第9話 聖女の力の報告書

 危機が迫っているから、異界の住人に協力を仰ぐようにとの、母親の遺言。魔法が息づく世界でも、能力に個体差があるし、極まれに、魔力を持たない者も生まれることがある。


 美麗が触った水晶玉は七色に光輝いた。歴代の聖女の魔力とももしかしたらどこか違うのかもしれない。


 オズワルドには隠し事が通じないから、見たままを正直に話すとしても、信じて貰えない可能性だって大いにあるんだよな。




「ミュゼァ、少し話盛り過ぎじゃない?」


 美麗を聖女が住む場所として与えられる宮に連れて行って、急いでオズワルドの居る執務室にやってきた。仕事が残っていると言うのは事実だったようで、資料の山に囲まれている。手伝ってはいても、聖女が不在で起きている問題が多い。召喚したことによって、少しは秩序が落ち着いたような気配を感じた。


「俺が嘘を言った場合、美麗様は立場が悪くなるし、嘘の報告をする必要はない」


「いや、全方位で、魔力量も桁違いとか」


 手にしていたペンを机に置き、頭を押さえている。


「水晶玉の後ろに竜が見えた。聖女美麗は聖龍に気に入られる可能性がある」


 母親は力が強すぎて気に居られなかったというか、怖がられたらしい。聖龍は数百年前に代替わりをしていて、まだ幼いと母さんは言っていた。


 オズワルドと、向かい合わせになって、聖女から教えて貰った情報と絡めて伝える。


「力を使いこなせない事には聖女の仕事は始まらない。子供の聖龍もいつまで持つか分からないから、美麗様には悪いけど、急いで訓練して、何なら聖龍に会わせる機会も設けようと思う」


「他国の聖女にも、危機が迫っていることくらいは伝えた方がいいのか」


「聖獣と仲がいい国ばかりでもないし、確か西の国には今、聖女は居なかったハズですよね」


 聖獣や地脈との相性、何が理由で本当に聖女になるかは分からない。それでも、一番身近で聖女を見てきた俺は、オズワルドよりは詳しい自信がある。


「ミュゼァ、お前はオレにまだ隠していることがあるのか」


「隠していることはありません。伝えるタイミングを見ているだけです。美麗様には嘘は吐かないつもりです」


 聖魔法を極めたら、きっと嘘までも見抜ける能力を見つけられる気がする。発せられる言葉に込められる悪意を肌で感じることが出来るように、なると母さんは言っていた。王から重要な話し合いの時に同席して欲しいとお願いされた時の反応が「嘘を見分けられるのがいいとは限らないのにね」と言われたのを覚えている。


「父上が良く、前聖女には甘い言葉が通じないと言っていたのは、聖女の能力なのか」


「そんなところです」


 課題が山積みで、一つでもピースを間違えてしまえば全てが崩れ落ちる可能性がある。世界の危機については母さんは詳しく予言を残していないから、他国の聖女に助けを求める必要があるかもしれない。


「そういえば、オズワルド、美麗様は思っていたより少女じゃなかった」


「突然なんだ」


「いや、年齢を聞かれて俺より二つ下だった」


 幼さが残る顔立ちだったけど、元の世界に対しての未練の無さなどは、年齢が上だからかな。


「良かったじゃないか、犯罪にならなくて」


「何を言ってるんです、オズワルド」


「そういう話じゃないのか」


「意味が分かりません」


 そういえば、聖女になったからには、正装を後で渡さないと。こちらの服も持っていないだろうから、後で手配をしないと。


「しばし、オズワルド側を離れることが多くなると思いますが、仕事サボらないでください」


「手伝ってもらわないと、終わらないんですけど」


「俺以外に手伝ってもらえる人を育てて居ないのが問題なんだ」


 オズワルドの悲鳴を背中で受け流しながら俺は執務室を出た。



 母さんが愛した王宮の薔薇の庭園は、国民の人々にも綺麗な庭を見て欲しいと言う一言で、時間制限はあるが、一般公開されている。後は、王宮魔導士が防犯の魔法をかけているため、悪さをしようとしている人たちは近づけない様になっているけど。


「ちょっと、待ちなさい」


 日が暮れて、入場制限がされているはずなのに、腰まで長いウェーブの髪の毛の黄色いドレスを着た女性がお供も連れずに、俺に近づいてきた。


「オリビア様、オズワルド様なら医務室に居ますよ」


「今日は貴方に話が合ってきたのよ」


 オズワルドの婚約者で、魔法が得意な女性。真っすぐな性格の為、よくオズワルドと喧嘩をしている場面を見かける。


 誰も居ない薔薇園に、こっそりと黙秘魔法をかける。どんな話をされたとしても、聞かれる危険性を考えたら、魔法をかけておくべき。


「警戒しなくても、大丈夫よ。今日来た聖女について知りたいだけよ。彼女は美人なの?」


「美人……オリビア様のが美しいですよ」


 俺の知る限り母さん以外で美人だと思ったのはオリビアが初めてだった。見た目に気を付けるだけじゃなく、無い面も尊敬でき、彼女が王妃になるのであれば俺は国を護っていこうと想えたから。


「オズワルドに聞いてもきっとはぐらかされるわ」


 俺は、聖女が国を離れない様に王と結婚させられることもあるのを思い出した。今回は異世界から来たのもあり、今後については、一度他の貴族なども集めて話し合う必要があるのを、オズワルドも気にしていた。


「私は、オズワルドを譲るつもりは無いわ。ずっと好きだったんだもの。辛い王妃教育も頑張れたのは、彼を愛しているからよ。もしそれを奪うような真似をされるなら、私は聖女であっても許さないわ」


「多分大丈夫じゃないですか」


 二人を見ていると、他に誰も間に入れないくらいに仲が良いのが分かる。あるとすれば、美麗が国から離れない様にするために、どうするかで、揉めるくらいかな。


「きっと、オリビア様も気に入りますよ」


 元居た世界に未練が無いと言っていたことが逆に不安にもなる。この国に居続けてくれる理由を見つけられずに、離れる可能性だってある。聖龍に早いうちに会わせてみる価値があるのかもしれない。


 母さんみたく怯えられることもないだろうから。


「ミュゼァ、珍しく女性の肩を持つのね」


「聖女教育は俺かミークがしていくことになるはずです。国の事も教えないといけないでしょう」


 数百年前に来た賢者の残した書物を見る限りだと、美麗の体形に合った聖女の衣装も早く手配しないといけないし、国の事を少しでも知ってもらう必要がある。


 元の世界に戻れないからこそ、身を護る意味も込めて、知ってもらいたい事が多い。


「そう、貴方がそれほどまでにいうなら、私も一肌脱ぎましょう」


「ありがとうございます」


「早速明日、お茶会にお招きしないとね」


「ちょっと、それはっ」


 俺が言い終わらないうちにオリビアは疾風のごとくその場を後にした。


「大丈夫かな、美麗」


 ララが警護をしているとはいっても、彼女一人では守り切れない場面が必ず出てくるはずだ。早いうちに他の警備も用意しないと。

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