第21話 町の危機! パンツで来たモヤシ女

「てめえええ白狼コラァあああ!!!」

「どうなっていやがるこの中年がぁああ、倒したんじゃねぇのかよ!!」

「ヒエェ、やめてよブラザー……髪引っ張らないでよぉお」

「誰がブラザーだクソガァああ、反吐が出るわぁあ!!」


 さっきまで肩を組んで、あんなに朗らかに笑っていた人たちが、今や狂瀾怒濤きょうらんどとうと私の髪を引っ張ったり尻をつねくったりしている――


「イダァア!! ちょっとやめてよ! さっきまでシロちゃんって呼んでくれてたじゃない! 家族だって!」

「んなもん撤回だぁあ!! お前みたいな極悪が家族なわけねぇだろうが!」

「ひいええ、でも私、一生懸命やったもん! これ以上出来ないもん、ねえ許してくれるよね町長さん!」


 ピシリとしたスーツ姿で後ろ手に立ち尽くした町長は、私にニコリと微笑み掛けながら言った。


「処刑しましょう」

「いいぞ町長!!」

「八つ裂きだ!」

「うわぁあああ! この人たち全然態度違うよお! もうヤダァあ!」


 もう完全にお通夜モードになった荒野へと、一人町からさくさくと歩み出てくる者が居た。


「んぁ? お嬢ちゃん何しに来たんだど? ここは危ないから帰ったほうがいいど」

「バカガドフ……もう何処にも逃げ場なんて無いんだよ。どこに居たって同じだ」

「どけ」


 バカ三人衆を押し退け、私の元へと歩いて来たのは――


「あら、確か萌島もえしまさんとこのお嬢ちゃん……」

「大きくなったねぇ」

「引きこもってたって聞いたけど、こんな時にどうしたんだろうな」


 ――頭を抱えてうずくまった私へと、獣のような眼光で歩み寄って来ているのは……

 萌島クルミ……誰でもない――この私(白狼)だった。


「うわぁああお前今更何しに来たんだよぉお! お前のせいで、お前のせいで私はぁあああ!!!!」


 ガリガリのモヤシ女の足元にすがりついた中年凶悪親父……周りからどう見えているのだろう。

 ……ていうかテメェ、何パンツのまま外出て来てんだよ。それ私の体だぞ何考えてんだボケ。ダルダルに伸びたTシャツだからワンピースってわけにゃあいかねぇんだよ。ギリギリ見えてないけどほぼほぼ見えてもいるんだよ!


 背は低いけど超絶美少女な私は(やっぱり可愛い)――いや、は、天空より迫り来る巨大獣を見上げて目を細めた。


「なんだ久しぶりだな。お前まだ生きてたのか?」

「――――ブモッッ!!!!!?」


 微塵も物怖じしないクルミが空にささやきかけると、何故かタコは一瞬跳ね上がって、目を丸くして静止した。

 クルミの口振りから察するに、大方何処かで出会ったことがあるのかも知れない。

 だがしかし――


「ブ……ブッモォォォオオオオオオオオオオオ――!!!!」


 “白狼”のオーラこそ感じられど、以前とは比較にもならない位に弱体化した少女に、タコは意を決したように猛進を始めた。いよいよと迫る、巨大獣の墜落――!


「ほお……この俺の気配に気付きながら、それでも突撃してくる息や良し……だがぁ」


 クルミの三白眼がジロリと私に向いて、飛び上がった。すると気を付けの姿勢でカチコチに固まった私の体を、クルミは何やら触り始める。


「足はここ、違うここまで開け! 腰はここまで落とせぇ!」

「ひ、ひぃいい、なんなのぉおお」

「拳の握り方が違う。こうだ、ここに力を一点集中しろ。ぶん殴る時の構えが違う! 軸足はこっち、左手はこう、あとは力を込めて押し進めるだけ」

「なんなんだよぉお、どういう風の吹き回しだお前! 私に好きに野垂れ死ねって言ってたじゃねぇかよぉ」

「腹に力を込めろ……違う、ここだここ!!」

「――――どっボォあ!!!」


 どつかれた腹に嗚咽おえつしていると――


「あ……何これ何これ! なんか光ってる!」


 私の振り被った右の拳には、微かな光のオーラがまとわれていた。

 私の部屋でこいつが見せたのとは比べ物にならないが……それでも、さっきまでとはまるで違うエネルギーが、自分の内から流れ出している事に気付く。

 さらにクルミは、不思議そうに拳を眺める私に耳元で囁く。


「いいか、さっきお前がやったのは、力任せにぶん殴っただけの、筋肉任せの二流パンチだ」

「あれで……二流? イカれてんのかテメェらの世界は」

「いいから聞け、言っただろうが『力』の勇者ってのは、を心得た者の称号だ……つまりだ、ああいう打撃無効の軟体動物みたいな手合いは、その体の内部から破壊しねぇと効き目がねぇ」

「な、内部から破壊だぁ?」

「力の流れは一方向じゃない。奴の体に流し込んだエネルギーを、その体内に押し留め――爆発させろ」

「力の流れは一方向じゃ無い――体内で……爆発……ってお前そんなもん私にぶっ放そうとしてやがったのかよ!」


 ――そうこう言ってる間に、私は目的の知れぬクルミのレクチャー通りに拳を構え、瞳を瞑って力の流れをイメージした。


「チャンスは一度だぜ……失敗したらお陀仏だぶつだ」

「………………ッ!」


 空より迫る巨大隕石……震撼しんかんする大地……怒涛と荒れる風巻の嵐――!!

 もう時間が残されていない。もうすぐ側まで、莫大な生物が私に向けて落下してきている!!


「感じる……力の――流れ!」


 パチリと瞳を開けると、もう目と鼻の先に、空を埋め尽くしたタコの顔面があった――


「よし……じゃあいけ」


 パシンとケツを叩かれた私は、皆が唖然と空を見上げる中を、光のように貫いていった――


「ああっ白狼――!?」

「んだ!? 白狼!」

「まだ何かしようというのですか……白狼!」

「お願い白狼! 私たちの町を――!!」


 最後に風香ちゃんの涙が見えた――

 

 光に乗って天空を駆け上がり――光り輝いた拳を、私はタコの眉間にねじり込む――ッッ!!


「これでぇえええッッ――――!!!」

「ブ!!! ブモ、ブモモ!!!!?」

「本当にぃいいいいいいいいいッッッ!!!!」

「プギ!!? プギ、ギ……っギ!!!!!???」


 螺旋らせんを描き、ひねり込んだ光の拳が、タコの体内を乱反射するきらめきを見せた――!!


「――――終わりだぁああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


「ピギ!!!! プギ!!! ッップゥウギイィィイ――――ッッ!!!!!!!!!」


 空に爆散したタコの切り身が、町中に降り注いで食卓を潤す……


 ――そして一瞬の静寂の後……私は次に、人々の歓喜の大絶叫を聞いた。

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