六話 墓場 あるいは始まりの星

1 ベネディクトを殺せ


「ベネディクトを殺せ」

 苦渋に満ちた顔でドクター・ジンが命令を下す。

「それは御命令でしょうか?」

 ヴィーは控えめながらも抵抗した。


 やっと会えた我が子を殺せと言う、その真意が分からない。

 ナギは次代のイントロンを背負って立つべき大切な人材ではないのか。ナギとメイを探しに出て、何人ものイントロンが命を落としたというのに。


 静けさだけが支配する。広い会議室には他に誰もいない。

 ドクター・ジンは部屋の真ん中にまだ浮かび上がる暗い星図を見ながら言った。


「ルスは女神だ。人を惹きつけ、明るい方向へと導く」

 そうだ。ルスが女神であることに誰も異存はない。

 打ちのめされた人々の前に立ち上がり、叱咤し導いた。イントロンは細々と命をつなぎ、非道に狩られることもなくなった。今は混沌としている。だがこの混沌から一歩抜け出せば、表を堂々とイントロンとして歩ける。そんな時代が来る。


「ベネディクトもルスの資質を受け継いでいる。誰もがベネディクトが指し示す方向に向かうだろう」

「それはいけない事なのでしょうか」

「ベネディクトにはあの男が付いている。赤い星の悪魔が──」

 ヴィーは唇を噛んだ。


 出会った時にはすでに一緒だった。ナギの瞳はディヤーヴァに向かい、追いかけてゆく。どこまでも。誰も彼もを置き去りにして。


「十五年前、ディヤーヴァが派手な攻撃を仕掛け、我々は地下に潜った。しかし耐え切れずに飛び出したものは大勢いた。彼らはアームズに捕らえられ、実験材料にされた」

「材料……」


 ヴィーは息を呑む。アームズに捕まればどうなるか、ずっと聞かされていたことだった。それでも改めて組織の重鎮からそれを聞くと、言葉が力を持って迫ってくる。


「ドールには我々が個々に持つ特殊能力がない。アームズはそれを欲しがった。我々を狩りその秘密を探った。何故イントロンには力があるのか。どういう風にすればその力が手に入るのか。そしてある程度は手に入れたと推測される」


 ドクター・ジンは言葉を切ってヴィーに向き直る。

「我々はより強いものに引かれる。そして、ベネディクトはあの男に引き摺られるのだ。あの悪魔に」

 低い声でヴィーは返した。


「何故、ディヤーヴァを殺せと仰らないのですか」

「あの悪魔に勝てるかな。あの強大な力に」

「……」


 一緒に戦ってきたヴィーは、あの男のすごさを目の当たりに見ている。イントロンの誰もが放てないような衝撃波。跳躍力。決して自分では敵わない力。


「我々はこれ以上仲間を失うことは出来ん」

 ドクター・ジンは星図に向き直り溜め息を吐いた。

「悪魔はベネディクトに取り付いている。払えるのはルスだけだ。もしルスがアームズの手に落ちているなら、悪魔を引き連れてくるベネディクトを殺さねばならない。我々イントロンの為にも」


 ヴィーには分かっている。分かっていても反論を試みる。

「何故、あの悪魔が我々の盾になると思われないのですか」

「それは考えたが、長老方の意見なのだ」

 ドクター・ジンの顔が苦悩に歪んだ。


 人が集まれば組織が生まれる。イントロンにも組織がある。古くから尽力してきたものは、長老と呼ばれその頂点に君臨している。ドクター・ジンはまだ長老としては挌下だった。

「分かりました」とヴィーは頭を下げてその部屋を出た。

 あまり表情の浮かばない整った顔を、少し俯かせて。



 同じ会議室である。

 広いスクリーンに何人もの年老いたイントロンが映し出される。ドクター・ジンと同じような黒っぽい上着丈の長い衣服に身を固めた男女である。


「ヴィーだけでは心許ない」

「彼はずっと一緒に行動してきた」

「すでに取り込まれているかもしれない」

 年老いたイントロンたちが次々に発言する。長老と呼ばれる人々であった。

「分かっています」

 スクリーンの中の人物達にドクター・ジンは頷いて見せた。

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