EPISODE 2

 俺の存在に気づくなり、概念たちはみな一瞬にして集まって来た。



「小僧、誰だ」


「新しい概念か?」



子どもが描いたような見た目をした、見たこともない姿を色合いの動物が二匹、鼻と思われる部分を動かしながら近づいて来た。



「陰鬱すな色をしているが、鬱の概念化かな?」


「あたしはここにいるわよ、失礼ね」


「そうだ。鬱の概念はもういるだろう」



人の感情に姿かたちを持たせたような者たちが、サミエドロを囲みながら彼を他所に揉め始める。

 がやがやと思い思いに話しているこの概念という不思議な者たち。



「ほれ、お主ら。それじゃあいつまで経っても少年が離せないだろうに」



 緩やかな風にさざめく草木の音が聞こえるふぉどの静けさが訪れたところで、慣れない自己紹介を始める。



「死神見習いのサミエドロです。神の選抜に参りました」


「おお、新顔の死神様でしたか」


「美しい顔。それに竜胆色の髪と瞳、美しさの概念に勝るとも劣らないね」


「確かに。だが話を聞かせてもらわなければ選抜は辞退するぞ」


「そうだ。それが決まり…だからではなく、その方が楽しいからなぁ」



 ここまで案内をしてくれた言霊さん――と勝手に呼ばせてもらうけれど――に手頃な切り株を勧められた。

 概念たちは気の上や草むらに落ち着き、話を聞くために切り株を囲った。

 深呼吸をしてから、ぽつりぽつりと言葉を並べるようにして嘔吐いて行く。

 人間と同じ世界で暮らしていたこと。

 自分と弟が人間ではない異質な存在であること。

 人間ではないことを隠し恐怖と孤独を感じながら日々を送って生きてきたこと。

 人を殺めた罪で死神に地獄の最果てで長い時間生かされていたこと。

 そして、死神見習いとしての新たな生活が始まったこと。





「なかなか聞きごたえがあったぞ」


「好きなだけ我々概念を吟味し、選抜するがよい」



自分の話を興味深そうに聞いていた概念たちは、話し終えると満足そうに散り散りになって行った。もう俺に興味がなくなったらしい。代わりに言霊さんに呼び止められた。



「……無理に話させてしまったかの」


「いえ」


「能ある鷹は爪を隠すと言ったものだが…」


「そんなんじゃないんです。そんなことでは…」



言霊さんは優しい視線を投げかけてくれる。



「気にしておるのか」


「人間の中にこんなまがい物がいてはいけなかったと今でも思います」



人を殺めたのは自我が確立する前だったとは言え、故意だった。決して赦されることではない。

 弟のバクにしても同じことだ。あの子が人を殺めることになったのも俺のせい。

 俺が生まれなければ傷つかずに済んだ者がいたのは紛れもない事実だ。



「過去の過ちは悔んでも悔やみきれないものだな。だが、今のお前さんはもう人間の中に紛れ込んだモンスターではない」



言霊さんは草むらに隠れるようにして咲いていた竜胆を摘んでいる。これも概念だからこそ成り立つ常花なのだろうか。



「死神としてその役目を全うすることが償いになる、とは言い切れんがお前さんのその能力を活かしてももう誰も責めないだろうさ」


「でも…」


「それに死神様は気づいておられるはずだ。お前さんが視界を失った時からそれに順応し、他の感覚が研ぎ澄まされて不便な思いはそうしていないことも、お前さんが苦しんでいることも全部含めて、な」



そう。弟にも黙っていたことだけれど、かなり早い段階で他の感覚が視覚以上に働くようになっていた。



「弟が目の見えない俺の代わりに献身的になってくれていて、「もう他で補ったから大丈夫」とはなかなか言い出せなくて…」


「それはいかんぞ。早く言ってやれ」



(この人といると落ち着くな)

 誰かに教えを乞うことなく自らが得た知識だけで生きて来たものだから、誰かに叱られたり何かを教えてもらったりするのはなんだか新鮮で、そしてこんなにも嬉しい。

 ふと、父親、という言葉を連想した。



「ほれ、出来た」



竜胆と他の植物で編まれたたすきをかけられる。



「餞別だ。我には行く所があるから、先に渡しておくぞ」


「きれいですね」


「お前さんさえ信じていればこの竜胆がいねんはこの世界を出ても、枯れることなくずっと存在することが出来るぞ」


「素敵な贈り物を頂いてしまいましたね、俺は」



 素敵な世界だと思った。

 存在を信じてもらえる限りは生き、誰も信じなくなると儚くも消えてしまう。死神さえいなければ誰にも干渉されない世界。

(そんな世界で、俺は命を刈らなくちゃならないのか)



「気持ちはわかる。だが仕事だと割り切れるかが正念場じゃないかの。神の候補、ゆっくり悩んで決めるといい」



もう決まっているようなものなのだけれど。

 選抜することは、命を奪うということ。

 それを伝えるのは心苦しい。

 そこでふと最愛の弟の顔が脳裏をよぎる。

 今頃バクはこまっていないだろうか。

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