第2話 幼馴染み属性負けヒロインと破滅済み悪役令嬢、互いに自己紹介をする


 自分の中に別人の人格を抱えていくことになった小山内なじみだったが、ふと彼女が何者なのかを何も知らないことに気が付いた。そして、それはどうやら相手も一緒だったらしい。なじみが"それ"を思いついた瞬間、相手から提案をされた。


『そう言えば、わたくし達 お互いのことほとんど何も知らないですわね。これから少なくともしばらくの間は一緒に過ごすことになるのですから、簡単にでも自己紹介でもしておきませんこと?』


「…あ、そう言えばそうですね…」


 彼女の存在の認識すら朧げだったこともあり、なじみは申し訳なさ交じりに同意する。


「えっと…私は小山内おさないなじみです。歳は……本当なら18歳になっていた…と思ったのですが、今回の件で時間が戻ってしまったみたいなので…多分15歳…です。」


「幼馴染くん♂とは、家が隣同士で親同士も仲が良くて、物心ついた時には一緒に遊んでいた…幼馴染同士でした。幼稚園から高校まで同じで…登下校なんかもいつも一緒にしてて、友達にからかわれたりもしていたんですけど…」


 自分にとってはそれが当たり前だったから、それをやめようって言われた時はショックだったな…。なんて、思い出し凹みをするなじみ。声のトーンが露骨に暗くなる。


『ウジウジするのは後で勝手にやって下さる?』


 慰めの言葉なんて期待していたわけではないが、明確にお前が傷ついたことなんてどうでもいいよという言葉をかけられて、びっくりしてしまう。いや、確かに他人にとったらそれはそうなんだけど、ここまでズバッとこんなこという人いる!?


『わたくしたちにどれだけの時間が残されているのかもわからないのですから、少しでも無駄な時間を使いたくはありませんのよ。ほら、続けなさいな』


「は…はい…。ご、ごめんなさい。えっと―—……私は、幼馴染くん♂がそばにいてくれるのが当たり前みたいになってて、彼にとっても自分はそうなんだろうって何処か思い込んでいたんだと思います」


「朝が弱い彼の為に、朝学校に行く前に声をかけて一緒に投稿したりしたのも…、彼のお母さんが仕事でお弁当を作るのが大変って言うのを聞いて、私が幼馴染くん♂の分もお弁当を作ることにしたのも、私はそれを存在なんだって思ってたんだと思う…」


『恋人と言うよりも完全に召使ですわね…』


心底呆れたような声。ため息交じりのつぶやきが聞こえる。


「でも、そうじゃなかった。高校に入学した年の6月。私と幼馴染くん♂のクラスに転入生が来たんです」


『恋敵の登場ですわね』


「幼馴染くん♂と彼女は、最初こそ何故か良く口論や喧嘩を繰り返していて、正直なところ仲は良くないって思っていて…むしろそれを心配したりしてたんです」


『まったく度し難いですわ…』


「だ、だって、幼馴染くん♂もだけど、彼女だってクラスメイトなんだから、仲良く出来ないのは悲しいじゃないですか…」


『……とんだ良い子ちゃんですわねぇ……』


「…でも、気が付いたら幼馴染くん♂と彼女…大分親密になっていたみたいで…。学校や休日でも、二人の姿を見かけたなんて噂を聞くようになっていたんです」


『その間、貴女…ただ黙って見ていたんですの????』


「…一緒に買い物に行こうって誘ったり、バレンタインに手作りチョコを渡したりはして…その、アピールはしていたと思うんですけど…」


『そんな一つ二つの行動だけですの?周囲の噂になるくらい一緒にいた相手と明らかに差をつけられてるじゃありませんの』


「…うっ……」


 グサグサグサと突き刺さる突き刺さる。


『そんなことで想い人を他人に取られたなんて不幸面する資格、貴女にはないんじゃなくて?』


 おっしゃる通り過ぎてもうオーバーキルである。

なじみはもう…ヤメテ…ヤメテ…とブルブルしている。


「…おっ、おっしゃる通りです…。うっ…う……」


『まぁ、だからこそ、今回やり直しの機会が与えられたのかも知れませんけれど』


「…?………どういう意味です……?」


『勝負もしてないのに負けたも勝ったもないでしょって意味ですわ』


「…うっ………」


『貴女のことは大体わかりました。次はわたくしですわね』


「………」


『ちゃんと聞いておくんですわよ!!!』


「ひっ…は、はいっ!!!!!」


『わたくしは、アクーヤ・クレイ・ジョーンズ 。歳は17ですわ。王家に連なる貴族の中でも名門とされる一族に生まれ―――…と、ごめんなさい。貴女にこんな話をしても理解できないかも知れませんわね。…とにかく、平民とは違う高貴な血と使命を持って生まれてきた存在であるということですの』


