第12話 魔力感知

「いきなりだが、準備できてるか?」


 翌日朝食が食べ終わった頃に、ミュゼァがやってきた。私はいきなり流された環境に不安を少しだけ感じているけど、上手く蓋をする。


 口に出したら全部駄目になってしまう。頼れる先が無いから、面倒な女だと思われない様に頑張らなきゃ。

 じゃないと、呼ばれた意味が無くなってしまう。


「準備は出来ています」


 食後の紅茶を飲んでいた時で、ララがミュゼァの分のお茶を用意しようと行動をして直ぐに、ミュゼァは首を振る。


「準備できてるなら、直ぐに、魔力訓練をしに行こう」


「はい」


 立ち上がると、ミュゼァが私の方目の前に立ったと思った瞬間に、周囲の景色がガラリと変わる。


 ミュゼァが着ているようなマントを着た、男女が私達の登場に目を丸くする。


 部屋には十人くらいの人が居て、手にしていた分厚い本をその場に落とす人もいた。


 ミュゼァは何事も無いように、「やっぱり瞬間移動は移動が楽でいいなぁ」と呟いていた。


「瞬間移動のが、早いだろうと思ったんだけど、体調大丈夫かな」


 心配そうに顔を覗きこんでくる。聞くよりも先に行動されてしまったけど、一番驚くとしたら、急に視界が動く事なんだけど。


 急な登場で皆からの視線が居たくて、私は他の人たちの視線から逃げるように、うつむいた。


「大丈夫、です」


 ザワザワと周囲に人が集まってくる声にはどこか期待に満ちているようなものの様な気がした。


「瞬間移動出勤の出現場所を、研究室にするなって何度言ったら分かるかな?」


 年のころは、五十歳くらいで、男の人は呆れて、私とミュゼァを見比べる。他の人たちは私たちの様子を伺っている様に見えた。


「魔法の訓練をするって昨日話したじゃないですか」


「確かに話していたけど、そうなるとこの方が聖女様という事かな」


 視線を上げると、男性は不思議そうに私の事を上から下まで観察をする。


「魔力量は、多そうだけど・・・??」


 不思議そうな表情に対して、ミュゼァは召喚された時の事を話出す。


「魔力の使い方を知らない世界に居たのに、彼女は何も訓練をしなくても結界を見たんだ。魔力量だけでなく、素質もある」


 ミュゼァはとても嬉しそうで、私は、見れただけで、自分の中にそんな不思議な力が宿っている感じが一つもしない。


「ミュゼァが他人に肩入れしているの初めてだな。聖女様、こいつがもし何かしたらミーク様に言いつけてください」


 男性はどこか楽し気で私は二人のやり取りを黙ってみていた。


「一応俺の方が上司なんだが」


「基本的に他人と距離を置いているお前がちゃんと誰かに物を教えられるのか」


「努力はする」


 前聖女の息子のミュゼァは正直私の事をどう思っているのかな。歳も近いから話しやすいけど、仕事の出来る人って感じがすごくする。


「おぉ。聖女様」


 遠くの方からミークが駆け寄って来た。


「これ、聖女様は見世物じゃないんだ、早く持ち場に帰りなさい」


「はーい」


「それじゃ、聖女様。もし何かあったら、必ずミーク様に相談するんだよ」


「ありがとうございます」


 ミークの号令で、私達を見ていた人たちは自分たちの持ち場に帰った。五十歳くらいの男性は帰るときに、もう一度ミュゼァが何かしでかすのではないかと心配しているみたいだった。


「俺は、そんなに人でなしじゃないんだけど」


 その反応に、ミュゼァだけが納得がいっていないみたいで、ミークはその呟きを耳にして驚いていた。


「何を言っておる。研究熱心のお前が本気を出したら、美麗様がどうなってしまう事か」


「流石に慣れない人間をいきなり連れまわしたりは」


「現に、連れてきておらぬか」


 成り行きを見守っていた私に、目くばせをするミーク。聖女として呼ばれたからには、やらなきゃいけないことが合って、到着早々に魔力を検査したのだってそれが理由だったんじゃないのかな。


「私は、大丈夫です。だって聖女として呼ばれたんです。役目を果たさないと国が大変なことになるんでしょう」


「何と、来て間もない国の事を心配してくれる聖女様。ワシは貴方様を命に代えてもお守りします」


皆私の事がきになるのか、持ち場に戻ってもチラチラと視線を向けてくる人もいる。


 いきなり膝魔づくミークに、ミュゼァは呆れていた。


「母さんにも同じことしてなかった?“一生貴方様についていきますって言われても、私年上過ぎるの、困るのよね”って言ってたけど?」


「美麗様の前で他の女の話をするなんて、お前」


「ミーク、何を言ってるんだ?医務室に連れて行こうか」


 ミュゼァが何処からか、縄を取り出し、顔を上げたミークはそれを見て、身震いした。


「あぁ、何と懐かしい仕打ち・・・」


 私は二人のやり取りをどこか遠くから見て居たくなった。


 刺激が強すぎる。


「ミーク悪いけど、美麗様が困惑しているからまた今度な」


 私が一歩後ずさりしたのに気が付いたミュゼァが咳払いする。


「すみません、美麗様」


 ミークも私の態度に気が付いたのか、背を小さく丸める。


 謝られても、一体私は何を見せられていたのか。


 気になって周囲に視線を向けても誰も私と視線を合わせてくれなかった。


 このやり取りって、二人にとってはいつもの事なの?!?


