第10話 点き始める戦火

10時30分。


 ジョンと承は徒歩で六本木に向かっていた。ジョンの手にはM16が握られ、承の指では指輪が輝いている。


「ジョンさん」感情の見えぬ、冷えた声で承が問う。


「なんだ」


「車は使わないのか?」


「は?」


「人のいない今なら、車を使えば6分で着くと思うが」


「な~に言ってんだ」ジョンが明るく言う。「逆だ。人がいねえからだよ。こんな静かな時に車を使ったら、すぐバレるだろうが」


「ハイブリッド車を探せばいいじゃないか」


「その手も考えた」


「ならどうして徒歩にした?」


「近くに敵が潜んでっかもしれねえんだぞ」ジョンが肩をすくめて言う。「やっぱお前戦闘の初心者じゃねえか」


「そんな事は無い」承がより冷ややかに言った。「僕だって何度も戦いを経験している。負けた事なんて一つも無かった」


「そりゃお相手が『分身使い』だからだろ?」ジョンが軽く言う。「この大会に出てる参加者のうち、お前以外に『分身使い』はいない。だから確実に生き残れる方法を取らなきゃいけねえ。『勝つ方法』よりも『負けない方法』を。戦闘の基本だ」


「成程ね」承はそよ風のような声で答えた。




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「さあ来いよつええヤツ!」


 道着の男が大声をあげて空中を飛んでいた。髪はいわゆるツンツンヘアー、道着の後ろには『張』の一文字。


 その男が飛ぶ姿は、もはや弾丸だった。どんな鳥も、その速度には追い付けそうもない。


「……しっかし、こうも速く飛びすぎると見つけにきぃな……」


 討竜は敵を探していた。当然、自分の強さを見せつける為である。しかし、敵は一向に見つからない。


「ぃよっと」


 討竜はすぐ近くにあったビルに腰かけた。


「それにしても腹減るぜ……何か食いもん無えかなぁ……」


「それはあなただと思うです」


 不意に、人を小馬鹿にしたような癖の強い声が聞こえた。


何者なにもんだ?最初っからそんな事が言えるなんざ、良い度胸してんじゃねえか」


「確かにそうでしょう」癖の強い声は続ける。「しかしホントの事です。、あなたは食い物です。そして


「……何言ってんだお前?」


「その説明を今からするつもりです。けどその前に、やりたい事があるです」




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「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」


 奇抜な髪型の老爺が息を切らして走っていた。


「まずは、とりあえず、逃げるのみ……!」


 老爺は逃げ回っていた。しかし、追って来る者は誰もいない。


「とりあえず、人目につかん、所まで……!アイツらに、真っ正面から向かっても、無意味じゃ……!」


 老爺は逃げ回っていた。しかし、その顔に怯えは映っていなかった。


 むしろその顔は悪人の笑みを浮かべていた。




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 10時30分。


 進護はベンチに座っていた。


 場所は、芝浦ふ頭公園。右手にお台場海浜公園が見えていた。


「シルバーは、海を見た事があるのか?」


 進護は内に秘めた人格に問う。


『有ると言えば有る。だが』グレート・シルバーが言った。『こんな風に、側で間近に見た事は無い』


「シルバーの星にも海はあるのか?」


『いや、無いな』シルバーが答える。落ち着いた丁寧な声は、しかし進護以外には聞こえない。『あるのはただ、精神波とその結晶だけだ』


「そんな星が有るとはな……」進護は感嘆の溜息を漏らした。




 不意に、光の剣が進護の前のタイルに突き刺さった。


「こっ……」


 進護がベンチを離れぬうちに、後方から飛んできた剣がベンチを囲むように突き刺さる。


「なっ、何だ……」


「驚かせてすまない」


 女の声。落ち着きのある澄んだ声が、開けた空間に響き渡った。


「私はブリタニアの王、アーサー・ペンドラゴン。故有ってこの時代に召喚された、聖剣の契約者だ」


 やがて女は姿を現した。


 金髪をポニーテールに束ねた、15、6歳ぐらいに見える乙女だった。鎧が乙女を包み、声とたがわぬ凛々しさを露わにしていた。だが、金髪のポニーテールと幼さの残る顔立ちから、凛々しさに負けぬ可憐さも滲み出ていた。


