勇者だったパパと間違われて異世界へ

コラム

01

ユナは図書室へと向かっていた。


給食を食べ終わってから本を読むのは、彼女がいつもすることだ。


たまにクラスメイトの何人かが一緒に来ることもあるが、基本的にひとりでいくことが多い。


高学年になってからは、クラスでもタブレットPCを学校に持ってくる子も増えていて、本を読むよりもインターネットで動画を観るほうが気軽なせいかみんなそちらにはまっている。


もちろんユナもネットで動画や映画を観るのは好きだが、図書室が数年前に新しくなってからは、すっかり居心地が良くなっていた。


今日も紅茶を入れた水筒を持って、午後の授業が始まるまで本を読むつもりだった。


「ちょっと宮部みやべさん。これから図書室を使うつもり?」


「はい。そのつもりですけど」


図書室の先生がドアから出てきて、ユナに気がつくと声をかけてきた。


なんでも今日は会議があるらしく、お昼休みは使用禁止にしようと思っていたようだ。


ユナはわかりましたと返事をすると、くるりと振り返って廊下を歩き出す。


「待って……。うーん、本当は先生がいないとダメなんだけど……。図書室、使っていいわよ。宮部さんなら大丈夫だろうしね」


表情ひとつ変えずに言った彼女のことを心配したのか、図書室の先生は使用していいと言った。


するとユナの顔が明るくなり、彼女は図書室の先生に笑顔でお礼を言うと、ドアを開けて中へと入っていく。


まるで別人だ。


たかが本を読めるくらいでそこまで喜ぶのか。


図書室の先生はそんなことを思いながらユナが図書室に入っていくのを確認し、クスッと微笑んでその場から去っていった。


誰もいない図書室に入ったユナは気分が上がっていく。


まずはいつも座っている窓側の席に水筒とバックを置き、また自分だけしかいないことを確認する。


なんだかこの部屋の本をすべて独り占めしている気分だと、ユナは借りていた本の続きを探しに、本棚に囲まれた室内を歩き始めた。


目当ての本がある場所で足を止め、彼女が本棚に手を伸ばすと、突然、足元から光が現れた。


光は次第にユナの全身を覆い、そのあまりのまぶしさに彼女は両目をつぶってしまう。


光が止み、ユナが目を開くとそこには――。


「あれ女の子……? なんでぇ……?」


革のポーチを腰に巻いたヒヨコが立っていた。


ヒヨコはユナの姿に戸惑いながら、そのフサフサの黄色い毛を揺らしている。


そんなヒヨコ以上によくわからないのはユナのほうだった。


彼女は先ほどまで学校の図書室にいたのだ。


それが周囲を見渡せば、そこは岩だらけの荒野が広がっていて、今にも崩れてしまいそうな古い建物がひとつだけポツンと見える。


「ここはどこ……? あたしは図書室にいたはずなんだけど……?」


「君こそ誰なの? わたしが呼び出したのはユウキって男の子のはずなんだけど」


「ユウキ……。それってもしかして宮部勇樹ゆうきのことじゃない?」


ユナが口にした言葉を聞き、ヒヨコは彼女の顔の高さまで飛び上がった。


それからその小さな羽を振って宙に浮く。


「君、ユウキのことを知っているの!? もしかしてあっちの世界のユウキの友だちなの!?」


「ちがうよ。宮部勇樹はあたしのパパ。それよりも早くあたしの質問に答えてよ。こっちはわけがわからないままなんとかフツーにしているんだから」


ヒヨコは表情ひとつ変えていないユナと、その態度から不可解そうにしていたが、彼女に現在の状況を話し始めた。


まずここはユナのいた世界とは別の世界であること。


ユナがこの世界に来た理由が、彼女の父親であるユウキと間違えて召喚されてしまったのだと伝えた。


「それと、ちゃんと名前も言わないとね。わたしはピピ。勇者ユウキの相棒にして伝説の武器を守りし者」


「えーと、あたしはユナ。来年中学生になるフツーの子どもで、あなたが言ってる勇者? パパ宮部勇樹の娘であってるのかな?」


状況とお互いのことを話したユナとピピの前に、遠くから何かが走っている音が聞こえてきた。


その先に視線を向けると、そこには白銀の鎧を身にまとった人物が、彼女たちのもとへ向かって来ているのが見える。


金髪碧眼の整った顔をした女性。


その背中には、大人の背丈をも超える大きな剣がむき出しで収められている。


「あの人もピピやパパの仲間なの?」


「そうだよ。彼女の名前はアグネス·プランタジネット。わたしやユウキと一緒に魔王を倒した魔法剣士だよ。それにしても落ち着いてるね、ユナは」


「そんなことないよ。これでもかなりドキドキしてる」


動揺していると言うユナだが。


ピピから見ると彼女は、出会ったときも説明をした後も表情は変わっていない。


退屈そうな顔のままだ。


それでも口に出しているんだから、心の中では不安でしょうがないのかもしれない。


「でも、顔にも態度にも出さないなんてすごいよ。ユウキのときなんて、わたしの話を聞かずにワーワーギャーギャーうるさかったんだから」


「別にフツーだよ、あたしは」


ユナとピピが話していると、アグネスが彼女たちの前にたどり着く。


「おいピピ! この子は誰だ!? ユウキを呼んだんじゃないか!?」


アグネスは息を切らせながら、耳が痛くなるほどの大声を出した。


ユナはそんな彼女を見ると、すぐにピピのほうへ視線を向ける。


するとピピはガクッと肩を落として、地面に着地した


「はぁ、また説明しなきゃいけないのか……。めんどくさいねぇ、もう……」

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