第23話 聖女、前を向く 前回の続き

 そして人は与えられた土地で一生懸命足掻あがいて生きて行かないといけない。

 俺は紅茶を一口飲む。討伐から帰ってきて聖龍の雰囲気が少し変わった。可愛らしさはあるが、王者の貫禄の様なものを携えている。


 逆に美麗みれいは暗い顔をしていた。


「明日の美麗様からの報告に関して聞くが、その前にお前からも聞いておきたいんだ。今日の討伐はどうだった」


「経験不足以外のなにものでもない。今日の昼間力を発動出来た。魔法ステッキのお陰と言うのは分かっている。逆に正装については不安があるみたいだけど」


 母さんもあの衣装に関しては否定的だったのを思いだす。

 オズワルドは俺の顔を見てから紅茶に視線を移す。


「いきなり討伐に行かせるつもりは無かったんだが。申し訳ないことをしたな。だが邪気も活発になってきているから早い段階で行動に起こさないといけないかもしれないな」


 今日の様な事になるならもう少し人員を多く連れて行くか。今日のは城の守りも必要だったため出陣しゅつじんを最小限にとどめた。本来は援軍えんぐんが後から来る予定になっていたが、聖龍自ら向かうとなると、逆に力のない者は足手まといになってしまう。


 オズワルドが紅茶に口をつけるが、熱いっと呟き、俺をにらむ。


「ラウルとラヴァにも聞いたが聖女が魔物にまれたって本当なのか」


「悪い、それは俺の落ち度だ。美麗を責めないであげてくれ」


 完全に油断してしまった。的には上手く魔法が当てられたから本番も出来るかと思ったけど、カチカチに固まってしまった美麗はおびえていた。帰りの飛行中も後ろから抱き着いていたから彼女が震えていたのが分かった。


 それはたましいが怯えていた。


 怖い、寂しい、辛い。


 国のために母さんが犠牲になった。それなのに、あの子を犠牲にさせてしまっても良いのか。そんなことをして許されるのか。


「聖龍が少し見せてくれたものだと、元の世界でも美麗様は自分の心を隠す癖があったみたいだ。誰かのためにと生きていたみたいで、こちらの世界に来てから必死だったのは捨てられるのが怖いから、みたいだ」


 森から帰る時に意識共有で見せて貰った。勝手に見るのは申し訳なかったが、美麗の事を知らないとこれから手助けが出来ない気がした。


「そうか。こちらの都合で呼び出しておいてなんだが、悪いことをしたな」


 オズワルドがしょんぼりと肩を落とす。


 しかし、まだ彼女を正式に式典などで紹介をしていない。召喚しょうかんの儀を行い来た聖女が討伐に行ったのを今日国民は見ていた。帰りの飛行の時に城下町の上を飛行していたら人々の声援が聞こえてきた。


 声援せいえんにまでもビクつく美麗にどう声掛けして良いか分からなかった。


 オズワルドが仕事をしていた机に近づき一枚の紙を持ちペラペラと振る。


「召喚してきた聖女をそろそろお披露目しろって話が多く出ていてな。まだ大きな邪気を払っていないけど、一旦美麗様をお披露目する必要があるかもしれない。ささやかな催しでもいいから、今回の魔物討伐も兼ねて」


「今美麗様を表に出すのはやめておいた方がいい」


「魔法が使えないんじゃないかって言われている」


 異界から呼びだしたので使えなかったのは間違いない。だがそれだからと言って彼女を晒して良いのか?


「明日の報告の時に直接本人からも聞く」


 オズワルドは紙を机の上に戻した。


 南の聖女に邪気のたまり場を見てもらって、その報告も出している。国の中を一度浄化しない事には溜まった穢れが落ちることは無い。美麗には才能があるが自分に自信が無い。力を上手く使えないのもそれが理由なのかもしれないと思うこともある。


「悪いな、疲れているところ呼び出してしまって。今日はもう休んでくれ」


「オズワルドも休まないと、オリビア様が悲しみますよ」


 政略結婚せいりゃくけっこんのはずだけど、オリビアはオズワルドの事を心の底から好いている。以前仕事で毎日一緒にいるというだけで「オズワルド様は渡しませんわ‼決闘を申し込みます」と喧嘩けんかをしたことがある。良くも悪くもオズワルドを一番に考えてくれている彼女との婚姻こんいんを渋っているのはオズワルド自身。


 好いてくれているからこそ、いばらの道に引きずり込みたくないと言っていた。跡取り問題もあるから俺からすると、早く二人が落ち着いて欲しいと思うんだが、上手くいかない。


「オリビアには幸せになって欲しいんだけど、ミュゼァお前からも言ってくれないか」


「何ふざけたこと言ってるんですか?俺がオリビア様に怒られますよ。自分で幸せにしてやる、くらいの事言ってください。貴方がハッキリしないと美麗様の立場が危なくなるでしょう」


 身寄りのない美麗の事を自分の養女にと話を持ち出す者も要る。王家直系の子どもはオズワルドだけだから継承権争いは無いが、周囲はそうとも限らない。自分の娘を嫁がせて王に取り入ろうとする奴は多い。


「好いた女の幸せに身を引こうとするのは愚かな事だろうか」


「相手が貴方と共に戦うと言っているのにはぐらかしているオズワルドは正直ダサいですね。しっかりしてください。彼女以上に貴方を理解している人は居ませんよ」


 ぬぐぐと言いながらオズワルドが部屋の扉に向かって歩いて行く。


「もう今日は寝る。どうしてみんな俺の結婚と聖女とを結びつけて考えるんだ。今は彼女の幸せをどうしようか考えているのに」


「聖女は、歴代そうでしょう。母さんは何処の男の子どもか分からない俺を産んだ。力があったから俺はこうして貴方の隣で仕事が出来ていますが、そうでなければいつ死んでいてもおかしくないですから」


