EPISODE 2

「源星、宇宙、深海、地、宇宙、深海、地、宇宙…なにこれ」



世界の真理だと、星くんは淡々と告げる。



「ある地球から深海の底を超えると、宇宙に出ます。その宇宙をAとしましょう。宇宙Aから地球の知へ降り再び深海を超えるとまた宇宙に出る。その宇宙はB。そうして深海、地、宇宙は一直線に繋がっているのです」



はっとしたように兄さんは顎にやっていた手を離した。



「パラレルワールドの話を読んだことがあります。そのようなもの、でしょうか?」


「好捉えることも出来ますし、別世界と考えることも出来ます。源星を中心に形成されていて、その源星を生み出した死神様しか真実は知りえないのでしょうね…」



ふとこの場にいる三人以外の気配を感じ取り、バクは背後を素早く振り返る。



「ネクターをお持ちしました」



雪の結晶のような少し白く濁りがかった透明のグラスには、惑わすような甘い香りが鼻腔をくすぐるピンク色の液体が並々注がれている。



「丁度いい所に来ましたね、果実の神。早くお二人にお出しして」



果実の神と呼ばれた恰幅のいい紙は、手を震わせながらグラスを僕らの前にならべた。



「俺たちなんかに気を遣っていただいてすみません」


「ありがとう」


「いえ、私などが死神様に俺を言われるなんて恐れ多い」


「僕たちがお礼を言ってくれる優しい死神でよかったね」



あいつの下でずっと働いてたら、この神みたいに萎縮しちゃうのもわかるな。星くんはあの屈強な微笑みと何を考えてるのかわからない目を見るに、結構図太そうだけど。



「質問があるんだけど」


「どうぞ」


「ここはそのぇのどこら辺に位置するわけ?。あと、どうして源星へ繋がるのは地球だけなの?」


「俺は源星がどうして生まれたのか気になります。この絵を見る限り、源星を中心として世界が息吹いたような気がするのですが…」



星くんは無知な兄弟の質問に淀みなく答えていく。



「お先にバクさんの質問にお答えします。ここは源星に一番近い宇宙と深海の狭間にある異空間です。天の国や地獄などの別の異空間へ赴くにも楽なところに位置しています」



まるで交通の便がいいみたいな言い方だな。

 異空間とか簡単に言われても困っちゃうよ。なにそれって感じ。



「二つ目のご質問ですが、これはその、他の星に生きる生物よりも地球の生物が劣っているので、源星へ辿り着いてしまう可能性がないとされているからです」



そもそも海と宇宙を何回も越えなきゃいけないんだ。どう考えたって源星なkっかに辿り着く前に死ぬでしょ。



「ふーん」


「人間は素晴らしい生き物だと思うのですが…」



そこで初めて、星くんは眉をピクリと吊り上げた。



「お言葉ですが、あなたのような生き物を人間の神の許可なく創り出すような生物はどう考えても劣等生物。少し考えればその行為がどれだけの禁忌に触れるのかを理解出来る知能を持ちながら、すぐに感情的になり自分の理性さえまともに抑えられないような者たちでしょう?」



眉をしかめた兄さんを他所に、自分の発言には何も間違っているところはないと言わんばかりにニコニコしている星くん。



「サミエドロさんが疑問に思おう源星については私も存じ上げません。何せ私はただの神でしかありませんから」



まるで死神と神との間には、天と地ほどの性あるような言い方だ。天界の権力図って面白いな。

 地獄の最果てに来る前、地球で人間のように暮らしていた時にあることをよく感じていたことがあった。

 人間はよく神に祈り、縋る。どんなに手を合わせたところで神は直接何かを与えてくれるわけじゃないのに。

 だけど死神は違う。死神は、逃れられない死という強力な力を持ってるから。

 お願いごとをすることがあれば僕なら絶対死神に手を合わせると、あの時はそんなことも考えていたっけ。

 まあ、現状を知った今は誰にも手を合わせる木にはなれないけど。



「もし源星についてもっとお知りになりたいのでされば、死神様に直接伺った方がよろしいかと。教えていただけるかは定かではありませんが」



サミエドロは物思いに耽っているバクを気に欠けながら「そうですか」と嘆息した。



「基本的なお話は以上になりますが、おおよその世界の仕組みはご理解いただけましたでしょうか」


「はい」



兄さんがそう答えるのを横目に、ネクターをお代わりする。



「ではやっと本題である登竜門のお話が出来ますね」



死神として認められるための登竜門。どんな過酷なことを要求されるのだろうか。与えられた鎌を使って兄弟で殺し合えと命じられる可能性だってなくはない。だってそんなに死神って必要ないと思うし。