 進護は、本当にこの乙女が「王」なのか、と思った。


 否。控室でマニュアルを見ている時から既に思っていた。


「闇討ちなど卑怯な真似は出来ぬ故、こんな事をしたのだが……もし不満ならば謝っておこう」


「そうだな……まずお前は本当に王なのか?」


「こんな身なりだが、これでも王だ。別に『女王』と呼んで貰っても構わないが、今の時代は性別で区別する事をあまり良しとしないからな」


「そうか……ならば次だ」進護は落ち着きをどうにか保ち、次の声を放つ。「こんな真似をするという事は、僕に戦いを挑む、という事で間違いないか?」


「如何にも」凛々しき金の女騎士王は言う。「この『武闘大会』に呼ばれているという事は、お前も何か能力を持っている筈だ。そうだろう、シンゴ・タマキ」


「フッ」進護は息をついた。そして内なるもう一人の人格に言う。「シルバー、いけるか?」


『今やったらまずいと思うが……一応人間サイズで変身も出来るが』


「ああそっちで良いよ、このお嬢さんも卑怯な真似は嫌だって言ってたし、ここは相手に合わせよう」


『分かった。まあ私としては巨大な体躯を利用して一撃必殺を狙いたかったんだがな』


「お前はまだまだ地球人の事が分かってないな」


『勝手に言ってろ』


「あ、その……」身構えていた乙女が呆然として言う。「お前……一体誰と話しているんだ?」


「そうかよ」そう言ってシルバーとの話を終えた進護が、アーサーの方を向く。そして言った。




「僕の体を借りる、正義の宇宙人だよ」




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「ここが六本木ロッポンギヒルズか……」


 10時50分。


 ジョンと承は六本木ヒルズに着いた。


「ジョンさん、六本木ヒルズにも行った事がないのか」


「ああ、軍務が忙しすぎてな……」


「そんなにも軍人は忙しいのか」


「一度は辞めたくなるくらいにな……」ジョンは息を軽く吐いてから、聳え立つタワーを見上げた。「それにしてもこの大きさ、太さ……あまりテレビで見ない分、スカイツリーよりもインパクトが凄いぜ。スカイツリーは高いが、何しろ細いしな」


「で、これからどうする?」関心無さげに承が問う。


「決まってんだろ」ジョンが感嘆の息交じりの声で言う。「この中に入って拠点の部屋を探すんだよ」


「だろうな」承が淡々と言う。「それより、ジョンさんは『このタワーの名前』が六本木ヒルズだと思ってないか?」


「そうだが?」


 それを聞くと、今度は承が溜息をついた。


「やっぱりな。六本木ヒルズは『タワーの名前』じゃなくて『タワーを含めた商業施設エリアの名前』だよ。このタワーの名前は『森タワー』って言うんだ」




 六本木ヒルズ・森タワー内部。


 ブランド物の多いファッション店の森を、二人はエスカレーターでのぼっていた。


「で、どこに拠点を置きたい?」ジョンが承に問う。


「オフィスフロアの最上階」承が真剣な顔で言う。


「それはダメだ」


「なぜだ」承は不満を顔に表した。「高ければ高いほど守りを固くできる」


「あまり高すぎると逃げたくても時間がかかるんだぜ。それにもし、飛行能力を持つ敵とかデカブツとかが攻めて来たら、こっちはタワーごと吹っ飛ばされるだろうな。それに、俺達は守りに徹する為に来たんじゃないだろ?」


