第29話 ボクの聖女様 中編

 好きか嫌いかと言ったらミュゼァの事は好きだけど、今までそんな気配はしなかったから正直戸惑いしかない。


「外で聖龍が待ってる、行こう」


 丁寧にララがまとめ上げてくれる髪の毛ではないので、顔にかかる。そう言えばネグリジェのままだったことを思い出してしまう。


「どんな顔して行けばいいのか分からない」


 黒い感情にのめり込んでいた時に聖龍の声が聞こえた気がした。ボクだけの聖女様って彼は最初から行ってくれていた。私だけを見ていてくれている。


「美麗を助けたいから力を貸せって聖龍がやって来たんだ。ララも珍しく取り乱していたから、帰ろう」


「……うん」


 戻ったらもっと魔法を学ばないと。今の自分だけじゃ誰の役にも立て無い。


 ミュゼァに手を握られながら光の方へと歩いて行く。


「そう言えばミュゼァ様、一つ質問なんですけど」


「なんだ?」


 泣きそうな顔から一変優しく微笑まれてしまうと、恋愛偏差値の無い私はドキドキしてしまう。


「さっきから呼び捨てになっていますが」


「嫌だったか」


「嫌ではありません」


 こんな状況で照れている場合じゃないのに、頬が熱くなる。おでこへのキスも愛してるってサラっと言っていた。これは信じてもいいのかな。空振りしたら次は恥ずかしさで消えてしまいそうだ。


「困らせるつもりは無かったんだが、今手を伸ばさないと消えてしまう気がしたんだ。美麗少しずつ意識してくれたら嬉しい」


「はい」


 気の利いた返しが浮かばなかったけど、ミュゼァの横顔がとても嬉しそうだったからそれが答えかな。






 光の先に出てみるとそこは聖龍の住まう森の奥だった。黒いどぶの様な塊からは嫌な匂いがして周辺から生き物の気配がしない。


「聖龍が、居ない……」


 溝から出てミュゼァは私の手を離す。キョロキョロと周囲を確認すると、突然鼻を抑える。


「ミュゼァ様?」


 問いかけには返事をせずに、私の周囲に結界魔法を展開させる。私の鼻もツンと鉄の匂いを感じ取る。召喚された時の言葉がフラッシュバックされる。「世界に危機が訪れる」と。


「あれぇ?どうして美麗様がやみの泉から出て来てるのかな?あのまま聖女が壊れて世界を覆うほどの闇が産まれるはずだったのに。良かった保険をこいつにかけておいて」


 魔物討伐の時に一緒に過ごしていた、ラヴァの手には太刀たちが握られており、私の事を襲ってきた男が持っていた短剣と同じようなけがれを感じる。


 そしてその短剣には血がしたたっている。


 誰の血?


 ミュゼァがラヴァに向かって稲妻の魔法を発動させるが、ラヴァを避けるように足元に稲妻が落ちる。


「ラヴァ、お前どうしてここに居る」


「どうしてって、オズワルド殿下がいきなり家に押しかけて来た時は驚いたよ。同時に計画が失敗したのも分かったから慌ててここに来てみたんだ」


 手にしていた太刀についている血をすくって口にするラヴァはとても嬉しそうだ。


「あーやっぱり美味しいね。聖獣の血を舐めるのは初めてだけど」


 私の事を必死に呼んでいた聖龍の姿が見えなくて、ラヴァが今言ったのは聖獣の血。


 ミュゼァが張ってくれた結界がきしむ。私の体の中から魔力があふれ出すのを感じる。


 流れ出た魔力は私の体の周りをまとう。


「聖龍に何をしたの」


 私の叫びにラヴァは口の端を嬉しそうに上げる。瞳の奥には今までに見たことのない色が見えた。


「何って、自分の住処に居ると思うよ。その闇の泉は聖獣の血に引き寄せられる事があるから、あいつ大丈夫かなぁ」


 見ると、私が出てきた溝の一部が宙に浮いて飛んでいるではないか。

 ミュゼァがラヴァを囲む様に魔法を展開させる。


「美麗、俺がラヴァを抑えてるから聖龍を頼む。後これも。__手を出してくれ」


 と、移動魔法の応用編なのか、両手を出した上にぴょこんと可愛いウサギの耳のカチューシャが現れる。


 お尻に可愛い尻尾の付いたそれが、なぜ今飛び出る‼


「あの、ミュゼァ様⁇」


 今これ必要ですか、と叫びそうになるのを我慢する。彼はこれが戦闘服だと信じているから。全力で否定したくとも賢者のせいでそれが出来ていない。


 許すまじ、賢者。


 ラヴァは私の手に正装が握られたのを見て、叫び声をあげる。


「くそ、それがあったら聖龍も負けてしまう……行かせるものかぁ」


「何を言っている、お前の相手は俺だ‼美麗早く聖龍の元へ行けぇ」


 ラヴァとの間に立つようにミュゼァが立ち位置を変えるんだけど、悩んでいるよりも先に聖龍を助けに行くのが優先よね。


「美麗に新しい魔法を教える。賢者が言っていたのだが、“へーんしん”でそれに着替えられるように魔法を作っているらしく、その魔法陣を聖女の服に刻み込むのに時間がかかってしまったんだ」


 賢者様、マジでどこかであったらマジ殴る。


「分かった、ミュゼァ様負けないで」


 私の言葉にミュゼァは一瞬振り返る。

 ラヴァの視線は私の手元を見ている。

 とても悔しそうに見ている。私も手にしている服を悔しそうに見る。とても悔しい。


 なんで完成しちゃったんだい?てか、本当に無駄な技術の凝縮体になっているのはなんでだ、賢者様。

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