第13話 麦焼酎

 まずは麦焼酎。大麦を麦麴で糖化し、酵母で発酵させたもろみを蒸留して作る。

 ウィスキーやウォッカ、ジンなど、多くの酒が大麦を使るが、それらが糖化のために麦芽を使うのに対し、麦焼酎は麹で糖化するので麦芽不使用である点が異なる。

 ビールやウイスキーでも麦芽の使用量が多いと味が濃くなり、発芽していない大麦が多く含まれていれば味は軽くなる。麦焼酎の味わいがウイスキーよりもライトである理由の一つが、麦芽使用率が0%であることだ。


 原料となる麦は、一般的にはビールと同じ二条大麦が使われる(麦飯や麦みそに使うのは六条大麦)。

 麦を使うのはいいのだが、実は麦は水を吸うと急速に膨らみ、水気を切っても水が中にとどまったまま表面が固まる性質がある。

 麦にとっては発芽する水を確保するために重要な性質なのだが、酒を造っているときに麦同士が接触した状態で水を吸って固まると、互いに引っ付いてガッチガチになってしまい、作業どころではなくなってしまう。

 このため、麦で焼酎を作るときは水加減が非常に重要になるという。


 さらに麦の焼酎を伝統的な常圧蒸留で作った場合、麦わらの香りや特有の焦げ臭い香りが強く残って、かなりクセがある風味になる。こうした匂いが強いと、苦みやえぐみも感じられる酒になり、とても万人受けするものではなくなってしまう。

 つまり麦焼酎は作るのが難しく、元々は味と香りのクセが強い物であったということだ。作りにくい上に一般受けしないということから、長らくは長崎の壱岐ぐらいでしか作られることがなく、非常にマイナーな焼酎であったのである。

 つまり時代劇などで出てくる焼酎は、ほぼ間違いなく米焼酎であるということになる。侍が焼酎を注文するときに、「麦の焼酎を持て」などということはありえない。


 そんな麦焼酎が普及し始めたのは1950年代以降になる。この時期には戦中戦後に行われていた麦の流通統制が亡くなったことで、徐々に九州のあちこちで作られるようになり始めた。

 1970年代に減圧蒸留法が開発されてクセの強い匂いの原因物質を入れずに作れるようになり、イオン交換樹脂を用いた脂肪酸などの不純物の除去といった技術も誕生したことで、麦焼酎は飲みやすい焼酎へと進化を遂げることになった。

 1980年代になると一気に普及が進み、それまでは90%が県内で消費されていた大分の麦焼酎も、60%が県外・海外への輸出に回されるようになった。さらに大手も参入したことで、麦焼酎はメジャーな存在へとのし上がることとなったのである。


 スーパーでもよく見かけることができる麦焼酎の陰には、そうした科学技術の発展による改良の歴史が隠れているというわけなのだ。

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