第41話 学園を駆ける伊達男


   *

「じゃ、そういう事だから」

「……き、貴様」


 テレビに向き直ってしまったクルミに激高げきこうしようとしたその時、風花ちゃんが会話に割って入って来た。


「強くなる方法を教えてくれって……お前はそれをクルミちゃんに言っているのか? 誘拐して来た、いたいけな幼女に?」

「幼女じゃない……16歳だよ。あと誘拐してない」


 するとそこで、妙に勘の良いガドフがズカズカとやって来る。


「そういえば『町喰い』の時も、白狼はこのロリガキに構えの手ほどきを受けてたど。もしかして、白狼のお師匠はこのガキなのかだど?」

「ま……まぁ、そうなるのかな」


 私が肯定すると、驚きの声が上がった。そりゃそうだ、世界最強最悪のオッサンの師匠が、こんなに若くて美少女で美白でツヤ髪のクルミだなんて、誰が信じられようか。


「そうか〜クルミちゃんってすげえ奴だったんだな、俺も今度鍛えてもらおうかな」

「フ、私はクルミちゃんが只者では無いこと、一目で見抜いていましたがね。目が物語っています」

「なに、実力を隠していたのか! 僕と同じだな、さてはキミも正義のジャッジメン執行者トオーダーなのか!」


 ……こいつらはバカだから信じたみたいだ……。

 そ、それより――


「おい、私がせっかく強くなる気になったのに、お前は知らんぷりなのかクルミ! この鬼畜! 人でなし!」

「テメェがどうなろうが知らねぇよ。それに、こっちはこっちで戦ってんだよ」

「戦ってる……?」


 かじりつく様にテレビに向き合い、コントローラーを握るクルミ。いかなる状況に置いても眉根も動かさなかった少女が、怪訝けげんな表情を貼り付けて電子世界に身を投げている。


「お前の手助けなんてしてる余裕がねぇ。俺は俺で、恐ろしい難敵に立ち向かっている」

「『ちょめちょめメモリアル』全ヒロイン攻略って言ってたよな……」

「あ?! んだテメェ、俺の青春に土足で踏み込むんじゃねぇ!」


 人の家に土足で踏み込んで来た奴が何言ってんだか……

 私は動揺するクルミに構わず、彼女が苦戦しているというヒロイン達を確認する。

 ちなみに『ちょめちょめメモリアル』とは、一年前に一斉を風靡ふうびした、学園恋愛シミュレーションゲームだ。このゲームの特徴はなんといっても、あらゆる選択肢の決定にオートセーブが行われてしまう鬼畜仕様だ。さらにシビアな好感度システムによって、普通にプレイしていたら、まぁ誰とも交際出来ずに高校生活が終了してしまう。オートセーブされてしまうので、選択肢をやり直すことも出来ない……だがしかし、リアルの恋愛と見紛う様な繊細せんさいな駆け引きの後、あらゆる困難を越えてヒロインと結ばれた時の達成感はひとしおである。


「まだ3人も残ってやがるのかよ……私に残された日数と同じだな」

「おい、何見てんだモヤシ女! テメェは自分の心配だけしてろ!」


 風のような早さでクルミからコントローラーを奪い取った私は、ステータス画面を表示して未攻略のヒロイン達を読み上げていく。

 ……確かに、かなり攻略難易度の高い3人が残っている。


「『雲母きららマユコ』……学園きっての高飛車お嬢様。驚異的な人格の歪みから、彼女の“ツン”しか拝めずに卒業していくプレーヤーがほとんどだ」

「おい! マユコ様のプロフィールを勝手に覗き見たら叱られちまうだろうが!」

「『涼風蘭すずかぜらん』。剣道部主将、生徒会長の超カタブツ。文武にのみ学園生活を捧げ、恋愛には一切興味を示さず男も寄せ付けない」

「当たり前だろうがぁ! 涼風さんはみんなの憧れなんだよ!」

「『エウゴ・グルオルド・グレゴリアス』未知の小国から来た異人系留学生。余りの価値観の違いから、発売当初は攻略不可能だと噂されたヒロイン」

「エウゴちゃんはもう無理だと半分諦めている。教室の隅でティーぼうきを手にジャンプし始めた時、高感度を上げようと同じ事をしたらバナナを投げ付けられた」

 

 鋭い目付きで、品定めをする様にクルミのパラメーターを確認していく私……


「おい、いい加減返せ!」

「お前今……どの子の攻略を目指している」

「あ?」


 反抗的な目をしたクルミであったが、私の余りの変貌へんぼうぶりに圧倒されたのか、たどたどしく問いに答え始める。


「見てわからねぇのか、今はマユコ様を攻略対象にしてい――」

「――駄目だな」

「なに……!」

「ことマユコ様に関しては、パラメーターの“好き”と“嫌い”の解釈が変わる」

「それは、どういう事だっ……“好き”のパラメーターがマックスになった時、ヒロインとの告白イベントに発展するんだろうが」

「マユコ様だけは、この“好き”のパラメーターが高い程、恋愛感情からかけ離れていく裏使用がある」

「……馬鹿なっ!」

「何故ならばそれは、彼女がこれまでのお嬢様人生を、言われた命令になんでも従う従者達に囲まれ続けて生きてきた事に由来する。……マユコ様にとってそれは当たり前の事であり、“好き”のパラメーターが表すものは、従者として気に入っているかというだけの数値だ」

「な…………!!」

「これまで彼女にまとわり付いてきた俗物達と一線を画す為には、まず“嫌い”のパラメーターを上げる必要があるんだ」

「そんな……俺はマユコ様の事を、何もわかっていなかったとでもいうのか……」


 まるで雷に打たれたかの様に、愕然がくぜんと膝を付いたクルミ。


「終わりだ『ちょめちょめメモリアル』は一手のミスが死に直結する……また初めからやり直すしか無い。何時間も掛けて」


 珍しく動揺している少女へと、私は職人さながらの目つきで画面を凝視しながら助言する。


「いいや……まだ攻略対象内のヒロインが居る」

「なに?! ……しかし涼風さんのイベントは今回スルーしている。今から彼女好みにパラメーターを上げていっても……」

「違う、お前が目指すべきヒロインは――エウゴちゃんだ」

「ハゥわぁ――――ッッ?!!」


 まるで初めての戦場に出向いた少年兵へと微笑みかける様に、歴戦の猛者である私はクルミに親指を立てた。

 尻もちをついたクルミは、頭を振りながら私を見上げる。その瞳には心なしか、きらめく何かが宿っていた。


「見くびっていた……なんだ、なんなんだお前は……まるで、学園を駆ける伊達男だておとこの様だ」

「ここでだクルミ――」


 ――あの“白狼”が、世界最強最悪のSSSランク指名手配犯が今、

 確かに私に畏敬いけいの念を抱いている。



「『ちょめちょめメモリアル』のヒロインを一人攻略する度に……私が強くなるための修行に、一日付き合え」

「…………っ!」


 鋭く見下ろす私の視線に、挑戦的な眼光を返し始めたクルミが、冷や汗と共にツバを飲み下した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る