Act.1 花嫁救出・1
漆黒の宇宙空間と、青く輝く空の境界。
2隻の宇宙艦が、成層圏を抜けて惑星スピノザの気象圏へ降下する。
先行するのは、四つん這いになった
その後から見守るようにゆっくりと降下している宇宙艦が、
先行する小型宇宙船のほぼ倍の大きさのアモンは全長225メートル、
「動力システムの大気圏航行モードへの変更完了、外部環境データをリンク。電波索探警戒システム起動、火器管制を大気圏モードに移行、艦内環境のキャリブレーション実行中。大気圏内航行への変更シークエンスを終了、現時点において
そのアモンの
「スピノザ航空管制からの指定航路を確認。現状の降下速度を維持」
「管制監理ラジオ通信帯域に、アルケラオス宙航管制通信を受信。電離層下中央管制通信域の指示を受信。通信域を確保します。通信プロトコルをダウンロード、リンクして開放します。ローカル・コミュニケーション用の専用使用帯域を申請、許可エリア確認、許諾、確保します」
「良い子ね、ベアトリーチェ。いつもの通り、猥談専用に使えそうな帯域を設定して頂戴」
そつのない
ベアトリーチェの左後ろ、
「ネルガレーテ、
「勿論よ。何処かのペロリンガ人のお上品な会話が当局に筒抜けになったら、グリフィンウッドマックの評判がまた落ちるもの」
「待て待て待て」声を上げたのは、見た目にもハンサムな、
「ジィク、あんた、それ本気で言ってる?」ネルガレーテが、キュラソ人独得の尖った耳をぴくぴくさせた。「あんたって不埒な下半身を、脳みそが押さえられないでしょうに」
「何を言う、ネルガレーテ」ジィクが、何故か当然と言わんばかりに言い切った。「脳みそも下半身も、常に真摯だぞ」
「若く麗しいご婦人方に、でしょ」
「違う。優しくて献身的で、誰かみたいに毒舌をはかない、若く麗しいご婦人方に、だ」
「あら、ベアトリーチェ、あんたのことを言われてるわよ」
「はい、ネルガレーテ」振られたベアトリーチェは、一向に意に介さない。「
「よかったわね、ジィク」
ホッピング・プログラムは、周波数を頻繁に自動変更することで、通信に対する妨害や傍受を忌避し秘匿性を確保するための接続方式だ。
外から国家惑星に進入した場合、一般的には国家からは通信管制下に入ることを強要される。どの惑星においても周波数資源は有限なので、電離層下での勝手な電波発信が制限されるのだ。
中央管制通信は、外来者が公共サービスとコミュニケーションを取る場合や国内フライトにおける管制を受けるための通信で、いわばその国の行政機関からの指示を受け取るための通信回路だ。一方ローカル・コミュニケーションの専用使用帯は、この場合グリフィンウッドマックの
ところがこの2つは、政府内の通信管制システムですべて常時傍聴されている。つまり通信の内容が、政府側に筒抜け状態なのだ。
「──けど、この前の太陽系国家ウルの
「良いじゃねぇか」ジィクが少しばかり不貞腐れたように返した。「ちゃんとデイトの約束は取り付けたんだ。大成功だろうが」
「あんただけなの、良い目したのは」
「嘘つけ。特産の特上
「何を言うの、全く舌の貧しいペロリンガね」しかしネルガレーテは、かちんと来るどころか
毒舌を浴びせあう2人をよそに、ベアトリーチェが黙々と仕事をこなす。
「08-08の方向から接近する
「──あら、何て手回しの良い」真顔に戻ったネルガレーテが、隣の空席になっているシートを横目に見ながら言った。「んじゃ、ラ・ボエムに回線を繋いで頂戴」
アモンの
その代わり
最前列の左舷側が
床面は
空になっている
「ユーマ、聞いてくれた?」
ネルガレーテの呼び掛けに、ラ・ボエムのキャプテン・シートに座っている、鈍色の肌をしたジャミラ人が顔を上げ深緑色の眼を向けてきた。
「──お迎えが来たって?」
ジャミラ人は白目と呼ばれる強膜が角膜と同色なので瞳が無いように見え、頭頂部の皮膚が堅く角質化していて頭髪も無い。
「こっちの電波索探システムの分解能じゃあ、ヒットしないのよ」
大きな両肩を、ユーマは軽く
「ラ・ボエムの航法関係の艤装は、ナイト・オペラ社って聞いたけど、意外とお粗末ね」
ネルガレーテは左下に
「大気圏航行への移行手順もややこしらしいのよ。アディがずっとぶつくさ言ってるわ」
ユーマが自分の右に座る
「仕方ないだろ・・・!」
ユーマが向く先、
「このマニュアル・ガイダンス、聞いてもさっぱり要領を得ないんだぞ。お前たちも一度使ってみろって」
「相変わらずマニュアルに弱いやつだな。テキトーな勘でいじり倒すから解らなくなるんだろ」
ジィクの言い草は、明らかに挑発を含んだ嘲笑に近い。
「うるせー。手当たり次第なナンパをするお前には言われたくないぞ」
もちろんアディだって、さらりと聞き流せるほど老獪ではない。
「誰が手当たり次第だ。
「裏打ちするその数多の経験の後始末しているのは、誰だと思っているのよ、エロ・ペロリンガ」追い討ちを掛けるように、ユーマが辛辣な言葉を浴びせる。「この前だって、あんたに捨てられた、って押し掛けて来たバド人の女をあしらう相手をさせられたのよ」
「あれは向こうが勝手に思い込みすぎただけだ」