「……ミュゼァをやはり養子に迎え入れておくべきだったか」


 振り返るオズワルドの表情は良く読み取れないが、よく話題に出てくる。俺の父さんは今行方の分からない国王の弟だと言うのを知っているのは三人だけ。


 オズワルドは俺には国王の才があると言って弟にしようとしていたが、全力で母さんが止めた。俺自身も望んでいないから、オズワルドは強行突破には出ない。


「俺は魔術師として貴方を支えると心に決めているんです。要らぬ火種ひだねは撒きたくありません」


「残念。いつか弟になりたくなったらいつでも俺の所に来い」


「それよりも先に、オリビア様との結婚式を楽しみにしています」


「うるさい」

 


***

  


討伐から帰って来た翌日昼間、昨日の報告に兼ねて城に来ていた。いつもならミュゼァが迎えに来てくれるのだが今日は忙しいらしく、ミュゼァが用意してくれた馬車が迎えに来てくれた。


 護衛としてララが一緒に来ることになったけど、どうしていいのか分からない。私は昨日何の役にも立たなかった。どう説明すればいいのか悩んでいたら一睡もできなかった。


 考え込んでいると、馬車が城に到着していた。降りると、ラヴァが待っていてくれた。


「美麗様、馬車でお待ちしております」


 ララが言うと馬車が一旦その場を離れる。城の入り口前には百段近い階段がある。全ての段に魔法が掛けられてあるとラヴァが教えてくれていた。


「昨日は申し訳ありませんでした」


 何を話して良いのか分からなくて、声をかけるとラヴァは首を振った。私が聖女と分かっているのか、それともラヴァに頭を下げているのか分からなかった。自然と足元を見て歩いてしまう。


「美麗様」


 前を歩くラヴァの声が優しく私の耳に聞こえてくる。


「前を向いてください。聖女様であることには間違いないのですから。自信を持ってください」


「出来ないよ」


 何かの間違いで召喚されたのではないか。今は見えないが、胸元には聖女の印がある。これさえ浮かびあがって来なければ逃げ出してもいい気がしてきた。


 弱音を吐いても許されると思ったのに、お風呂に入る度に紋様が私にと言いかけてくる気がするの。


『お前が本当に聖女で間違いが無いのか』って。何かの間違いで選ばれただけの人間でありたかった。


 私が歩くのを止めてしまったため、ラヴァは五歩ほど先を歩いている。今日呼び出された場所は昨日呼ばれた閲覧の間で、今後の聖女の仕事に関して話し合うことになっているらしい。魔物が来たのは国の穢れが溜まっている証拠だから早い段階で除去しなければならないと、声を上げた者がいるとミュゼァの送ってきてくれた手紙で教えて貰った。


「美麗様はもっと我儘になっていいんですよ。こちらの世界の都合で呼び出された聖女なのですから」


「そんなことできないよ」


 身分不相応な事をして何も持たない私が城を追い出されたら一人では生きていけない。聖龍の元ならもしかしたら住まわせてもらえるかもしれないけど。


「数百年前に召喚された聖女は、自分の権利をこれでもかってくらい振りかざして好きだった騎士を旦那に選んだって話があります。賢者様も異世界の民で割と自由奔放に生きていたって。知識がある分それを欲しがる人が多かったから、自分の知識はどの国にも平等なものとしたらしいですよ。凄いですよね」


「それが私になんの関係があるって言うの?」


「美麗様には笑顔が似合います。確かに国を救って欲しいですが、こちらの世界を嫌いになって欲しくないんです」


「使えない聖女なのに?」


 今までは訓練をしてくれるミュゼァにしか自分の駄目な所を見せて来なかったけど、昨日はラウルにも見られてしまっている。折角私に力の使い方を教えてくれた聖龍の努力を無駄にするところだった。


「伝説の前聖女が言ったんですよ“世界の危機が来るから異界の聖女を召喚すべきだ“って。それを反対したのは誰だか分かりますか」


 どこか楽しそうに語るラヴァの話の意図が見えない。


「異界から連れて来られて寂しい思いをさせるだなんてことは申し訳が無いから、全力でサポートするぞって。冷徹って言われていたミュゼァ様が言うもんだから皆意外でした」


「皆、優し過ぎます」


 今泣いたら負けだと思う。だってまだ何も終わっていないのに。


 ラヴァが私に近づいて来て、涙を拭ってくれた。

「我々の世界を救ってくれる人に対して全力で尽くす準備は出来ています。聖女美麗様、もう少し我々の事を信じてください」


 生まれた世界で認められない生き方をしてきた。お母さんは私の事を要らないって言って、おばあちゃんが仕方なく引き取ってくれて。


 また捨てられるのが怖くて料理も洗濯も今まで以上に頑張った。それくらいしかできなかったから。良い所に就職したかったのもおばあちゃんにちゃんと恩替えししたかったから。私にかけたお金を全部返してあげたかったの。


 召喚されたからには早く応えなきゃって、慌ててた。ここで要らないって言われたら、どうしたらいいのか分からなかった。


 ラヴァは弱いままの私でもいいって言ってくれた。頼っていいんだよって。


「ありがとうございます」


「いえいえ。



 その後のオズワルドとの閲覧では昨日の成り行きをしっかり話したけど、全く怖くなかった。頼っていいんだよって言って貰えて嬉しかったの。

 この世界の人を信じてみようって思ったの。


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