第4話 いざ神殿に参る!!お風呂入ってます

 瞬間移動をした先は、よく物語で見かける神殿の前に降り立った。


 周囲は森で囲まれていて、神殿の他には何も見えなかった。ミュゼァを囲むように着地し、生まれて初めて王子様と手を繋いでいたなと思いながら、ふと空を見上げてみると、うっすらと薄い膜が張っているように見えた。


 私が空を見続け固まっていると、三人の視線を感じる。感心したような声音でミュゼァが私の顎をクイっと掴み、真っ直ぐ視線を合わせた。


 日本にいた頃、男の人と付き合った経験もない私からすると、こんなに近いとどうして良いかわからなくなる。


「結界が見えているのか」


「結界、ですか」


 動揺を悟られないように、私はミュゼァの後ろに立っていたオズワルドに視線を送った。オズワルドはどこか楽しそうに口元を押さえている。


「ミュゼァは、魔法が大好き過ぎるんだ」


「聖魔法だけでは見えない、ある一定の魔力量保持者でしか見えないように二重で結界を張っているのに、気がつくなんて、早く検査をしないと」


 鼻と鼻がくっつきそうなくらいに近い距離に顔があって、悲鳴をあげたいのに、上手く言葉が出てこない。


 私の動揺を察したのか、ミークが私の顎を掴んでいるミュゼァの手に触れる。


「聖女様を困らせるような真似をするなら、一旦ここか離れてくれるか」


 その言葉に、掴んでいた顎を離し、シュンとした雰囲気に、耳と尻尾が見える。どうしよう、最初は怖い人かなって思ったけど、意外に可愛い人なのかもしれない。


「驚かせるつもりはなかったんだ」


「大丈夫、です」


 私達のやり取りを生暖かい瞳でオズワルドが見ていて、ミークが私の手をとり、中に誘導し始める。


「ミュゼァのバカは置いておいて、ささ、中に入って身を清めてください」


「清める文化があるんですか?」


 私達の後ろを二人が着いてくる。 


「以前、異界にいた頃の前世の記憶を持っていた賢者様が、温泉というものが好きだったらしく、神殿にお風呂を増築させまして」


 苦笑いをしているミークの姿に、温泉文化の素晴らしさが分からないなら、後で教えてあげないとと、心に決めた。慣れ親しんだ文化に触れることができるのが嬉しかった。


 ミークが、入り口を少し入ったところで足を止めると、神殿全体に聞こえるくらいの大きな声を上げる。


「ララ、ララはいるか」


「はい、ここに」

 少し幼さの残る高い女の子の声が聞こえると同時に、ミークの足元に一人のメイド服姿の少女が姿を現した。


 赤く長い髪を頭の上の方で一つ縛りをしている彼女が、私の方を振り返る。


 燃えそうなくらい深い赤い瞳に、吸い込まれそうになった。


「神殿に行く前に身を清めさせてくれるか」


「かしこまりました」

 

一礼し、少女は私の手を引いて歩き出す。連れゆかれる私を三人の男達は手を振っていた。





 連れて行かれた場所は広く、厳かな雰囲気の漂うお風呂場。プールくらいはある大きさだろうか。中央にある龍のモニュメントは、噴水になっていて口から水が出ていた。


「聖女様、僭越せんえつながらわたくし“ララ”と申します。ミーク様よりお世話を頼まれましたので、お手伝いさせていただきます」


 丁寧に一例をしじっと私の顔を見つめる少女は、私よりも少し年下だろうか。


 赤い瞳はよく見るとクリっと大きいけど、瞳には感情が見えなかった。


「脱いでください」


 お風呂に連れて来られたから、そうなるとは思っていたけど、私は無い胸を隠すように胸元を抑えた。


「一人で入れます」


 人に裸を見られるのは恥ずかしい。スタイルがいい訳じゃ無いし。脱衣所を通り越してお風呂場に来てしまっているから、賢者とかいう人は設計をちゃんとしてなかったのかな。


「わたくしの仕事です」


 隠そうとする私の服を引っ張り始めるララ。


「痛いようにはしませんし、万が一聖女では無い方が、召喚の儀に迷い込んでいて、逃げるような真似をされてからでは、わたくしの面目が潰れます」


 サラっと本音が零れている気がするのを聞き流す。聖女じゃない人が迷い込むこともやっぱりあるのか。神殿に張られている結界が見えたからきっと何かしらの力を持っていると思いたい。


「逃げませんから、一人で入らせてください」


 日本で生まれた私が、誰かにお風呂に入れてもらうなんて慣れていない。


 ララは不満そうに口を尖らせた。


「分かりました。何かあればすぐに駆けつけます」


 何とか引いてくれたララ。私は、こんなに広いお風呂に入ったことがなかったので、落ち着かない気持ちで来ていたスーツを脱ぎ始めると、胸元に、見慣れない紋様が浮かび上がっている。一匹の龍が円を描くように丸い姿をしている。


「何、これ」


 刺青などは入れていなかった。


「どうか、されましたか」


 騒いだつもりは無いのに、ララが覗いてくる。私は慌てて隠そうとするけど、目敏くララが、私の手を止める。


 私、裸なんですけど?


 強く掴まれていないはずなのに、掴まれている手を離そうとしても、微動だにしない。


 隠そうとしていた入れ墨に視線を向けると、手を離し、その場に膝を立てて頭を下げる。


「聖女様、何なりとお申し付け下さい」


「じゃぁまず、お風呂に入ってきます」


「聖女様を一人で入らせられません」


 龍の文様を見て直ぐ、ララの私に対する雰囲気が変わり、もう一度お風呂場から出て行ってもらいたいのに、今度はお風呂を入れると押し切られてしまった。

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