第14話 夢か現実か

―――― 拓弥 ――――


 俺は、不思議な夢を見ていた。自分自身を客観的に眺めているかのような、現実と非現実が混ざり合った夢だった。


 俺と真由は、地下鉄の線路を移動していた。俺は真由の足が負傷した状態だった為に、背負って歩いていた。


 仮眠を取るより前までは感じなかった頭痛が、目覚めた時より徐々に強く感じるようになっていた。


 俺は頭痛体質で、いつも頭痛薬を持ち歩いていたが、今回はこれまでとは違う痛みに感じられていた。


(頭の中で何が起こっているのだろう?崩落した際に強く頭を打ったのが原因かもしれない…。)


 俺は異変に気づきながらも、真由を助けるために進み続けた。真由の足は、彼女には伝えていないが、恐らくは折れてしまっているのだと思う。だから、彼女には適切な治療を早急に受けさせなければならない。俺がここで諦めていたら、真由に心配をかけるだけでなく、脱出にも時間がかかり、状況はますます悪化するだろう。


 俺は、再び気を引き締めて、ゆっくりとだが着実に前へ進んでいった。


 俺は、真由と話をしながら歩いている。真由と話すことで、気分が晴れやかになり、身体の不調に心を奪われることを忘れられるからだ。身体の不調とは、頭痛と右手と右足の違和感である。少し力が入りにくく、自由に動かしにくい感覚があったのだ。


 それでも止まることなく歩き続けた。真由には、俺を見て情けない男だと思われたくなかったし、俺のことを昔のように頼って欲しいから…。


 先の方に明かりが見えた。あれは、地下鉄のホームかもしれない。神様は、俺の期待を裏切らなかった。遂に地下鉄のホームの地点に到達した。額の汗を拭き、ホームに上がることを決心した。ホームの床に手をついて上がった時、身体が揺れるような感覚を覚え、軽い目眩が起こったことに気づいた。


 真由に気付かれないように、平静を装いつつ、俺は真由を引き上げようと手を伸ばした。右手はかなり鈍感になっていたが、左手にはまだ力が残っていた。力を一気に込め、真由を引き上げた。再び目眩を覚えたが、何とか耐え忍んだのである。


「電気がついているということは、停電が解消されたのかしら?」


「そうかもしれないね。でも、予備電源が起動した可能性もあるよ。」


 真由の言葉に返事をした直後に、急激な異変が俺を襲った。


 全身から血の気が引き、吐き気や激しい脱力感が襲いかかってきた。感覚的にもう一歩も歩けないことを悟り、俺は崩れ落ちそうになった。


(もう、これ以上動けない……。気力を振り絞っても無駄だ。真由は、俺のことを気にかけて背負ってでも、二人で脱出する道を選ぶだろう。しかし、真由の安全を考えたら、俺を置いて少しでも早く脱出することが最善策だ。)


「あっ、拓弥君!?大丈夫?顔色が悪いわよ。」


 俺の異変に気づいた真由は、俺の傍まで移動し、崩れ落ちた俺の身体を支えた。その優しい手つきは、俺の心を癒してくれるような感覚をもたらした。


 だが、これ以上、体調のことを隠し通すことが難しいと判断した俺は、真由に正直に打ち明けることにした。彼女がそばにいる中、自分自身を偽り続けることはもうできなかった。 


「真由、すまない。何か体調に異常が生じているみたいだ。悪いけど、ここからは、1人で上を目指してくれないか…。」


「嫌よ。ここまで頑張ったんだから、最後まで一緒に頑張ろう。」


「ごめん。男らしく最後まで真由をエスコートして助けたかったけど、俺はもうここまでみたいだ。身体がいうことを聞かなくなっているんだ。もう歩くのが難しい。真由の安全が何よりも大切だ!もちろん、俺にとっても…。だから行って!」

 

「拓弥君…。」


 真由は、大粒の涙をこぼしながら、俺の瞳をじっと見つめていた。俺は自由が効かなくなっていく中、真由を安心させたいと必死に笑顔を作った。


「拓弥君!私、急いで助けを呼んでくるわ!私を信じて待っていてね。」 


「わかったよ。待っているよ。もし、俺が助かったなら、昔のように真由の手料理を食べさせてくれないか。」


「わかったわ。絶対に諦めないで待っててね。そしたら、ご褒美にご馳走するわ。」 


 真由は、痛々しい表情を浮かべながら、エスカレーターに向かって歩き出した。彼女が一人で歩いている姿を見て、心が打たれた。


 彼女の足取りは、まるで踏み出すたびに地面にしがみつくような、力の入ったものだった。顔に浮かぶ苦痛を押し殺し、彼女は前へ前へと進もうとしていた。


 その姿を目撃した瞬間、胸中に思いがめぐる。


「相当痛いだろうに…。ごめんな。最後まで一緒に行けなくて。頑張れよ、真由。」


 俺は、体調が悪いことよりも、情けない自分の姿を真由に晒したことや、もしかしたら、このまま死んでしまい、もう真由に逢えなくなってしまうことが辛くて涙が込み上げてくる。


 真由の姿は、徐々に小さくなっていく。彼女は振り返り、こちらに手を振っていた。俺は最後の力を振り絞り、手を振り返した。


 その後、身体の力が抜け、俺は遂に床に倒れ込んだ。再び顔を上げると、真由の姿は確認できなくなっていた。


 薄れゆく意識の中、真由の顔を思い浮かべる。


「真由…ごめ…。」


 このシーンを見届けると、俺の奇妙な夢は終わりを告げたのであった…。


―――― to be continued ――――

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