に向かって落ちる。

 それは自然の摂理であり、別に不思議なことではない。


 しかしこの世界にはもう一つ、アホ毛の数がアホの度合いを表すという、なんかよくわからない原理が存在していた。

 アホ毛が生えている子というのはつまり間違いなくアホの子であり、アホの子は必ずアホ毛が生えているのである。


 そんな世界の大海に「でーん!」と一個だけ存在する大きな大陸。

 そこにある九つの国の一つ、北西にあるアホおう――、アッフォー王国という魔族の国から物語は始まる。


「じいや! ボクは世界制覇の旅に出るぞ!」


 廃城にしか見えないぐらい朽ち果てた城のボロい玉座の上で、幼い少年が高らかに宣言した。


 彼の名はロキ。

 誰がどう見てもアホの子である。 


「おお! 若もついに独り立ちなされるのですな?」


 少年から『じいや』と呼ばれた老人は嬉しそうな反応を見せた。


 彼の名はアーリマン。

 何をどうしたらここまで落ちぶれるのかというぐらいの奇跡的な没落を実現したロキの一族にとって、、吹けば飛んでいきそうなこの老人が最後にして唯一の家臣である。


「もちろんだ!」とロキは鼻息を荒くした。

「ボクも今日で十歳。これからは魔王だからな!」


 制度上、王子は十歳で魔王に即位することができる。

 