「じゃあどこがいい」


「確か商業階は六階までって聞いたから……」ジョンは少し考えた後、承に向かって言った。「承、六階の喫煙室に……」


「いや、オフィスフロアの最上階で合ってるです」


「だから違うって言ってるだろ承……」


「僕は何も言ってないぞ」


「へ?」


「聞き覚えのある声だと思わないんですか?」


 その言葉の後、ジョンの左肩に軽い衝撃が走った。


「だっ……」


 ジョンは左を見た。


 エスカレーターの手すりの上に影。彼もまた、ここを拠点にしようと上っていたのだろうか。その影は、ネコの特徴を持っていた。


「お前は……ネコポンか?」


「やっとまた会えたですね~!」癖の強い声が周りに響く。


「ちょっそんな大声はやめろ!周りに気づかれたらどうする!」ジョンが小声でたしなめる。


「ごめんです、嬉しくなっちゃってつい……」ネコポンが赤面する。


「あと、なんでオフィスの最上階が良いって言ってんだ」


「強い人を警戒しすぎて弱い人にやられる、ってのはよくある話です」


「ふざけてる場合か!」


「違うです!」ネコポンが焦った。「オフィスに逃げていたほうが、ふつうのサイズの人たちが入りにくいのでオフィスのほうがいい、ってことです!」


「でも破壊力で解決する奴に見つかったら?」


「ざんねんですが、先にに見つかっちゃいました」


「「えっ」」


「ほら、うしろ」


 ネコポンに諭されて後ろを見た二人の目には。


 果たして、敵が映っていた。


 腕にブレード、背にははね


 その姿は、


「ホントは同じヒーローを傷つけたくないんだけどね!」澄んだテノールの声が響く。「これも僕の世界の人々のためなんだ、倒れてくれ!」


「なっ」「うわあっ」二人は脱落を覚悟した。


 クワガタ男のブレードが、ジョンと承の胴を貫く――。




 ――事は無かった。


 ブレードはエスカレーターの段差の隙間に突き刺さっていた。


「えっ……?」


「ね、やっぱりふつうサイズにも気を付けないと」


 ネコポンが言った。腕を伸ばした状態で。その手には、手のひらサイズの盾のようなブローチが収まっていた。


「未来道具『フリーサイズシールド』」


 そして『盾』を腕の中にしまい、代わりに腕の中からバズーカ砲を取り出した。


「そしてこっちが、『マインドバズーカ』です」


 バズーカ砲からエネルギー弾が放たれる。


 その光弾は見事に、クワガタ人間の胸部に当たった。


「ぐわあっ!?」


 クワガタ人間が抜こうとしていたブレードが綺麗に抜けた。同時にクワガタ人間の体も、後方に吹き飛んだ。


「さあ、今のうちです!逃げて!」


「お前……協力してくれるのか?」


「もちろんです。あの部屋で会った仲じゃないですか」


「だからか。だけど、これはチーム戦じゃないからな」


「そうだな。だがこれでお前を信用する理由が出来た、って訳か、ネコポン」


「ありがとうです!」


 二人が上へと足を速めた。


「さて、クワガタ人間さん……」二人を見送ったネコポンが動かないエスカレーターを降りる。「ここで諦めてくれたら、助けてあげましょう」


「ハッ!」クワガタ人間が口を開く。「僕をヴィランだとでも思ってるようだが、君もなかなかヴィランっぽいじゃないか、性悪しょうわるキャットボーイ」


 言い終わるや否や、クワガタ男は構えた。「こんなところで諦められる訳ないだろ」


 クワガタ男が突進する。


 その黒い影は隼もかくやという速さで宙を横に滑り、ネコポンの眼前で。


「はぁ……。やっぱりかなぁ。でも殺したくないし」


 黒い影が、煙より速く消えた。


 何事も無かったかのように、その場から殺気が消えた。


「やれやれ。少し手間取ったけど、まずは一般の軍人からだよね」




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「『聖剣よ、円卓の誓いの下に、正義の光を解き放て。次元の扉を開き、剣の光を以て悪を制せよ』エクス・ディメンションカリバー!!」


 女騎士の声と共に、光の剣が複数現れた。剣が、銀色に覆われた戦士めがけて飛ぶ。


「くッ……」


 銀色の戦士が腕を伸ばす。


 その瞬間、光の壁が現れた。剣がことごとく弾かれる。


「今度はこちらの番だ」


 そう言うと、銀色の戦士は左腰で腕を交差させる。間髪を入れず、左腕を前へ突き出した。


 一秒も待たず、左腕の先から光線がはしる。


 女騎士がしなやかに後ろへ跳ぶ。刹那の後、女騎士のいた場所に光線が差し込む。


 煙を上げながら、穴の開いた焦土が出来ていく。


 跳躍、焦熱。跳躍、焦熱。


 焦土が点々と増えていく。


「……遠距離ではやられぬ、という事か」


 そう悟ると、銀色の戦士が前方に跳躍する。


「これ故、巨大化状態で一撃必殺を狙いたかったのだ……っ!」




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「ハァ、ハァ、ハァ……」


 六本木ヒルズ・森タワー48階。


 エスカレーターが6階までしか続いていなかった事に気づいて階段に切り替え、階段を登り切ったジョンが、その近くに倒れていた。息は既に荒く、次の襲撃に間に合うかどうか、彼にも分からなかった。


「お、お前、疲れてねえのか、承……」


 ジョンが自分の右を見て言った。そこには承の姿があった。どういう訳か息も上がっておらず、直立して進行方向を見ていた。


「どうやら、これくらい平気だってんだろうが……こんなに長く、しかも速く、エスカレーターを駆け上がって、なんでお前、平気なんだよ、ハァ」


 承は次の方向を向いたままだった。


「ま、そんな事どうでもいいよな。ハァ、俺の、息が、戻ったら、すぐ、行こうぜ」


「……」


 承は終始無言だった。




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「フゥ、フゥ」


 森タワー8階。


「何とか、いたみたい……だな……」


 承が壁にもたれかかった状態で言う。


 追っ手はこれ以上来ていない。ネコポンが倒したのか、勝ち目が無いと見たクワガタ男が逃げたのか、或いは別の襲撃者がいたのか。


「だが、これで拠点探しに集中できるな、ジョンさ……」


 承が右を見た。


 ジョンはそこにいない。


「……なっ」


 承は周りを見渡した。


 姿


「待て……ウソ……だろ……?」


 ジョンの姿が見えない。先程まで、ジョンは承と一緒に走っていた筈だ。だが、いくら見渡しても近くにジョンの姿は無かった。


「まさか」


 考えられる可能性は2つ。ジョンに裏切られたか、ジョン以外の誰かの罠か。


 だが、ジョンは先刻、『オフィスフロアの最上階』と言った。ここは『オフィスフロアの一番下』


だ。


 となると、置いて行かれたのか。


 ジョンの行動の確認の為、承は固有ウィンドウを開いた。

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