第51話 穢れた手を離せ、神の手に祈れ


「んああ!!? なんなんだコイツラはぁあ……!」

「みんな!!」


 窮地きゅうちに駆け付けてくれた4人の姿に、思わず私の目に涙がこぼれた。

 ――突如として背後に現れた存在に、町人を捕えていた信徒たちは動揺を始める。


「フンッ! ハァッ! ヤァァア! 正義の騎士パラディン後藤参上!」


 先頭に立ったパラディン後藤が意味のない舞いを披露ひろうしていると、その背後より、一斉に散開した風花ちゃんたちが信徒に迫った――


「風の大精霊シルフよ、神風を巻き起こして下さい!」

「ぬぁあ!! なんて風圧、まるで竜巻だ――っ」


 強烈なる風が信徒を巻き上げ、一網打尽いちもうだじんにする――


「ヒッヒャヒャヒャ! たまには世のため人のために戦うのもありだぜ!」

「止まれスライト、止まらないと――っあ!」


 スライトが華麗な身のこなしで信徒の頭上を飛び越えると、地に着地したその瞬間、敵の体が切り刻まれた。

 バタバタと倒れていった標的にニタリと笑い、手元でナイフをクルリと回すと、町人たちを捕縛していた縄とさるぐつわが解ける。


「ふ、ふざけるなオーク、そんな巨大な棍棒振り回したら……っ」

「いくど〜! オラの二代目の棍棒こんぼう『プリンセス破天荒』――どっがぁぁあん!!」

「うわぁあ、イリュージョ……ッ!!」


 ガドフの棍棒の一撃が地面を打つと、まるでマジックの様に大地が揺れて地盤がひるがえった。

 巻き上げられた信徒――彼らの手放した町人を、ガドフはその巨体で全員抱き止める。


「ちょ、待て、アンタは元聖魔の女だろう!」

だ! そこのハゲに私は職を奪われたのだ! だからこれは、あの時の憂さ晴らしだぁ!」


 長剣を抜いた風花ちゃんが、光と一体化して信徒の群れを縫っていった――


「閃光――光の速度ライトニング!」

「うぎゃぁぁぁ!!」


 目にも留まらぬ早業で、信徒がなぎ払われていった。


 あれよあれよと人質の奪われていく光景に、モルディは小鼻をピクつかせて激怒し始める――


「ふぅうざけんな白狼ぉおお! テメェ一人で来いと言っただろう!」

「一人で……来ただろう!!」

「ヘリクツ言うんじゃねぇよぉお!! クソ冒険者と裏切り無職女がぁあ! テメェら全員反逆者だぁあ覚悟は出来てんだろうなぁあ!」


 怒り心頭のモルディが風花ちゃんたちへと銃口を向けようとしたその時――私は力の限りに大地を殴り付けた!


「はぁぁぁぁああああ――ッッ!!!!」

「ぬぅお……ッ! 何をする気だ白狼!」


 亀裂が走り、震撼しんかんした大地が波打つと、周囲を取り囲んでいた固定砲台が転倒してクラッシュした。


「こんのぉおおおおおッ!! 町ごとぶっ飛ばしてやるぜぇ、白狼ぉおおおお!!!」


 ブチ切れたモルディの額に、太い血管が浮き上がる。

 そうして奴が私へ振り返ったその瞬間、力の流れを足下へと集約する――!


