第7話 ユニークモンスター、スールズ

 モンスターと戦うときの心得というものがある。

 それはこんな姿になった俺にとっても有効だと感じている。


 先手必勝。


 獰猛な笑みを浮かべるスールズに向けて、俺は火の魔法を準備。

 グルルル、と唸れば頭の先に深紅の魔法陣が展開する。


 そこから火炎の竜巻が、まるで光線のように床に平行に射出された。

 火の中級魔法、フレア・ライン。


 猫くらいの大きさの時には使えなかった魔法だ。

 予想通り成長、いや進化している。


 そう確信するほどに強力な火炎は一直線にスールズに向かい、奴の体を飲み込んだ。

 上層のモンスター相手ならばこれだけで倒せる程、高火力な魔法。


 しかしそれはスールズ相手には少し不足していることを、俺は知っている。

 火の光線の中から、火炎を身に纏ったままスールズが飛び上がった。


 そのまま奴はまっすぐに俺まで跳んでくる。

 すさまじい跳躍力に、重力を追加した爪による切り裂きが迫る。


(やっぱ速い!)


 かつて人間だった頃ならば問題なく対処できただろう。

 しかしこの体では、まだスールズは格上の相手のようだ。


 それでもスールズとかつて何度も戦ったことがあり、行動パターンを把握していたために俺の方が一歩早かった。


 動きが素早くない俺でも、スールズが飛び上がった段階で後ろに跳べば回避は容易だ。

 先ほどまで俺が居た場所に突き刺さるスールズの腕を視認して、離れたところに着地する。


(……さて、どうするか)


 スールズは今の俺にとっては確実に格上。

 正直、先ほどのフレア・ライン程度の魔法ではダメージは与えられても圧倒は出来ない。


 特にスールズは魔法防御が高く、魔導士が苦手とするモンスターだ。

 今の俺とは相性が悪い。


 けれど思いのほか冷静だった。

 俺はスールズの行動を把握している。

 戦い方という情報を知っているのは、これ以上ない武器だ。


(次! 右手によるひっかき!)


 動作を見切り、体を翻しながら雷の魔法、ライトニングをスールズに降らせる。

 当然奴の腕は空を切り、俺の雷は奴を捉えた。


 いい流れだ。この調子なら時間はかかるが、完封できる。

 そう考えたとき。


 スールズが大きく息を吸った。

 見覚えのある動作に、内心でほくそ笑んで距離を取る。


(咆哮による威嚇!)


 人間ですら恐慌状態で動けなくするスールズの状態異常攻撃。

 それ自体にダメージが発生するわけではないが、ステータス異常は厄介だ。


 人間よりも耳が良い俺の今の体では脳を揺らすような形になり、気持ち悪さに眩暈を覚える。

 けれど、この対処法も確立されている。


 距離を取って味方に回復してもらうか、状態異常を治療するポーションを摂取するだけだ。

 数秒程度しか足止めできないスールズの攻撃。


 それは探索者からすればむしろやりやすい部類だった。

 そう、探索者からすれば。


(!!??)


 だがここで、俺は自分のミスに気づいた。

 俺には治癒してくれる仲間も、飲むことができるポーションもない。


 それにモンスターになって耳が良くなったことからか足止め時間が長い。

 スールズが地面を蹴っても、俺はまだ動けずにいた。


 振り払われる鋭い爪を見ながら、顔が引きつるのを感じる。

 まずい、このままでは。


(動け……動け!)


 体に命令を何度も送り続け、その結果硬直が解けた瞬間に動くことが出来た。

 爪が届く寸前でかろうじて体が動き、後ろに跳ぶ。


 しかし避けることは叶わず、胴体に奴の爪を受けた。


 わき腹が熱くなる感触を覚えつつ、地面を転がる。

 すぐに反射的に体勢を整え、俺は俺自身を激しく叱責した。


(馬鹿か俺は!)


