第11話 ギルド長ザンテの公開自白ショー

 ――レンティ視点にて記す。


 レンティ達が街に戻ってきたのは、月が空高くに顔を出した頃。

 予定では夕飯前には戻れるはずだったが、随分と遅くなってしまった。


 ギルドに入ると、そこにはやはり多数の冒険者がいた。

 大半が彼女と同じく依頼帰りで、併設されている酒場も随分と賑やかで騒々しい。


 そのうち何割かレンティ達に気づいたようだが、皆、目を合わせようともしない。

 そんな中で、黒髪の少女が軽く手を振って駆け寄ってくる。


「おかえりなさい、レンティさん!」

「……ハナコ!?」


 宿で待つよう言っておいたはずの、ヨシダ・ハナコだ。


「何でこんなところにいるんだ、おまえ!」


 薬草をいっぱいに入れたカゴを床において、レンティはハナコに駆け寄る。


「すいません、レンティさんが遅いから、心配になっちゃって……」

「あ、そ、そうか。……悪い、ちょっと手間取ってな」


 言われて、レンティは思い出す。

 ハナコにはいつ頃戻るか言っていなかったことを思い出す。とんだポカだった。


「そうだよな、寂しかったよな。ごめんな」


 レンティは素直に謝った。

 ハナコは命からがら逃げてきた奴隷なのだ。頼れる相手は自分しかいない。

 依頼のためとはいえ、長い時間放っておくべきではなかったか。


「けどな、ハナコ。だからって軽率に外を歩くのは、褒められないぞ」

「ぅ、それは、ごめんなさい……」


 奴隷は道具であり、人間扱いはされない。

 ハナコが逃亡奴隷と知られれば、最悪、何をされても誰にも文句を言えないのだ。


 レンティから見ても、ハナコは可憐な見た目をした可愛らしい少女だ。

 年齢はそう変わらないだろうが自分より背が低く、いかにもか弱い印象を受ける。


 奴隷と知られればよからぬ思いを抱く男はいくらでもいるだろう。

 まだ恋も知らなさそうな少女がそんな目にあうのは、レンティには耐えがたい。


 それに、もう、いなくならないでほしい。

 ハナコには言えないが、レンティの中にはそうした願いも存在していた。


「ちょっと、レンティ! 無駄話してないで、薬草の納品に行くわよ!」

「あ、そうだった。ごめんな、ニコ! 今、行くよ!」


 ニコに叱られてしまった。レンティは慌てて彼女に返す。

 とにかくハナコに何事もなくてよかった。


「ハナコ、ちょっとだけ待っててくれよ。薬草を納品して報酬をもらったら――」


 と、レンティが床のかごに手を伸ばしたときだった。


「待て、レンティ君!」

「ん?」


 いきなりだみ声で名を呼ばれて、レンティは振り返る。

 そこに立っていたのは、あまり見たくない顔が一つとあまり知らない顔が一つ。


 見たくない顔は、神経質そうな顔をした頭部が荒野と化している男だ。

 知らない顔は、分厚い眼鏡をかけた銀髪の女性。耳が尖っている。エルフだ。


 男は、ギルド長のザンテ。

 女は、副ギルド長のララテア、だった気がする。


「――おい、何だあれ?」

「――ギルド長と副ギルド長が『場違いミスキャスト』に話しかけてるぞ」


 周りにいる他の冒険者達が、何事かと彼女の方に注目し始める。

 レンティとしては、ザンテの相手などしたくはない。


 彼は、リアンがいなくなるきっかけを作った男だ。

 恨みを持っているワケではないが、何も感じていないというワケでもない。


 副ギルド長の方は、あんまりよくは知らない。

 とんでもない仕事人間との噂だけは聞いたことがあるが、その程度だ。


 分厚い眼鏡に、への字に引き結ばれた口。何故か眉間に深いしわ。

 丸まった背とひどいなで肩もあって、いかにも偏屈そうな性格に映ってしまう。


 彼にしろ、彼女にしろ、できれば関わりたくない。そう思っている。

 だが、お偉いさんが一介の冒険者の都合など省みるはずもない。全く、面倒な。


「……何か用ですか、ギルド長。薬草の納品に行きたいんですけど」


 早々に終わらせるべく、レンティの方から率直に切り出す。

 いかにもつっけんどんな物言いになってしまったが、素直に本心を述べたまでだ。


「…………」


 しかし、自分から話しかけてきたのに、ザンテは返事をしなかった。

 何やら険しい顔つきで、レンティのことを睨んでいる。


「――何だ何だ、ギルド長様が『場違い』と一緒なんて珍しい」

「――いつも『勇者』様と一緒だからな、ギルド長。確かに見ない光景だ」