「フゥウア、速ぁッッ?!!」

「馬鹿げた兵器が放たれるよりも早く――そいつを壊す!!」


 風を切り抜け踏み込んだ際の突風が、驚愕きょうがくとするモルディの顔面をめくり上げて間抜け面にする――

 奴がその引き金に手を掛けるよりも早く、私の拳が電磁加速砲を破壊しようとしたその瞬間――


「待つのだ白狼! この町人がどうなってもいいのか!」

「ン――――!?」

「……ハァァァァ神父ぅぅ、よくやったぁぁ」


 深きため息をついたモルディの目前、巨大な銃口を目と鼻の先に、私はビタリと足を止めて、声の方へと振り返った。


「観念するのだ白狼……」

「まだ町人が残って……っ」


 私が目にしたのは、ハゲ神父を筆頭に、一人の少女を人質に取った信徒たちの姿だった。

 命からがら助かったモルディは、滝のような冷や汗と共にヘラヘラと笑い始める。


「フッククク! あぶねぇあぶねぇぇ、今のは流石に死ぬかと思ったぜぇ白狼ちゃん」

「……くそ」

「人質は一人でも居りゃ充分なんだよぉ……わかったかよぉ、この勝負、俺の頭脳勝ちだぁぁ! フクッフッククククッ!」


 泣いて信徒の腕に抱き上げられた少女……

 こうなっては、スライト達も迂闊うかつに手を出すことが出来ない。


「さぁ、武器を捨てるのです!」

「……っくしょぉ」

「おのれ、薄汚い手を……」

「でも、あの子を救うためには言うとおりにするしかないど」


 言われたとおりにする他無く、彼らは武器を捨てて眉根をしかめた。

 勝ち誇った表情で笑うモルディに対し、神父はやや苦心する様な苦い表情を刻み付けていた……

 するとそこで、何かに気付いた風花ちゃんが口を開き始める。


「……お前たち、第3隊の奴らじゃないか!」


 神父の背後で少女を人質に取っていたのは、いつかのグラサンリーゼント然り、風花ちゃんが元率いていた部隊のメンバーだった。


「なんでこんな汚い作戦に参加している……! 神に仕えるお前たちの心は、ここまで落ちたのか!」

「シスター……アンタもわかってんでしょうが、上の者に言われたら、どんなに気乗りしねぇ任務だってやり仰せますわぁ」


 そういうグラサンリーゼントの手は、確かに震えていた――


「もう待ちきれねぇ……そこを動くなよ白狼ぉお、まぁあた変な気を起こされちゃ、たまらねぇからなぁぁ」


 私の鼻先で、もう放たれまいと電磁加速砲のエネルギーが凝縮していく――


「堪忍してくだせぇ姉御……これも、ワシらの仕事なんでさぁ、逆らったら俺たちも、アンタみたいに無職になっちまう」

「職を失うのが怖くて……神に忠誠を誓った者が大量虐殺を容認するとでも言うのか」

「……っ、そ、それは……っ」

「か弱い民を盾にして、ハリボテの正義に身をやつすというのか!」

「っ……!」


 少女の首に突き付けられた短剣が震える……背後にひしめく信徒たちも、バツが悪そうに視線をさまよわせている。


「これよりモルディの放とうとしているあの兵器。あれが解き放たれれば、町の人たちが多く死ぬ。それは分かっているだろう!」

「で、でも姉御ぉ。どっちにしろもう遅ぇんでさぁ……ほら見ろよ、もう数秒とせずあの電磁砲は放たれちまう」

「……だとしても、いま離せ」

「ぇ……」

「今後も胸を張って、神へと祈るために! 今すぐ罪無き子どもから、そのけがれた手を離せ!!」

「――ぅあ……ぁ」


 もうそこで、モルディによる電磁加速砲が解き放たれる準備をしている。たぎる電撃の苛烈さが、もう後戻りが出来ない事を物語っている。


「グラサンリーゼントくん……彼女の言うとおりです」

「神父……」


 悔恨かいこんの涙を落とす神父が、グラサンリーゼントの肩に手を置いて、首を振っていた。


「全くもって……っ彼女の、言うとおりです……ぅ」

「……」

「私は、神に仕えるものとして、このような蛮行ばんこうを止められなかった事が悔しい……ぅ、我が身の保身というくだらぬものの為に、神の照らす道を逸れてしまった……愚かな自分が」

「うぅあ……神父の、神父のあにぃぃ!!」

「「「あにぃぃいいいい!!!」」」


 グラサンリーゼントの涙に、信徒たちの声が共鳴すると、神父は薄く笑ってみせた。


「今すぐその子を解放しなさい。罰は全て私が引き受ける……もうただの、ハゲになっても構わない」

「でも、でも神父のあにぃ、どっちにしろ、もう町がぁあ、ワシらのせいで、大切な町がぁあ!」

「そうですね。もう私たちに出来る事は――」

 

 神父の視線が、電磁砲の電気で髪を巻き上げたへと注がれた――


白狼に、祈る事だけです」


 開放された少女を、風花ちゃんが抱き締める――


 白熱していく電撃の景色に、残された者は全員放心するまま、電磁加速砲の解き放たれるのを見ていた――


 全てを託され……私は拳を構えた。

 みちみちと肉をしならせ、獣の様な眼光を携え、

 またたく、強烈な光を爆発させて――


「くたばれぇええ白狼おおおおお!!!!」

「うお、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――!!!!」


 ――私の拳が、超級の電撃の極太に、接触する!!

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