ヒーリング・ピアノガール 〜シオン、異世界へ行く〜

しぎ

転校生と異世界へ

「ねえ! ……海野さん、だよね?」


 登校してきてランドセルを机に置いたわたしに、そう言って話しかけてきたのは、鮮やかな茶髪。くりくりの瞳。


 ――転校して来て一週間で、すっかりクラスのみんなから注目の的になった、森山もりやま みどりちゃんだ。


「うん、そうだけど……」

 どうしたのだろう。なんで朝一番に、わたしにピンポイントで。


「あたし、海野さんのピアノ、また聞きたいなー」

 え?


「またって……?」

「ほら、昨日の音楽の時間! 海野さんの伴奏、とても良かった! あたし、あんなの聴いたの初めて!」


 森山さんは両手で握りこぶしを作ってワクワク、といった顔をする。

 ……クラスの子からこんな風に褒められたの、わたしも初めてだ。


 わたし――海野うみの 詩音しおんの、唯一、人に胸を張って言える自慢であるピアノ。

 小学校に入ったときから、5年生になった今までずっと続けてきた。

 でも、成績が良いわけでも、運動ができるわけでもなく、特段外見が良いわけでもない、学校でも目立つことのないわたしのピアノを、気にかけてくれる人は少ない。


 合唱とかする時、伴奏を弾いてくれる人……わたしのイメージなんて、きっとみんなそんなものだ。

 だから。


「もう一回、聴かせてよ! いつもどこで練習してるの?」

「今は、合唱コンクールの練習もあるから、音楽室で……」

「じゃあ、今日の放課後、行っていい?」


 森山さんのキラキラした声は、すごく新鮮で。

 周りの子たちの視線が少し恥ずかしかったけど、それも気にならなかった。



 ***



 放課後、音楽室。

 部屋の真ん中に、一番目立つように置かれた、真っ黒いグランドピアノ。

 力を込めれば強い音色を、優しく弾けば優しい音を出してくれる。


 家の電子ピアノとは、やっぱり弾き心地が全然違う。



「やっぱり素敵! こんな音色、初めて……」


 気がつくと、入り口に森山さんが立っていた。

 ドアが開く音はしなかったと思うのだけど、いつの間に……


「その……ありがとう」

「ううん、あたしこそありがとう! 海野さんは、あたしたちの……」


 森山さんはそう言いながら駆け寄ってきた。

 わたしより一回り背が高く、スタイルも良い。顔もずっと良い。

 きっとすぐさまクラスの中心になって、女の子たちに囲まれるんだろう。


 そんな子が本当に、どうしてわたしなんかをそんな……


「……いいや、これは後で……ねえ海野さん、もう一回弾いてくれない?」

 森山さんは左手をピアノの端に乗せて、譜面台越しにわたしを見つめてくる。


「うん……良いよ」

 普段伴奏を弾いたり、ピアノの先生に聴いてもらうときはそんなに緊張しないのに。

 ……なぜか今、とってもドキドキしている。


 

 そっと両手を鍵盤の上に置く。

 静かに手を滑らせて、一音一音奏でていく。


 ……ピアノを弾いてる時間は、きっとわたしが唯一、自分の世界にいられる時間だと思う。



 ***


 

 顔を上げて楽譜をチラ見する。その向こうに、森山さんの顔が……


「……我らと縁をつなぎ、空間をつなぎ、我らに故郷を帰らせん……」

 


 ……え? 森山さん、小声で何つぶやいてるの……?

 それにいつの間にか右手になんか持ってる。

 何あれ? 占い師が持ってるガラス玉みたいな……?


 ……その時、床が光った。

 ピアノを中心に、円形の何やら不思議な模様が床に浮かび上がる。

 

「何? 何!」

 思わず声がわたしの口をついて出る。

 でも、森山さんはむしろ、わたしに向かってほんのちょっと笑う。

 

 視界を包む緑の光。

 よく見たら、その光は森山さんの全身から出ているような……?


 

 ピアノと二人を包むように光が覆う。

 わたしは逃げる暇もなく……



 …………



 ……えっ?


「……何……?」


 なんで。わたしは、音楽室でピアノを弾いてたはずなのに。

 いや、わたしの髪と同じように黒いグランドピアノは、変わらず目の前にある。

 森山さんもいる。


 

 でも、それ以外は全部違う。


 音楽室の白い壁も、そこに掛かった昔の音楽家の顔も、白い布をかけられたドラムセットも無くなっていて。


 その代わりに、林が見えた。

 左を向くと、生い茂る木々。右を向くと、広場になっている。その向こうに、家が数軒。

 床も、木の板の模様から、石造りになっていた。

 

「どこ……?」


 わたしたちは、まるで屋外ステージのような場所にいた。



「……ごめんね、海野さん。勝手に巻き込んで」


 森山さんの、優しい声。

 その声には、わたしのような焦りとか、驚きとかは、全く無い。


「森山さん……?」


 わたしが立ち上がって、森山さんに一歩近づいたその時。



「グリーンちゃん! お帰り!」

 きれいな金髪の、背の高い女性が、こちらへ向かって駆け寄ってきた。


「メイさん! ただいまです! おつとめ、果たしてきました!」

 森山さんはその女性に向かって、満面の笑みを見せる。


「じゃあ、もしかしてその子が……?」

「はい、『救護の子』です」


 森山さんはわたしを指し示す。


「なるほど……」

「可愛らしい子だ……」

「本当にこの子が……?」


 いつの間にか、他にもたくさんの人がわたしたちの方へ寄ってきている。

 男の人も女の人も、子供も大人も年寄りの人も関係なくやってきて、その視線をわたしに向ける。


「あの……?」

 何? 何?


 性別の年齢も見た目は様々だけど、みんな格好良い、可愛い人ばかりだ。

 農作業の道具を抱えた人、子供を連れた人、荷物を運んでた人……中には泥だらけになってる人もいる。


「ねえ、森山さん……?」

「うん、説明しないとね。えっと……とりあえず、長老のところ行こうか」


 そう言うと、森山さんはわたしの手を引っ張って歩き始めた。


 上履きで感じる土の地面の感触は、踏んだこと無いさわり心地がした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る