『由緒正しい血統であったことは勿論ですが、わたくしの美貌や才能も認められ、10歳になるころには次期国王となる第一王子の婚約者として抜擢されましたの』


 下手に口を挟むとまた手ひどく反撃を食らいそうだと思ったなじみだったが、反応をしないならしないでちゃんと聞いてるの!?と怒られるので、必死にこくこくこくと聞いているアピールの相槌を入れ続けている。

 彼女たちは確かに会話をしているのだが、はたからみたらなじみが一人で喋った上に、今は赤べこのようにこくこくこくと首を振っている訳で、異様な光景である。


『……わたくしの人生が狂ったのは、王子から婚約の破棄を知らされた時ですわ』


『真実の愛を見つけた、と仰っていましたわね。…要するに他に思いを寄せる女が出来た…と言われましたの。よりにもよって彼の誕生パーティーの場で、ですわ。』


『感情的なものはともかく、それを恥ずかしげもなく口にするなんて…王子としての己の立場もわきまえない愚かな行為だと軽蔑していますけれど』


「…あわわ…し、辛辣…」


『わたくしたちの婚約は、もともと互いの感情で決められたものではありませんから、王子が他の女に思いを寄せてしまったこと自体は仕方がない…とは思いますが、だからこそわたくしたちの婚約は、国の未来の為にと考えられたもの―――、多くの者たちの思惑や利害が絡んでいるのですわ。それを考えなしに破棄を宣言するなんて―――――――、自分の立場や役割をわかっていない愚かな振る舞いですわ』


「…そんなの……ショックでしたよね…。7年間も婚約してたのに…」


『そりゃあ、裏切られたという気持ちにならなかったと言えば嘘になりますわ。こちらは7年間、王子の妻として恥ずかしくない存在であろうと生きていましたのに…、ポッと出の田舎娘にすっかり入れ込んで、己の役割すら顧みないような醜態を公然で見せつけられて…こんな人と共に国を背負っていくんだとずっと信じていた自分が情けなくて仕方がなかったですもの』


「………」


 アクーヤの言葉はきつく、王子に対しての罵倒には悔しさや恨みが強くこもっているのがわかる。しかし、それは本当に悔しさや憎しみだけによるものだろうか?となじみは考えた。

 自分は、自分自身の不甲斐なさによって幼馴染くん♂と結ばれることが出来なかった。だから悔しくて悲しくて、でも自業自得で…他人を責めることが出来ず自分を責めただけだが、アクーヤはきっと王子にふさわしい自分であろうとずっと努力をしていたのだろう。だからこそ、彼が同じ思いではなかったこと、裏切られたことに憤慨し、悲しみを押し殺して、彼に失望した、落胆したと思うことで自分を奮い立たせているのでは?と思ったのだ。

 状況は違うが、彼女もまた、大事な人を失ったという結果に関してだけはなじみと同じなのだ。


『その後は滅茶苦茶ですわ。わたくしのそれまでの振る舞いに、不満や恨みを持っていた者たちも多かったのでしょう…。国家反逆の意があるだのと在りもしない濡れ衣を着せられて国外追放。口封じの為に暗殺—……これがわたくしの人生ですわ』


「…そ、そんな………」


『…結局、えらそうなことを言ったところでわたくしも王子に捨てられているじゃないかって、わたくしにあれこれ言われるのは不愉快だと貴女も思ったでしょう?』


 勝気な調子は変わらないが、何処か自嘲気味に言うアクーヤに、食い気味なくらいの勢いでなじみは叫んだ。


「そんなことない!!!」


『!』


「アクーヤさんは一生懸命頑張ったんじゃないですか…!それなのに王子の身勝手で突然裏切られて…。酷いです!王子だって、心変わりをしたならまずはそれをちゃんと貴女に伝えてから婚約を解消するべきでしょう…!わざわざ恥をかかせるような場所で貴女を傷つけるような伝え方をするのは、誠意がないです…!酷すぎます!」


『……貴女……』


 これまでうじうじしていたばかりのなじみが、思った以上の激情の篭る声をあげたことが意外だったのか、アクーヤも言葉を詰まらせた。


「…わ、私…頑張ります。自分の想いを実らせるためだけじゃなくて…。私も、貴女みたいに強くなりたいです。…自分の不幸に酔うんじゃなくて…全力で戦って…それで……」


『わたくしも貴女も、結局のところ同じ負け犬なんですわ。でも、こうしてやり直すチャンスを得ることが出来た。これはきっととても凄い幸運なんですの』

「………」

『だから、絶対に絶対に物にして見せましょう?わたくしたちを貶めた男たちを、今度こそわたくしたちに骨抜きにして、今度は彼らを地獄に叩き落してやるんですのよ』


 それは今までのようにきつく、当たりが強いだけの言葉ではなく、何処か…なじみを励ますような、背中を押そうとするような力強く暖かさを感じる声だった。


「…わ、私は別に幼馴染くんを地獄に落としたいわけではないんですけど…!!!!!」


 そんな風に言いながらも、なじみはアクーヤの言葉に、なんだか少しだけ救われたような気がしてしまったのだった。

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