「――ついに『場違い』に冒険者ギルド除名宣告か? それなら助かるけどなぁ」


 冒険者達は好き好きに噂話をし合っている。

 それに今さら文句をつけても仕方はないだろうが、にしても、耳障りではあった。


「本当に何です? 用があるなら早くしてください」


 この時間帯は納品受付も混雑していて、どうせ自分達は後回しにされる。

 そんなことはわかっているが、ここに残っていたいとも思っていないレンティだ。


 どうせたまたま通りかかっただけで、嫌味の一つでも言いに来ただけだろう。

 彼女は、ザンテの表情からそんな風に推測していた。


「……ララテア」

「ほんとーにやるんですかー、ぎるどちょー?」


 ザンテが隣にいる副ギルド長に何事かを命じる。

 ララテアが口を開くところは初めて見るが、見た目にマッチした平たい声だ。


「いいからやれ。おまえも早く仕事に戻りたいだろうが!」

「自分でよびだしたくせにめんどくせーおっさんだな。もー、やりますよー」


 ザンテに対して敬意が感じられない物言いをしつつ、ララテアが軽く詠唱をする。

 いきなりの副ギルド長の魔法行使に、ただの見物客だった冒険者達がザワつく。


「ほい、『虚偽報呪ライ・アラート』」


 魔法が発動し、ザンテの全身が白い光に包まれる。

 真実と口にした場合は蒼く輝き、虚偽を口にした場合は赤く光る尋問用の魔法だ。


「――な、何だ?」

「――ギルド長が自分に『虚偽報呪』?」


 ザンテの行動の意味がわからずに、冒険者達は戸惑いを見せる。

 しかし、それとて次に彼が見せた行動に比べれば、まだまだマシだったろう。


「レンティ君ッッ!」


 冒険者ギルドを統括する立場にあるザンテは、いきなりレンティの名を叫ぶ。

 そして――、


「すまないィ――――ッ! 申し訳ないィィィィィィ――――ッ!」


 いきなりその場に這いつくばって、土下座の形で謝罪したのだ。

 これには、レンティ本人も、ニコも、リップも、他の冒険者達も呆気にとられる。

 だが、本題はここからだった。


「私がレオン君と結託して、君とリアン君を陥れたんだァ~~~~ッ!」

「…………は?」


 床に頭を擦りつけるザンテに、レンティはさらに呆けることしかできなかった。

 謝るザンテの全身は、真っ青に輝いていた。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 語った。

 語った。

 ザンテはすごい勢いで語り続けた。


「私が君とリアン君に『試練』を提案したのは、レオン君にそうするよう仕向けられたからなんだ! 当時、すでにボスモンスターが活発化を迎えつつあったのは知っていた。しかし、ギルド長が支援していた君達を失敗させるために、私はその情報をあえて君達に伝えなかった! わ、私は、ギルド長になりたかったんだァ……ッ!」


 語った。

 語った。

 ザンテは、レンティとリアンが失敗した『試練』についての真実を語った。


 饒舌に語り続けるザンテの体を包む光は、蒼い。

 そして、彼の大声につられて、冒険者だけでなく職員までもが集まってくる。


「それだけじゃない、君が引きこもっている間に私とレオン君は君が冒険者として立ち直れないように画策した! そうだ、街に流れたあの噂だ! ボスモンスターが活発化した原因はリアン君だという噂を流したのは、我々なんだァ!」


 語った。

 語った。

 ザンテは、レンティが暴行事件を起こすきっかけとなった噂の真実を語った。


 いつまでも語り続けるザンテの体を包む光は、蒼い。

 彼とレンティの周りには、巨大な人の輪ができていた。全員が立ち尽くしている。


「――ぉ、おい、何だよ、この話。あの噂を流したのが、レオンさん?」

「――いや、さすがに冗談でしょ、こんなの」

「――じゃあ、あの蒼い光は何だよ。嘘言ったら、赤くなるはずだろうが」


 冒険者達はさっきとは打って変わって、混乱の言葉を交わし合う。

 それを、レンティは完全に意識の外で聞いている。


「わ、私は君を除名したかった! 君が起こした暴行事件は、冒険者ギルドの除名処分を下すのに十分な罪だった! しかし、それをレオン君が止めたんだ! それで引退勧告処分にしたんだ! まさかそのあとでレオン君が、依頼報酬の八割を条件にして君の冒険者復帰を後押しするなんて、私は思ってもいなかったんだァ……!」