「ならもっと、別れ際の綺麗そうな女を選びなさいよ、その
「ほら見ろ。矢ッ張り手当たり次第じゃないかよ、ジィク」
そらそら、とばかりに、スクリーンの中のアディが指を差す。向こうのモニター画面には、アモンの
「──あの、ネルガレーテ」
ベアトリーチェが、態々シートの陰から顔を覗かせて、ネルガレーテを振り返る。
アディ、ユーマ、ジィクの3人の詰り争いはいつものことだ。ネルガレーテにしてみれば、煩わしいだけで放置しておきたいのだが、つい下手に口を挟んでしまい、いつの間にやら巻き込まれて、知らないうちに自分も詰り合いの渦に加わってしまっている事がしょっちゅうなのだ。
「現在の通話は、アルケラオス当局から認可されたローカル・コミュニケーション専用の帯域を使っています」
よく気が付くベアトリーチェだが、彼女は生物学的
機艦アモンを統括監理制御しているエグゼクティブ・オペレーティング・システムとのインターフェイス・デバイスで、システムの動き回るアバターとも言える。もちろんベアトリーチェ自体は非生命体で、解剖学的な心臓や胃などの内臓器官や生物的脳髄組織を有している訳ではないが、
「あちゃあ・・・しまった・・・!」
ベアトリーチェの言葉を聞いて、ネルガレーが思わず
「これでまた、お馬鹿で軟派な問題児の集団って、噂が尾鰭を付けるじゃないの・・・!」
「待て、ネルガレーテ・・・!」険阻な表情で、スクリーンの中のアディが叫ぶ。「馬鹿は認めるが、軟派な問題児は俺のせいじゃない。この
「待て、アディ」受けるジィクが、山吹色の目を見開いた。「問題児を軟派に押し付けるな。馬鹿だから問題児なんだろうが」
「ほら見なさい。ジィク、あんただって、自分で軟派な問題児って認めてるじゃないの」
「違うぞ、ユーマ! 問題なのは馬鹿であってだな、軟派な事じゃないって──」
「もう良いわ、ベアトリーチェ──」
延々と続きそうな不毛な
「それより上がってきた空軍機に連絡を入れて。会合ポイントを設定したら、ローズブァド城までのラ・ボエムの
それと馬鹿な会話はミュートして、とネルガレーテは煩わしそうに手を振った。すぐさまベアトリーチェから、
「──こちらダンジガー基地航空団所属、ゲンブ・リーダー。ようこそ、我がアルケラオスへ」
アモンの
「
思いっ切り改まった、ネルガレーテの余所行きの声音に、ジィクがクククと笑いを噛み殺す。パイロットからの応信を聞きながら、ネルガレーテがぎろりと睨んだ。
「長旅ご苦労様です。目的地はローズブァド城と聞いています。後は我々もそこまで
惑星国家が、国内軍を保持しているのは珍しい。
なぜなら惑星上はすべて自国内であり、不審な航空機材が飛行していたとしても、それは他国からの領空侵犯ではなく、航空法に違反する行為となり、司直が管轄する範疇の出来事に過ぎない。いきなり
なので惑星上すなわち国内での実力行使組織は、すべて治安維持を目的とした組織しかありえない。惑星国家、太陽系国家において他国家とは、宇宙に存在することになり、他国からの侵略に対する国土防衛機能とは必然的に宇宙軍に集約され、国内事変に対しては飽く迄も治安維持を目的とした、軍ではない司法組織や警察機構などの行政組織が担うことになるからだ。
アルケラオスが軍隊に準ずる国内航空兵力をいまだ保持しているのは、立憲君主制の政治システムと共に、過去の建国の歴史において内戦を経験した証左であり残滓だからだ。
「そりゃご親切に。んじゃ、ラ・ボエムをお願いしても良いかしら?」
「お任せください。そのために上がってきた我々ですから」
「──やんちゃ坊主と、首無しジャミラ、聞こえた? 後は
「ネルガレーテまで、そう言う?」
思わず気色ばんだ、ユーマの声が返ってくる。
「だったらユーマくらいは、これ以上
「けど、クライアントの前で
「見えないところで口を付けるくらいは、気を遣ってるわよ」
「あんたって、見た目と行動にギャップありすぎるから引かれる、って分かってる?」
「魅かれる、の間違いでしょ?」
「うははは、この
傍で聞いていたジィクが、茶化すように雑ぜ返す。
「黙れ、
さすがのネルガレーテも柳眉を逆立て、目を三角にして声を荒げた。
「ネルガレーテ」
不意にベアトリーチェが声を上げた。
「新たな
「──画像解析は?」
さすがにネルガレーテも、
「コパスカー・ミリタリー社の大気圏戦闘機テロチルスと識別しました。
「またお粗末な機材ね。
「機首の固定レーザー砲と、翼下ステーションに空対空
「んじゃ、余裕じゃないの。ベアトリーチェ、こっちも迎撃態勢を取って、ラ・ボエムには予定通り降下を続行するように伝えて」
「ゲンブ・リーダーより
「あ、ちょっと待って、ゲンブ・リーダー・・・!」
「回線切れました。通信管制に入ってます」
「もう、せっかちな兵隊さんね!」ぶぅと頬を膨らませるネルガレーテが、横のペロリンガ人に振り向いた。「──ジィク・・・!」
「
そう言うが早いか、ジィクは
★Act.1 花嫁救出・1/次Act.1 花嫁救出・2
written by サザン
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