第2話 拓弥(プロローグ)

―― 拓弥プロローグ ――

 

 「あの子、浮気しているわよ。私は、大事な友達の拓弥が傷つく所はみたくないのよ。」


「真由が…。嘘をつくなよ!真由は俺を裏切るようなことは絶対にしない!」


「これを見てもそう言える?」


 大学の友人である佐々木恵美が見せて来たのは、スマホに表示された写真だった。その写真には男女が写っており、男が女性の肩に手を回していた。背景は、ホテル街であろう。写真の右側の建物には『ホテルMOON』と書かれている。背後から撮影したショットだったが、女性は男性の方を向いており、服装からもして真由であるのは決定的だった…。


「嘘だ。真由がこ、こんなことする訳が…。」


「いえ、これは真実よ。あの女は、あなたを弄び、他の男も籠絡する悪女よ。学部では有名よ。その写真は、華香が彼氏と歩いている時に偶然見かけて撮影した物よ。信じられないなら華香に聞いてみなさいよ。」


 俺の心は、粉々に砕け散った…。


(将来結婚しようとまで話していたのに…。真由のあの言葉は嘘だったのか。遊び半分で俺と付き合っていたのか。いや、そんなはずはない。真由は、本気だった。本気で俺を愛してくれていた。あれが、演技やお遊びの訳がない。)


 俺は、迷った末に真相を知っている華香に話を聞いてみることにした。


「あっ、恵美ったらあなたに言っちゃったんだ。私は、放っておいたらって言ったんだけど、あなたのことになるとね…。私、真由ちゃんとも仲良いし、あんまり言いたくないんだけど、あの子なら入ったわよ…。『ホテルMOON』。まあ、酔った勢いとかかも知れないけどね。あっ、私が言ったなんて言わないでね。仲がギクシャクしたりするの苦手だから…。」


 華香から話を聞いた俺は、脚が震えて立つこともできず、その場に崩れ落ちてしまった。午後の講義に出る気力も失い、フラフラしながらそのまま家に帰ったのであった…。


――――


 俺はアパートに閉じこもりながら、真由からの連絡を拒絶し続けていた。しかし、翌日真由が突然やって来た。


「あれは全部嘘よ!私は浮気なんかしたことないわ。誤解よ!」


「嘘つけ!言い訳なんか聞きたくない。真由のこと信じてたのに、俺は裏切られたんだ。真由には心底幻滅したよ!」


 怒りと悲しみ、そして恐怖という負の感情に取りつかれた俺は、真由に対してその不満を一方的にぶつけた。真由が必死に誤解を晴らそうと訴えかけていたにも関わらず、俺は自分自身を制御することができず、彼女の言葉に耳を傾けることを拒んでいた。


「悪いけどお前のこと、もう信じられない。俺たち、別れよう…。」


 この言葉を口にすることになった時、俺は自分の感情を制御することができなくなっていたことを自覚する。


 そして、俺たちの未来は、この瞬間で途切れてしまったのだ。しかし、遠藤や日比野などの友人に支えられて、単位はギリギリながらも、大学を卒業することができた。彼らは、廃人のような状態に陥っていた俺を引きずり出してくれた親友であり、彼らのおかげで、俺は徐々に心の平穏を取り戻すことができた。


 しかし、真由のことが頭から離れることはなかった。感情の中には、恨みや憎しみといったものがあったが、時間がたつにつれてそれらは冷静さが戻ってから、元々抱いていた愛情に変化していくことに自分自身でも驚いていた。

 


―― 第2話 佐野拓弥 ――


 俺、佐野拓弥は、大都会のど真ん中でロボット開発のベンチャー企業でエンジニアとして働いている。真由と別れてから3年が経った今でも、彼女の影は俺の心から消え去ることはなかった。未だに女性不信や、心の病を患っていた俺だが、時々真由との楽しかった思い出や、彼女にして貰った嬉しいことが、脳裏をフラッシュバックすることがあった。苦しい思いをしても、まだ彼女への愛情が残っていることを感じているが、連絡を取りたいとか会いたいと思うことは無かった。


 そんな俺にも春が訪れた。それは、会社の同僚である宮原恵美さんとの出会いだった。大学時代の友人も恵美だったが、彼女は恵美さん違いの別人である。彼女は、俺と同じ歳だが、俺の入社より半年遅れの中途採用で入社した。エンジニアではなく、事務員であるが、職場の飲み会で知り合い、徐々に親密になっていった。彼女は、美しい容姿を持ち合わせており、男性陣からは高嶺の花であった。俺が女性に対して消極的になっていた時期に、彼女は何度も相談に乗ってくれた。そのおかげで、俺たちはお互いの心を自然と開くことができた。そして、彼女のアプローチにより、いつしかお付き合いするようになった。


 俺は容姿というよりも、優しく、細やかな気配りに長けている所を気に入っており、強い恋心を抱いた訳ではないが、安心できる存在となっていた。


「拓弥、課長の愚痴言いたいから飲みに付き合え!」


「何故そこで命令?」


「えへっ。」


「何故そこで可愛子ぶる?」


「あはは。」


 部署は違うが同じ会社なので、時間を合わせて退社する。恵美の希望で行きつけの居酒屋へ直行する。居酒屋まで徒歩で20分。帰りはタクシー拾うので節約することになった。


 移動の途中…俺たちは、交差点で立ち止まる。夕方で多くの人々が信号待ちで溢れていた。


「あれ?」


 懐かしい香水の香りに反応する。フローラル系で穏やかで優しいライラックの香り。ライラックの香水は、様々あるが、真由の愛用していた「ブリー」と言う香水は、特長のある香りですぐに区別がついた。まさか、と思い見回す。


「どうかした?青だけど。」


「いや…。」


 俺は、恵美と再び歩きだした…。


 その後、恵美と居酒屋『はちべぇ。』で過ごした。



―― 居酒屋 はちべぇ。――



「拓弥~!飲め!」


「おい、恵美。飲みすぎだぞ!」


「何?私と飲むのは嫌なの?」


「いや、そういう訳じゃ…。」

 

 恵美は、職場の上司にセクハラとパワハラを受けているらしく、愚痴の嵐となっていた。自分もそうだが、ストレスが多い仕事なのは分かっているので、全部受け止めてあげた。


 居酒屋を出て、少々酔いが回った恵美を支えて歩き始める。彼女の頭が上腕の辺りに密着している。恵美は、酔うと甘え上戸になる。


「拓弥、今から紅葉見た~い!」


「えっ、まだ帰らないの?」


「おい、何だ?私と居るのが嫌なのか!」


「恵美…酔っ払い過ぎたぞ!紅葉見たら帰るからな。」


「やたー!!」 


 すぐにタクシーを捕まえて帰る予定だったが、恵美が『紅葉見たい!』とせがむので、少しの時間だけ寄ることにした。幸いにも居酒屋から5分程度の距離に神口川のライトアップがあるようだ。


「拓弥。ありがとうね!」


「何がだよ?」


「私を捕まえてくれて。ずっと隣にいるのが夢だったから…。」


 鮮やかな色を放つもみじの葉を見ながら、恵美は改まってそう告げた。


「何だよ、藪から棒に…。」


「何だか嬉しくてね…。拓弥。ずっと私の側にいてね…。」


 もみじの葉が優しく落下して、水面に浮かんでいた…。


―――― to be continued ――――

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る