第15話 失われたスローライフ(インキャ生活)


 突如号泣し始めた風香ちゃんは、嗚咽おえつを漏らしながら本意気で泣いていた。


「ふわぁぁあああ、毎週火曜日に怖い人がうちに来るんだぁあ! もう耐えられないんだぁぁ、人を威嚇いかくするためとしか思えない入れ墨とか傷とかエグいんだよぉ! 精神が摩耗まもうするんだよぉおお!」

「しゃ、借金? ごご、5000万円ってなんでそんなに膨らんじゃったの!? 風ちゃんまだ20代前半でしょう?」

「ぁぐ、そんなもん知るかぁぁあ! 私は昔から不幸の星に生まれてるんだもんっ!」

「ふ、風ちゃん……?」


 泣き喚きながら必死に訴えてる……ていうか人が変わっている。

 いやあの正義の眼差しは? マジで切羽詰まってただけじゃねぇか!


「実家は元々超貧乏。始めっから数百万の借金を背負って社会人生活がスタートしたよ。それでも私はめげずにいっぱい勉強して、聖魔教会に入って公務員になったんだ」

「う……ん……」

「でもぉ! 膨らみ切った借金は利子を支払うだけで精一杯、聖魔教会の給料だけじゃ、すぐに首が回らなくなった!」

「はぁ……」

「株にFXに居酒屋とラーメン屋の開店! 死に物狂いでやったけど、魔獣に店を潰されたり、隣の家の家事が燃え移ったり株が大暴落したり! とにかく何をしても不幸!! 気付けば借金を返すために別の金融会社からまた借金して……立派な自転車操業の出来上がりだよぉぉ」

「このファンタジー世界で、こうも世知辛せちがらい……」


 スライトが目を輝かせると、意地悪そうな笑みでルディンも加わっていった。


「聖魔教会の公務員ともあろうお方が、そんなに多額の借金をねぇ……くく」

「うるさぁああい!! 公務員だから多額の貸付を受けられるんだよぉ、そんな事も知らねえのかよチンピラ!」

「はっは、庶民庶民。聖魔教会の〈修道女シスター〉が聞いて呆れますね」

「ぎゃああああ、だから賞金首狩りをしてんでしょうが! 金貸せクソ貴族!!」


 お金の事となると死んだ魚みたいに淀んだ目つきになる風香ちゃん……ちょっと怖い(でも可愛い。あっ、おっぱい見えそう)


 荒ぶった息を整えた風香ちゃんは、沈んだ目つきで私に剣を向け直した。


「だがしかし! そんな借金など、お前の首に掛かる懸賞金の前ではかすんで見える! さぁ神妙しんみょうにお縄につき、私に普通の生をよこせ白狼!!」

「いや、よこせと言われましても……」

「んだぁ〜それで一人でこんな所まで白狼を追ってきたんだなぁ」

「いやそれは違う。私がこの変態に追い回されたのだ」

「んがっ」

 

 やがて私は彼らに取り囲まれた。そして鋭い目つきで睨まれる。


「だいたい白狼さんよ。あんた6年もいんとんしてたんだろう? どうしてこのタイミングで世間にツラ見せやがった」

「そんな事私も聞きたいよ」

「ずっとこの町に潜伏していたのですか? まさかとは思いますが、ここで普通の暮らしでも送ろうとしていた……なんて言いませんよねぇ」

「そんな……私はただ、引きこもってゲームしてただけで」

「んがはぁー! お前に安息の地はもうねぇど! 何処に行ったって大悪党の名は世界にとどろいてるど!」

「でも……でもだって! 私、何にもしてないもん」

「世界と異世界を融合させ、大混乱を招いた張本人が何を言っている! さぁ、大人しく私に捕縛されるのだ。逃げ場なんてないぞ」

「うぅ、風ちゃんまで……みんなひどいよ」


 どちらを見渡しても敵意に囲まれている。正直この場を無理に突破する事は簡単だ。だけど……


「もうこの体じゃあ、あのスローライフは帰ってこないのかなぁ……白狼と入れ替わったなんて、誰も信じてくれそうにないし」


 今この場を強引に切り抜けても、私が暮らしたいのはこの町、あの家でなんだ……

 この街を飛び出して、何処ともしれぬ荒野を渡り歩くのは、インキャの私にはとても出来そうになかった。

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