「「「ぃ、依頼報酬の八割ィ……ッ!?」」」


 ザンテが明かしたその事実に、冒険者達は声を揃えて驚愕する。

 彼らは、レンティの冒険者復帰の条件を知らなかった。


 蔑視しているとはいえ、生業を同じくする彼らにとっては大きすぎる衝撃だった。

 ここから少しずつ、場に流れる空気は風向きを変え始める。


「じ、冗談じゃねぇ……ッ!」


 その場に、野太い声が響き渡る。


「八割も巻き上げられたら、何もできねぇじゃねぇか! ポーションの補充どころか、武器や防具の手入れも無理だし、遠征の旅費だって出せやしねぇ! 普通に生活するのだってギリギリ、いや、ほとんど不可能だ! 破綻するに決まってる!」


 そして、壮年の大柄な冒険者のその叫びが、他の冒険者達にも波及する。


「レオンさんが『場違い』をハメて、報酬の八割巻き上げてるなんて、そんなの嘘よ! 信じられないわ! ギルド長が勝手に言ってるだけでしょ、どうせ!」

「じゃあ、あの蒼い光は何だよ!『虚偽報呪』がどんな魔法かは、冒険者なら知ってるだろ! さっきからずっと蒼いままじゃねぇか! そういうことなんだよ!」


 女冒険者が叫び、男冒険者がさらに大きな声でそれに反論する。

 そんな光景が、レンティ達を囲む人だかりのそこかしこで起こり始める。


 ザンテの自白だけだったら、こんな騒ぎにはならなかった可能性もあった。

 しかし、その身を包む光がどのような意味を持つか、冒険者達はよく知っていた。


「レオンさんが、レンティをハメて『場違い』にしやがったんだ!」

「嘘だ、レオンさんが、そんなことをするワケがない! 彼は『勇者』だぞ!?」


「だから、その『勇者』になるためにしたことなんだろ! ド汚ェことを……!」

「でも暴行事件を起こしたのはレンティ本人じゃないのよ!」

「そこまであの女を追い詰めたのが、レオンさんだって話だろうがッ!」


 冒険者の中には、明らかにレンティ側につく者も見られ始めた。

 彼らはザンテを唾棄すべきものを見る目で見下し、公然とレオンを批判し始める。


 二人が流した噂に踊らされ、今日までレンティを腫れ物扱いしてきた彼らが。

 その様子を、リップは泣きそうな顔で、ニコは嫌悪感たっぷりの顔で眺めていた。


「あーあ、どーすんだですよ、このさわぎ」


 騒乱渦巻く場と化したギルド一階で、ララテアだけがまるで他人事だった。

 そこから、ついにザンテの自白は最後の一つに触れようとする。


「……これまでレンティ君が助けてきた逃亡奴隷についてだが」


 誰も、まさかザンテがそれについて言及するとは思っていなかった。

 そして、ここまでの彼の自白から、冒険者達はザンデが言う内容を半ば確信する。


「まさか、それも――」


 呟いたのは、誰だったのか。

 レンティではない。


 彼女はこれまで、一度も反応を示さず、また、言葉も発していない。

 無言、無表情、無反応を貫くレンティへ、ザンテは謝りながら白状する。


「レンティ君が連れてきた逃亡奴隷は、これまで全員、レオン君の指示を受けてガゥド君とジョエル君がその手にかけてきたんだ! 私は、それを知っていた! 知りながら、逃亡奴隷のことだからとずっと見ぬフリを続けていたんだ! すまない!」