 今のは、あまりにもまずい一撃だった。

 同じくらいの魔法が使える探索者が受ければ大ダメージ、戦闘不能すらありえる一撃だ。


 思ったよりも頑丈だったこの体のおかげで、俺はまだ戦える。

 けれど俺はこれまで、スールズを内心のどこかで「格下」だと考えていた。


 魔法がなかなか通じなくても、倒すのに時間がかかったとしても。

 いつかは倒せる相手だと仮定した。


 完封できるだなんて、思い上がりも甚だしい。


(自覚しろ。お前はもう探索者の織田じゃないんだ!

 味方も居ない、アイテムも使えない、前よりもずっと弱い!

 死と隣り合わせだという事を、忘れるな!)


 視界の先で、スールズが再び大きく息を吸った。

 奴もダンジョン中層のモンスター。


 一度、効果があった技を中心に使う程度の知能は備えている。

 けれどこっちとしては冗談ではない。


 どうする? どのようにあの咆哮を止める?

 すでに発射段階に入っている。咆哮させないのは不可能だ。


 それに状態異常を短くする方法も、そこから素早く回復する方法も見つけられていない。

 このままでは嬲り殺しにされる。


 もう一度、あの暗く冷たい死を味わうことになる。


(ふざけんな! そんなこと……)


 受け入れられるはずがない。

 時間という迫る脅威に対して、俺の体が選んだのは動物の本能だった。


「GyaOoooooo!!」


 スールズの咆哮に合わせて、俺もまた声の限りに叫んだ。

 見よう見まねだが、俺もモンスターである以上、奴に出来て俺に出来ない道理はない。


 そしてその試みは、上手くいった。

 俺の咆哮と奴の咆哮は見えないものの互いを打ち消し合い、それでも消えなかった音がお互いの耳に響き渡った。


 俺は動けなくなるものの、それは奴もまた同じ。

 むしろ状態異常から復帰し、動けるようになるタイミングは俺の方が早かった。


 この咆哮という技術に関しては、俺の方が奴よりも上という事が証明された。

 元人間という視点からするとかなり微妙であるが。


(これなら状態異常はそこまで致命的じゃない。このまま押し切らせてもらう)


 視線を一切奴から離さずに、俺はじっと見続ける。

 奴は咆哮で自らの動きを止められたことを悔しがっているのか、歯を強く噛みしめている。


 押し切るなら、今だ。

 そう思った俺は光の魔法を行使し、背後に3つの剣を創造する。


 光で出来た剣を飛ばす光の中級魔法、プリズム・ソード。

 光剣の切っ先を奴に向け、恐ろしいスピードで射出させる。


 数ある中級魔法の中でもスピードに関しては群を抜いている剣達は、奴の体を貫いた。

 両手で剣を上から殴りつけ、それを砕いた奴は怒りで口を大きく開けて威嚇してくる。


 これまでの戦いでダメージが入っているのは奴の体を見ればよく分かる。


 俺も重いのを一撃貰ったが、奴も奴で複数の魔法を受けている。

 お互いにHPは五分五分といったところだろう。


 だが戦局の流れは完全に俺の方に寄っている。


(油断はしない。でもこのまま倒し――)


 そのとき、奴の額の宝玉が鈍い光を発した。

 今までに見たことのない行動に、行使しようとしていた火の魔法を止めてしまったくらいだ。


 あの動きを、俺は知らない。

 少なくとも中層で出会ったスールズでは見たことがない動きだ。


(まさか……)


 俺自身、探索者だった頃にもユニークモンスターに出会ったことはない。

 だが、ユニークモンスターには一つの噂があった。


 奴らは一つ下の階層から現れる。

 けれど奴らの攻撃には、魔法には、それに収まらないものがあると。


 目撃者こそ少ないものの、そういったことをしてくるユニークモンスターとそうでないものが居るという結論だったはずだ。


 だが、こいつは前者だったという事だろう。

 ダンジョンは地下空間なのにもかかわらず、黒い雨が降ってくる。


 奴が行使した魔法により降る雨は、俺から力を奪っていく。

 体力、気力、魔力、そういったものを。


 この雨の中では、満足に動けない。満足に攻撃できない。

 満足に魔法を放てない。


(マジかよ……)


 闇の上級魔法、ブラックレインは様々なステータス低下を引き起こす魔法だからだ。

 そしてそれはスールズが本来使用しない、もっと下の下層のモンスターの一部が使うスキルである。

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