見習いは一人で十分

EPISODE 1

 清めの水を潜り、感覚だけで元来た道を戻ると何かにぶつかった。



「ごめんごめん、道を塞いでいたね」


「死神様でしたか。すみません、ぶつかってしまって。少し…気が緩んでいました」



死神様を避けて隣に並ぶと、小さく笑いながらじっと見られている気配がした。



「困ったものだね、君は命の一つも刈れないのかな」


「…申し訳ありません」


「少し歩こうか」



彼が指を鳴らすと、悪かった足場が道を開けたのだろうか。先程までが嘘のように道が整い、格段に歩きやすくなった。



「不安そうな顔をしてるけれど、君は合格だよ」


「えっ…」



前を歩く死神様が振り向く気配がした。



「君は最後まで命を刈り取る選択をしなかった。一貫した信念は死神には必要不可欠だからね」



同時に、機嫌がいいのも伝わってくる。



「君には新しい仕事を任せたいと思っているよ。当然もう一死神扱いをするから、覚悟してね」



それはどんな、と聞く前に彼は丁寧に説明してくれる。



「死神には命を刈り取る以外にも、命を吹き込む役割がある。君にはその才能があるようだからね」



本来の寿命を終えることなく死んでしまった生き物に再び命を与える力。死神は生命の命を奪う一方で、真逆の力も持ち合わせている。



「その力はとても稀なものだ。君が命を奪えなかったように、バクにはこの力は芽生えないだろうね。何も出来ないガラクタにならずに済んでよかったじゃないか、おめでとう」



俯いていると、顎を掴まれ持ち上げられた。



「浮かない顔だね。…何か不満でも?」



先程までとは打って変わって恐ろしいほどの殺気。



「信念、と言えば聞こえはいいですが、俺は所詮優柔不断で決断が出来ないだけ」


「そういう性格の良し悪しは別にどうだっていい。ただ適材適所に収まってもらうだけさ。それに僕のような完全な死神になることははなから求めてない死、なってももらいたくないからね」



そう言って、掴まれていた顎かた手がぱっと離れた。

 月の心地よい光は見えずとも、心を穏やかにしてくれる。



「バクはどうですか」



「どうとは?」と冷たく聞き返された。



「困っていませんでしたか。それともあの子の方が先に登竜門を突破しているんでしょうか」


「少し前に追えて今は異空間にいるよ。あの子はだめだ」



耳の痛い沈黙にしばし耐える。



「バクは隠し事が多い。得に自分の気持ちに関してね。登竜門を終えた時も、あの子が感じた本当の気持ちを離さなかった。ばれていないとでも思っているようだけど、まだまだってことだね。こっちは全部把握してるっていうのに」



死神様に隠し事は出来ない。きっと何でもお見通しなんだろう。



「それに、バクには僕に対する忠誠心が欠片もないことも問題だ。兄を思う気持ちが強すぎるせいかもしれないね……その兄が突如自分の前からいなくなったらどう思うかな?」



殺気とは違う、何か悪戯を企てている子どものような雰囲気が伝わってくる。死神様は何をするつもりなんだろう。



「俺をどうするおつもりですか」



「新しい仕事を覚えてもらう前に、しばらくある星で過ごしてもらう。君にとっては過ごしやすい環境かもしれない」


「なぜそんなことを」


「バクが死神に相応しいかどうか、改めて試すためだよ。今度は少しばかり酷なやり方だけど、そうさせたのはバクが正直者じゃないせいだから…仕方ないよね」



バクを一人にすることで、俺の干渉を受けないあの子を観察して死神としてふさわしいかどうかを見定めたいと言う。



「君に拒否権はない。まずは移動しようか」



死神様が鎌を大きく三度回すと、鼻腔をほのかな花の香りが掠めていった。



「ここは?」


「当ててごらん。君の頭なら簡単に予想がつくだろう?」



確かに見当はつく。けれど、そこへ俺を連れて来てどうするつもりなのかがわからない。



「バクだけに特別な試練を与える。壮絶なものになるから、君に横から邪魔されても困るんだ」



その言葉と同時に、足元から身動きが取れなくなっていく。



「君が盲目なのも、都合がいい。…



 尋ねたいことは沢山あった。それにバクのことも心配だ。だけどもう身動きが出来なくなって口ももう自由に動かない。





 しろく咲く花は想像以上に美しかった。鎌を持った状態で花に変えたから他の花々よりも葉や茎の棘が目立つが、それすらも美しさの前ではとるに足らないこと。

 このまま摘み取って僕のブローチにでもしてしまいたいところだけど、そんなことをしたらバクが怒り狂うだろうね。



「お休み、サミエドロ。弟を信じて待っていなさい」

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