 前聖女様っていったい何なの?




***



 ミークが私の訓練を見たがっていたけど、ミュゼァが「お前が居ると美麗様の気が散る」という理由で却下されてしまった。


 召喚術で登場した部屋とは別の場所に通される。召喚された部屋にどこか似ている、何もない白い空間。


「何もないのは、無駄な物があると実験が上手く訓練も行かないことがある。必要があったら、その時に用意すれば問題ない」


「そう、ですね」


 訓練、練習。


 心臓がバクバクし来た。見えるだけ、かもしれない。魔力量が多いって言われても、水晶が光り輝いて全属性方位を網羅していると言われても、ピンとこない。


「むぐぅぅぅ」


 片手で私の両頬をつまむから、声がちゃんと出せない。


「どうした。召喚された時みたいな元気がないじゃないか」


 見抜かれていた。不安で胸が一杯になっているのを。


 ちゃんと聖女を出来なかったら、捨てられるんじゃないかっていう不安を。


「聖女が来て結界が安定して、聖龍も頑張ってくれている。教会も努力している。慌てなくても国が邪気に簡単に飲まれない」


「でも、私がちゃんと出来なかったら」


「聖女は、居るだけで国民の不安を無くす。存在しているだけで安心を与えられるなんてすごいと思わない。母さんがよく言っていた。聖女が誕生した。それだけで国民は不在の不安から解き放されている。大丈夫。国一番の魔導士の俺が傍にいる」


 涙が溢れてくる。能天気を演じるのが辛くて。


 不安が無いわけ、無いじゃない。


「うぅぅぅう」


「泣くな。タイムリミットが無いわけじゃない」


「慰めてるのか、どっちかにしてよ」


 顔がぐじゃぐじゃになっていると分かりながらも、私はここ数日で感じた不安を吐き出すために、感情のままに無理やり涙を止めようとはしなかった。


「いきなり異世界召喚させられるなんて、誰も考えて人生、生きてないわよ」


「悪い」


「力のある者の定めでちゃんと仕事しますだなんてかっこいいセリフ言ってみたかっただけなんだから。OL生活したかったのに」


「ごめん、元の世界に戻してあげられない代わりにこちらで、できる限りの要望は応えるつもりだ」


 駄々をこねる子供のように泣き出す私をミュゼァは優しく頭を撫でてくれた。


「今日は訓練辞めておくか」


 泣き止まない私に、ミュゼァは優しく問いかけてくれる。


「世界は待ってくれないんだから、それはちゃんとやりますよ」


「責任感だけは強いんだな」


「それだけが取り柄ですから」


 夢のOLになれなかったから、此処で頑張るんだもん。私にしかできない仕事だったら、やっぱりやらないと。


「そうか、分かった。魔力に関しては実践が一番分かりやすいから、目の前で見せるから真似してみてくれ」


 ミュゼァは、部屋の空間中央に行ったと思うと、体の周囲に白い風のようなものが纏わりついて、ミュゼァの髪や服の袖を揺らす。


「魔力を視化するとこうなる。流れを感知するには、こう」


 というと、その白い物が、私の周りをまとわりつく。


「何となく、感じるだろう?俺の力に合わせて、自分の魔力を放出してみるのが一番やりやすいと思うんだ」


 言われるままに、その風に乗るようなイメージで力を手のひらに凝縮させてみようと思うけど、何も出てこない。

 その間も私の体の周りにはミュゼァの魔力が浮遊している。


「真似しようとイメージしているんですけど、できません」


 確かに、視えるのに、感じることが出来ないだなんて。


「魔力は視えているよな?」


 ミュゼァは困ったように、眉間に眉を寄せている。放出する魔力を止め、私の方に近づいてくる。


私が一番知りたい。魔力量も多いと言われた。期待されているのに、応えられないかもしれない。


「私のいた世界には魔力なんてもの無かったからかな」


 良いわけだって分かってる。異世界召喚されて、自分が特別かもしれないって浮かれていた。


「そうか」


 ミュゼァはおもむろに私の手を握る。握られた手から、体に何か温かいものがフワフワとめぐり始める。


「これが魔力」


 先ほどまでのイメージとは違い、体の中に、何か違うものが巡るのを感じる。


「魔力?」


 私はミュゼァの顔を正面から見つめる。ミュゼァは握る手の力を更に籠める。


「美麗様は、多分聖女の力だから、俺のと違うと思うけど、これでイメージ付いたかな?」


「やってみる」


 繋がれた手に、魔力を送ってみようと努力してみる。ぎゅうっと力を入れて、自分の体の中の、奥底に眠る≪今までとは違う何か≫を出力するイメージで。


「焦らなくて大丈夫」


 ミュゼァの優しい言葉に励まされながら、その日は一日中特訓に付き合って貰った。







 一か月経っても私は魔法を使いこなすことが出来なかった。

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