 それはまさしく最悪の謝罪だった。

 叩きつけるようにして場に吐き出されたその事実に、全員が一瞬唖然となる。

 やがて、数秒して冒険者の一人が叫んだ。


「何てヤツだ!」


 この怒号を皮切りに、冒険者達が一斉にザンテを叩き始める。


「あんた、それでもギルド長かよ! いくら何でも、ひどすぎるだろ!」

「ふざけやがって! 奴隷だからって、そんな簡単に殺していいワケないだろ!」


「ふざけんなァ!」

「恥を知りやがれッ!」


「生きてて恥ずかしくないのか、おまえ!」

「おまえなんか、ギルド長をやめちまえばいいんだ!」


 土下座しているザンテへ、冒険者達はひたすら罵倒を重ね、モノを投げつけた。

 本来彼を守るべき立場にあるギルド職員達も、ただ見ているだけで、何もしない。


 ララテアはさっさと離れて、一人だけ安全を確保している。

 今や、ギルド一階はザンテを吊るし上げる裁きの場になりつつあった。


 冒険者も、ギルド職員も、ザンテとレオンがしてきたことに憤りを覚えていた。

 義憤に駆られた彼らは、滾る激情のままギルド長に罰を与えようとしていた。


「――ちょっと黙りなさいよ、あんた達」


 しかし、極限まで高ぶりつつあった熱を、絶対零度の一声が上から潰した。

 言ったのは、ニコだった。

 ザンテを糾弾する者達の目が、彼女の方へと集められる。


 ニコは笑っていた。それが誰が見てもわかるくらいの、嘲りの笑みだ。

 彼女は言う。


「どうして同類のあんた達がギルド長を責めてんの? ワケわかんないんだけど?」

「ど、同類……?」

「何だよ、それ……!」


 肩をすくめる彼女に、冒険者何人かが怯みつつも言い返す。

 だがそれを、ニコは突き刺すような視線で迎撃する。


「だからさ、ずっとレンティを『場違い』とか呼んで蔑んでたあんた達が、どのツラ下げてギルド長を叩いてるのかってきいてるんだけど? 自覚、あるわよね?」

「ぅ……」

「いや、俺達は、知らなくて……」


 反論しかけた冒険者達だったが、ニコの投げた問いかけに揃って勢いを失う。

 さらに、そこにリップが加わった。


「知らなかったなんて、何の言い訳にもなりません! レンちゃんのことをずっといじめてきたクセに、今さら味方みたいな顔しないでください! 迷惑です!」

「ぐ、ぅ……」


 誰も、誰もニコとリップに反論できなかった。

 反論なんてできるはずがない。間違いなく、この場の全員が加害者なのだから。


「フン、恥ずかしい連中だわ」


 静まり返ったギルド一階で、ニコが鼻を鳴らして忌々しげに吐き捨てた。

 その首筋を、何やら冷たい気配が通り過ぎていった。


「……な、何?」


 リップもそれを感じとったようで、右手で自分の左肩を抱きつつ、周りを見る。

 一瞬遅れて、冒険者やギルド職員達が急に寒気を感じて身を震わせる。


「何だ、この寒さ、急に……」

「つ、冷たい。空気が、いきなり冷たく……ッ」


 カツン、という足音がした。

 それは今まで一切反応をしてこなかったレンティの足音だった。


「ひ……ッ」


 ずっと頭を床にこすりつけていたザンテが、その足音にビクリと身を震わせる。

 しかし、彼女は怯えるギルド長に何もせずに、その横を通り過ぎていく。


「う……!」

「ひァ……ッ」


 レンティの前に立っていた冒険者達は、一様にその顔を恐怖に歪めて悲鳴を紡ぐ。


「ちょっと、どいてくれないか」

「ぁ、ああ……」


 求められた冒険者は、逃げるようにして飛び退き、レンティのための道を作る。

 それは次々に連鎖して、冒険者が作る輪の一角が綻んだ。


 レンティの様子に変化はない。

 その顔に表情らしい表情はなく、癇癪を起こしたりもしていない。


 しかし、冒険者達は痛感した。

 自分達が感じている寒気は、レンティへの恐怖から来るものなのだ。と。


 彼女の全身からにじむものがこの場を極寒の地に変えている。

 日頃から『場違い』と呼んでバカにしていた相手は、人の形をした猛獣だった。

 彼らはそれを、今になってようやく思い知った。


「ちょっと、レオンさんと話してくるよ」


 場を戦慄で凍てつかせた張本人は、そう言ってギルドを出ていった。

 直後、自分が生き残ったことを知った冒険者達が、安堵から尻もちをついた。


 ――ヨシダ・ハナコもいなくなっていることに、まだ誰も気づいていなかった。

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