002 貞操の危機と救いの声

 退屈な授業を聞いて、クラス委員の仕事を終えて家に帰る。私、佐鳥愛(サトリ マナ)にとって今日もそんな、ごく普通のなんてことのない一日だった。


「なのに、なんなのよ、これは……!」


 身体が動かない。何かに抑えられているわけじゃないのに、まるで金縛りのように手足が動かせないのだ。おかげで硬いコンクリートの上に寝そべる羽目になっている。


「ふふっ、そんな怖がらないでください。可愛い顔がもったいないですよ」


 優しく言って少女が近づいてくる。あたしと同じぐらい、高校生程の少女だ。顔立ちは悪くはないが、そこまで目立つようなものではない。けれど、とても異様な姿をしている。


「なんなのよ、あんたは!」


「私はミナ。見ての通り、魔法少女です。そして、今日からあなたのお姉さんになるの」


 意味不明な返答。微笑む少女が身に纏うのは、ピンクと白を基調としてフリルの沢山つけられた装飾過多な服。女の子向けの番組に登場する『魔法少女』のような格好だ。


「ちょっ!?」


 自称魔法少女は倒れたあたしのそばに来ると、おもむろに制服のボタンを外し始めた。


「大丈夫、私に任せてくれれば、すぐによくしてあげますから。ほら、だからお姉さんに小さくて可愛い、その綺麗な身体を見せて」


「これでも高校生よ! 気にしてることを嬉しそうに言うな、ってちょっと待ちなさい!?」


 我ながら悲しいことだが、あたしは小さい。初対面の相手に中学生とか、果ては小学生扱いされてしまう程度に。どれだけ牛乳を飲んでも、一向に変わらない我が身が恨めしい。


「だから何をする気なの!? 何する気か知らないけど待ちなさいよ!」


 そのままあたしのボタンを外していく少女。そして、ブレザーとシャツのボタンを外されて下着があらわになってしまう。その手は止まらず、今度はスカートを脱がしにかかる。


「あは、白くて綺麗な肌ですね。それに胸も小さいけど張りがあって、可愛らしい……」


「いやいやいや、なに言ってんのよ!? なに、ほんと!?」


「恥ずかしいのは最初だけですよ。すぐ、気持ちよくなりますから」


「あたしにそんな趣味はないのよ!」


 至ってノーマルだ! 女の子同士で、そもそも初対面の相手となんて絶対に嫌だ……!


「誰か、ちょっと!」


 そう叫ぶが、誰一人として助けは来ない。


「声を上げたって、無駄ですよ。ほら、もう諦めて、気持ちよくなりましょうよ?」


「絶対に嫌よ! 誰でもいいから、助けて!」


 無駄と言われようと、身体の動かせないあたしには叫ぶことしかできない。そんな様子を見て、魔法少女はますます嗜虐的な笑みを浮かべ感極まったような声を上げる。


「それじゃあ、いただきます……!」


 遂に、下着に手がかけられた。それを阻むことは、あたしにはできない。

こんなところで、あたしの純潔が散らされるなんて……!


 ――そう、絶望したとき。


【たス■テあげ■マしョ■か?】


 唐突に声が聞こえてきた。調子外れなうえ、ノイズ紛りのように聞こえづらい、頭に直接響いてくるような声。けれど、『助けてやろうか?』と問いかけていることは聞き取れた。


 そんなの決まってる。この窮地を救ってくれるなら、悪魔に魂を売るのも構いやしない!


【じャ■、僕とけ■ヤくシてマホうしョ■■■にナっテく■さイデす!】


 ――いいわよ、魔法少女でもなんでもやってやるわよ! だから、さっさと助けなさい!


『了解です! ではでは、変身いってみるのです~!』


 心の中で叫ぶと、先程までが嘘のようにクリアな、とても軽い調子の声が響いた。


『伸触<グロウズ>!』


 そんな言葉が聞こえると、それとともに、身体から力が溢れ出すような感覚が奔る。


「なっ、なにが……!?」


 少女にはあの声は聞こえてなかったらしい。突然のあたしの変化に驚き、飛び退く。


 そして、変身が始まった。

 見えるはずがないのに、何故だか鮮明に光景が浮かぶ。

 下着だけが残っていた身体を白い光が覆い隠して、そして消えていく。


 光が消えた後には、目の前の少女と同じような、純白でフリフリな魔法少女服が生まれていた。

 更に、頭、首、太ももを光が現れると、銀のティアラ、革のチョーカー、黒のストッキングへと変貌する。そして、服から覗くあたしの身体が一層眩い光に包まれたかと思うと、


――ほ ど け た 。


 服から覗いていた腕が、ストッキングに包まれていた脚が、ティアラの乗った頭が、

 そして、それらを繋げていた魔法少女服の中の身体までもが、まるで三つ編みがほどけ、バラけていくように、細長い無数の何かに置き換わっていく。

 こうして、あたしは変身を終えた。今の姿を端的に表すのなら、こう言うべきだろう。


 ――触手。そう、今のあたしは触手になっていた。


 しかも途中で出現したものはそのまま、魔法少女の一式を着けて蠢く触手である。

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