 バクが持つ死神に対するイメージは、残忍残虐で底意地の悪い男というものだった。



「お二人には神を選抜する仕事を担っていただきます」



死神の遊び半分な武力行使の命令をされると思っていただけに、本格的な天界での仕事お願いをされあことに思いっきり吹いてしまった。



「僕と兄さんが?」


「ええ」


「いきなり大役っぽいじゃん」



まさかいきなり普段は死神が行っている仕事をやってみろと言われるとは、サミエドロですら驚きのあまり咽ていた。

 星くんが目を閉じ静かに深呼吸すると、頭上に輪が現れた。それを外すとよく見えるようにと手渡された。



「これは神の寿命を表した代物です」



輪には発光している部分とそうでない部分があり、発行している部分がその神の残りの寿命を示しているという。



「このってどういうこと?」


「Ⅳのすぐ近くに〝human〟と彫られていますね」



顔を寄せて、輪に小さく彫られた文字を覗き込む兄弟。



「そちらは私が人間の神の四代目であることを示しています。神の命は有限なので代替わりが存在するんですよ」



口元に手を当てて「可笑しいでしょう?」とクスクスと笑う星くん《人間の神》。

 人間という生物がこの世に誕生したのが有史以前に誕生した生き物よりも遅いと履いても、もう結構な年月が経っている。だというのにまだ四代目なのか。

 どんだけ寿命長いんだよっていう驚きの方が大きくて笑いない。



「輪の光が失われた時、神は本当の意味で死を迎えます」


「本当の死?」


「神の選抜は生きた生物の中から、ということになります。どんなに寿命が残っていてもその寿命を貴方がた死神様が刈り取り、神にする」



なるほどね、そういうこと。



「刈り取った命が死神のごはんってわけだ?」


「いえ、命天性格にはその命が保有する記憶は我々神の食物です。死神様は飲食をせずとも生きながらえることが出来るらしいので。口にしても、それはあくまで嗜好品の範疇。生命維持には関わらないそうです」



死神が仕事して手に入れた報酬なのに、それ全部神に持って行かれちゃうんだ。それってなんかつまんないね。



「神に選ばれた者の運命として、初めに生を受けた器は寿命の大半を遺したまま死ぬ。ですがそこから神という第二の生を全うする。一度神になった者は二度と転生することがない代わりに寿命を長く設定して頂ける」


「寿命設定とか大事そうだけど、それはあいつ《死神》が?」


「その通りです、バクさんはお察しがよろしいんですね。しかし今回は登竜門ですので、貴方がたお二人は選抜を行い命を刈るところまでで結構です。寿命設定やその他もろもろは死神様が代わりになさってくださいます」



選抜した奴は責任を以ってあいつの元へ連れて来い、とのころだ。奪った寿命も即献上しなくちゃいけなくて、大切に管理されながら神のごはんになるみたい。



「そんな大役、俺に務まるんでしょうか」


「務まらないとあの方が判断されたら、死神にはなれないでしょうね」



兄さんは優しいから、きっとこの仕事をしたら傷つくだろうな。登竜門なんていうあたかも正当な言い訳を理由に、兄さんに命を奪う仕事を押し付けるなんて、なんてやつなんだ。



「そんなに難しく考える必要はありません。死神様はお二人に適した派遣先を検討しておられると思いますよ」


「えっ…別行動なの?」



それは聞いてないんだけど。



「そうです。死神様が群れる必要はありませんから」



駄々をこねたけれど、兄さんすら我慢しようと宥めてきた。

 僕は兄さんが心配なのに。



「盲目なことに関しては問題ないそうですから、そこのご心配は無用ですよバクさん」



バクの不安を察したように、人間の神は微笑みかけた。



「そろそろ亡くなられる神が二名ほどいるので、一人ずつ選抜をお願いしますね。勿論、相応しい者が見つからなければ無理に選抜する必要はありません。その場合は日を改めて登竜門を行いますから」



随分大雑把な。どんな奴を選んでもいいのかな。



「あの、神様を選ぶ基準というのは」


「死神様曰く「直感」だそうです」


「はぁ…」



兄さんがため息なんか吐くから、不安になって来た。

 その仕事っているからなのかと尋ねたところ、満面の笑みで「今からです」と返された。



「「え?」」



突如空から黒い瘴気が下りて来て星くんの手に触れると、まるで灰が燃える前の姿に戻るようにメモ書きのような物が形を成した。



「お二方の登竜門実施場所が決まったようです。さあお行きなさい、見習いの死神様方」

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