13 写真が繋ぐ絆

「どいつもこいつも……」


 大きなため息をひとつ。やれやれ系主人公を気取るタカ君、頑張って興味なさそうに振る舞っている。

 でもうずうずしているのがバレバレ。何しろ自分の専門分野だ。オレがデジカメだから噛み合わなかった部分が、これで解消される。


「オレのフィルムカメラ見たい?」

「……別に」


 ベンチに座ってカメラバッグを膝に置き、中をごそごそやる。

 柘植先輩に預かったフィルムの封筒はちゃんと持ってきてある。

 それから、いつもは荷物になるだけだからと家に置いてきているフィルムカメラも、ある。


 取り出してクロスを剥いていたら、タカ君が体を思いっきりこっちに傾けて覗き込んできた。

 ほんと。カメラ好きなんだな。こいつ。


 出てきたのはタカ君の得物の劣化版みたいな、ちょっと小さなカメラ。

 革のケースに入っていて、銀色で、ピラミッド型の出っ張りもない。


「君のみたいに格好良くないけど」

「格好良ければ良い写真が撮れる訳でもないし。そもそも一眼レフとレンジファインダーは別物だからさ。……良いカメラだと思うよ。それ」


 自分のことが大嫌いなタカ君も、他の人は素直に肯定する。

 爺ちゃん、あの世で鼻高々だろうな。プロカメラマンの息子に認められて。


「そっか。これがレンジファインダーか」

「知らなかったんだ」

「うん。名前は聞いたことがあった。篠塚先輩っていう……知ってるよね、カメラ部の」


 以前のマジックアワーハンター集会でうっかり名前を出してしまったことがあり、それでタカ君はオレが写真部ではなくカメラ部であると気付いた。

 ってことは、つまり、面識があるはず。

 ……いいとこ勧誘だろうけど。


 ただまあ部活動に興味がなくたって、だいたい同じ方向性のカメラを使っている者同士、仲良くなれると思う。

 気が合うはずだ。

 篠塚先輩も熱く語れるカメラ愛好家仲間がもう一人くらい欲しいはず。


 タカ君は視線を空に向け、しばし記憶の中をまさぐっていた。

 そして。


「あの、真っ直ぐ立てない人?」


 相変わらずの天然っぷりを発揮する。

 オレ、コントかっていうくらい見事にコケた。


「……そこ? 副部長の特徴で覚えてるの、そこ?」

「うーん……何度か話しかけられたことがあるけど、何かいつもナナメってる人だなっていう印象しか」

「いや格好付けてるんだよ。分かるだろ、文字通り斜に構えてんの。真っ直ぐ立ったらダサいんだよ篠塚先輩的に」

「言ってることは普通だったし、特に興味出なかったけど」


 ふ、普通って……。

 篠塚先輩が普通って……。

 タカ君すごいな。


 何がすごいって。篠塚先輩は恐らくカメラについて相当な熱量で語ったであろうに、その内容を全くスルーできているということだ。

 きっとタカ君の中では、ナナメってる先輩が話しかけてきて、『地球は丸いんだよ』とか『三足す五は八だね』くらい普通のことを言ってった、程度の記憶しか残っていないんだ。

 恐るべし!


「……おっと。衝撃発言すぎて本題忘れるところだった。そのナナメってる先輩がね、ああ見えて部でいちばん詳しくてさ。その人が言ってた」


 実を言うとカメラはどれも一緒に見えるオレだ。

 他の部員の愛機がフィルムなのかデジタルなのかも、ぱっと見では区別つかないこともある。

 時々出てくる『レンジファインダー』ってどんなカメラだろうと思っていたら、オレ持ってた。

 なんてこったい。


「詳しいんなら、その人に教えてもらえば」

「そう思ったんだけどねぇー。無理無理。部員何人抱えてると思ってるんだよ。……そりゃ写真部よりは少ないけど、副部長に教えてもらいたい部員はいっぱいいてさ。オレみたいなずぶの素人が占領するわけにはいかないって」


 じりじりと外堀を埋めていくオレに、タカ君は呆れた様子で大きなため息を吐く。


「……フィルムは?」

「ない」

「じゃあ撮れないだろ」

「部費で買ってもらう約束になってるんだ。こないだ柘植部長ん家に行った時、自腹で一個買ってくればよかった。フィルムに手を出すのはもっと先だと思ってたし、これ預かっちゃったら何か頭いっぱいになって」


 つげカメラの名前が印刷された封筒を取り出して、差し出す。

 タカ君が反応するまで、少し時間がかかった。


「……中身、見た?」

「まさか」

「そっか。見たんなら、どんなだったか聞こうと思ったけど」


 一周まわって可愛くなってきた。この、タカ君の意地。

 何度か躊躇いながら封筒をやっと受け取り、中からまた別の袋を取り出す。

 その中に、入っていた。


 お父さんが、最後の撮影に行く前に預けて行った、色鮮やかなフィルムが。


「何それ! 面白い!」

「何ってリバーサルフィルムじゃん……知らない?」

「うん知らない」

「堂々と言うなよ」


 タカ君が苦笑した。

 その手にあるのはオレが知っている茶色いフィルムとは違う、当たり前の色をした、小さな写真を連ねたような、透き通った、不思議な何かだ。

 茶色くないフィルムがあるんだ。


 一連のフィルムを空にかざすタカ君。

 暗すぎて良く見えない。

 今度は尻ポケットからスマートフォンを取り出して、真っ白な画面にし、そこに当ててみる。


 浮かび上がったのは春の田園風景だった。

 真っ青な空と、雪の残った山、そして手前は水を張った田んぼ。


「……成沢谷かなここ」

「桜が有名な?」

「そういうのは知ってるんだ」

「フォトジェニックな場所だよね」


 覚えたばかりの単語を自信満々に使う。


「めっちゃ綺麗なんだけどさ、なんでこんな小さいの」

「親父は現像だけ頼むんだ。で、この状態で見てから、気に入ったのだけプリントする」

「ほうほう。なんで?」

「失敗写真まで全部焼いたら、金かかるだろ」


 この辺はプロの感覚だろうか。

 まあもちろん、何百枚もすげー数を撮るんだろうから、そうなるよな。


「だから親父はリバーサルフィルムを使ってる。これだと、現像しただけで良し悪しが判断できるからさ」

「確かに。あの茶色いやつだと何が写ってんのかさっぱりだけど、これなら分かる」


 タカ君の言葉が過去形になっていないことに、オレは気付いていた。

 親父さんのことがまだ、こいつの中で終わってない。


「でも一般的じゃないよね」

「難しいから」

「あ、そうなの?」

「ネガフィルムだとプリントする時に多少補正できるんだけど、こっちはほぼ無理なんだ。つまり」

「一発勝負、って訳か」


 タカ君が深く頷いた。

 なるほど興味深い。


 デジタル写真はパソコンにデータを取り出して、暗いから明るくしようとか簡単にできてしまう。何なら写っているものを消したり、逆に何かを加えたりも比較的容易だ。

 だけど考えようによっちゃ、そんなの『撮影の腕』じゃない部分のスキルであって。

 デジタルに比べて補正が難しいフィルムカメラの、もっと補正が効かないリバーサルフィルム。さすがプロだ。

 使う理由が経費節減のためってのも、またイイ。


「……やべ。やっぱ凄ぇわ」


 じっくりフィルムを見ているタカ君の肩が、小さく震えた。


「こんなの、反則だろ……」


 頑ななタカ君を動かしたのは、結局、心底憧れた写真家——親父さんの、遺作とも言える写真だった。

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