 しかし魔族は人間よりも寿命が長く、そして体の成長が遅い。

 人間を基準にすれば、その肉体はまだ五歳ぐらいの水準だった。


 そんな彼の髪は一見すると女の子にも見えるようなセミロングの黒髪で、その頂点にはピンッとアホ毛が生えている。

 ……いや、ハネていると言った方がいいかもしれない。 


 とにかく、それはそれはもう見事なアホ毛だ。


 この世界では一本あるだけでも十分にアホの子、二本あれば伝説級だというのに、ロキの頭の上でハネているアホ毛の数はなんと驚異の三本だ。


 これぞまさに時代の寵児。

 選ばれしアホの子というわけである。


「生まれたばかりの若を残して先代がお亡くなりになってから十年……。きっと先代も冥府でお喜びになっていることでしょう」


 老人はハンカチを取り出して涙を拭った。

 ロキはそんな彼を不思議そうな顔で見ている。


「なあ、じいや」


「はい。なんですかな若」


「魔王って何するんだ?」


 端的にいってつまり、ロキは魔王が何をするものなのかをよくわかっていなかった。


 まあ仕方がない。

 だってアホの子だもの。


 お子様はつぶらな瞳で老人を見ている。


 この古城の周辺に集落はなく、彼の周辺には他の大人がいない。

 色々な意味でこの”じいや”だけが頼りである。


 彼だけが唯一の家臣であり、唯一の保護者であり、そして伝説級の没落を達成したこの国では唯一の国民だ。


「そうですな……」


 アーリマンは眼鏡の位置を直しながら考えた。

 そろそろ痴呆でヤバくなりつつ頭を捻って一生懸命考えた。


 実を言うと、この老人も魔王がなんなのかよくわかっていなかったりする。

 まあ正確にはボケて忘れてしまっているのだが。


「あ、そうだ」


 痴呆老人が何か思いついた。


「若、古の魔王は他国の姫をさらって無理やり妻にしていたと聞いたことがありますぞ」


「他の国の姫をさらうのが魔王なのか?」


「そのようですな。他には聖女や女王もさらっていたとか」


「そうなのか」


 ちなみに、この世界における魔王というのは単に魔族の国の王様というだけなのだが、まあ細かいことはどうでもいい。


「よしわかった! じゃあ姫とかをいっぱいさらってくればいいんだな!」


 ロキはよくわかっていなかった。

 しかしとりあえず他の国に向かう必要があることは理解できたので、早速旅立つことにした。


「いくぞー!」


 ロキは玉座から飛び降りると、城の外に向かって走り始めた。


 思った時は既に行動している。

 お子様は行動が早いのである。


「お待ちくだされ若。他国まで行くとなれば長旅、しっかりと用意をせねば」


 アーリマンは話を聞かずに出口に向かって走るロキに追従しながら、せっせと旅支度をさせた。

 おかげで正門に到着する頃にはもうばっちり遠足モードである。 


「待ってろよじいや! いっぱいさらってくるからな! じいやはちゃんとお留守番してるんだぞ!」


 どうやらロキは一人で行くつもりのようである。

 別にどうということはない。

 単に『ひとりでできるもん』なお年頃なのだ。


「ほっほっほ、頼もしいですな。ではわたくしめは寝床の用意をしておきましょう。私と若の分だけでは足りなくなるでしょうからな」


「よし、行ってくるぞ!」


 こうして、新たな魔王となったロキは小さなリュックを背負い旅立った。



 その日の夜。

 ロキは城から東に一キロぐらいの距離で野宿をしていた。


 大人にとってはすぐ近くだが、小さなお子様にとっては既に大冒険の距離である。

 空には雲一つなく、ロキは満月の下で折りたたみ式の寝袋に入り、スヤスヤと眠っていた。


 寝る子は育つ。

 お子様は寝る時間なのである。


 ……と、そんな無防備なお子様に近づく影があった。


「へっへっへ。おい、こんなところにガキがいるぜ」


「んなわけがないだろ――、って本当だ。ガキがいやがる」


 やってきたのは典型的な盗賊だった。

 なんというか、もう本当に教科書で紹介されるとしたらこんな感じだろうというぐらい、お手本のような二人の男がロキを見つけて近づいてきたのである。


「どれどれ、金目の物は……。なんだ、食い物しかねぇじゃねぇか」


 育ち盛りのお子様はちゃんと食べないといけないのである。

 というわけで食料は非常な重要なアイテムだったのだが、男の一人は不満だったらしく、ナイフを取り出した。


「殺すのか?」


「そこまではしねぇさ。こう見えても俺はやさしいんだ。ただ大人の世界の厳しさってもんを教えてやろうと思ってな」


 男はそう答えてからロキのリュックに手を掛けた。

 どうやらリュックを切り裂いて使えなくするつもりらしい。


 旅の初日にお子様大ピンチである。


「待て」


 彼らの背後に三つ目の人影が現れたのはちょうどその時だった。


「ん? 誰だ?」


 相手が寝ている子供だからと油断していた盗賊達も、他に動いている何者かがいるとなれば気を引き締めずにはいられない。

 その声の主が子供ではないとなれば尚更だ。


 しかし月明かりに照らされて出てきたのがヨボヨボの老人だとわかると、彼らは再び気を緩めた。


「……なんだよ、ヨボヨボのジジイかよ」


 現れたのは古城で留守番をしているはずのアーリマンだった。

 どうやらロキが心配でついてきたらしい。


「驚かせやがって。何か用か? 命が惜しけりゃ金目の物を置いてきな。持ってればだけどな」


 もう一人もサーベルを抜くと、それを老人に突きつけた。


 本当に教科書のお手本のような盗賊達である。

 彼らは下品に笑いながら、この老人が震え上がって金品を置いて逃げ出すのを期待していた。


 しかしアーリマンの口から飛び出してきたのは、それと真逆の言葉だった。


「よく聞け下郎ども。命が惜しくばその汚い手を今すぐ離せ」


「なん――」


 その言葉を言い終えるより早く、ロキのリュックを掴んでいた男の上半身が消滅した。


「……え?」


 もう一人の盗賊は何が起こったのかを理解できずに固まった。

 何か強い風が吹いたような気もしたが、だからなんだというのかわからない。


 しかし紛れもない事実として、ドサリと地面に倒れた仲間の体は既に下半身しか残っておらず、その断面は血を吹き出すこともなく白い灰になっていた。


 この世界にも魔法は存在するが、こんな現象はそうそうお目にかかれるものではない。

 それこそ伝説級の魔法なら可能かもしれないというレベルの話だ。


 どこをどう間違っても、こんな教科書通りの盗賊が日常生活で遭遇するような水準の話ではないのである。


 そして無言のまま、殺し屋のように冷徹な視線が残った男に向けられた。

 しかしそれは人を殺すというよりは、むしろ単にゴミを処分するような目だった。


 男はこれから自分の身に起こるであろう未来を予感した。


「ひっ! ひぃぃぃぃ!」


 男は腰を抜かした。

 しかしそれでもなんとかこの場から逃げ出そうと、アーリマンに背を向けて地面を這いずった。


「大きな声を出すな。若が起きてしまう」


 だが現実は残酷だ。

 ジュッ、と小さく焦げた音がして、逃げようとした盗賊は周囲の草木と共に白い灰となった。


「……ふん。かつては世界の覇権を掛けて神と争った身。老いたとてお前達ごとき造作も無いわ」


 アーリマンの表情は痴呆老人などでは断じてなく、むしろ無数の修羅場をくぐり抜けた強者のそれだった。


「んん……」


 その時、ロキが寝袋の中で寝返りを打った。


 ――老人の顔に緊張が走る!


「……おっといけませんぞ若。ちゃんと布団をかけて寝なければ。風邪を引いてしまいますぞ」


 アーリマンの表情がいつもの痴呆老人に戻った。

 彼はロキを起こさないように注意しながら、その体を寝袋の中に入れ直した。


 だがそんな献身を嘲笑うかのように、ロキは起きる気配もなくゴロンゴロンと寝返りを連打した。


 当然だ。

 お子様は寝ることに関しては生まれながらのエキスパートなのである。


 その意味では既に魔王の貫禄は充分だった。


「さて……」


 老人は残っていた盗賊の下半身も灰にして始末すると、そのまま近くの草むらに身を隠した。


(若はちゃんと人族の城まで行けるだろうか。不安だ……。やはり私が影からお助けしなければ!)


 アーリマンは決心すると、一瞬で黒子の格好に着替えた。


 ……これはもうアレだ。

 このままお子様の後をこっそりついて行く気満々である。


 色々で意味で、気分は完全に”初めてのおつかい”だった。

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