兼ねてより夢見た明かり


再び動けるようになるまでだいぶ掛かった


このまま死んでしまうのではないかとも思ったが

どうやら、そうはならなかったらしいな?


立ち上がり、そこに倒れている死体を漁る

他にやることも無いので仕方ない


よく分からない薬品や、用途不明の紙

生き物の爪や皮、砥石のようなモノに食料

水、意味不明な鉱石、独特な香りの花など


彼の持ち物は

随分としっちゃかめっちゃかな様子だった


とりあえず武器を回収しておく

良い剣はパッと見で分かる


それと、私の頭について

無視できない問題が浮上してきた


例えば彼が持っている荷物について

パッと見で何か分かる物とそうでない物がある


どういう基準で知識が授けられているのだろう

なにか一定の法則が存在する……のか?


使い道の分からない物については

正直、触れたり見たりするのは恐ろしい


もし、さっきみたいに突然爆発でもしたら

今度こそ本当に死んでしまうかもしれない

1度痛い目を見てからは、慎重になってしまうな。


だが時には勇気も必要だと考え

思い切って、大胆に触ってみたりもした

が、別段変わったことは起こらなかった。


拍子抜けだ


ある程度時間が経つと

死体の荷物を漁るのも飽きてきた


何せ大半が用途不明の品だからだ

推測しようにもヒントがない

何も無いところからは答えは出せない!


「……私は何をしたらいいのだ」


床の上に座って、腕を組み

うーんと唸りながら自問自答を繰り返した


なにか目的は与えられていないか?

ここが何処かという知識は備わってないか

知っている名前、名称は他に何があるのか


彼らについて知識はあるか

なぜ敵対したのか理由は分かるか?


不明、不明、不明

だんだん考えるのが嫌になってきた

これじゃあ闇の中にいるのと変わらないよ


生まれてないのと一緒だ

存在している価値もないし意味が無い

ここでこうしていても、何も始まらないな。


「動くべき?」


とりあえず散策に出ることにした

近くにヒントでも落ちているかもしれない


などと、


この場から動くために考えた

少々所ではなく無理のある理由を付け

私は、始まりの地を後にするのだった。


自分の呼び名を考えつつ……


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


戦いを経験したからか

肉体の動かし方に慣れてきた

今ではすっかり自分のモノとして扱える。


途中、変な生き物を見た

全身が鱗に覆われた細長い生物だ


彼らは私のことを認識すると

何故か一目散に走り去ってしまう

ひょっとすると格が違うのかもしれない

あるいは彼らにとっての天敵であるとか


もっとも、私にそんな自覚はないのだが。


他にも色んな生き物——と呼ぶには怪しい者もいたが——達と出会った、説明しきれないほど沢山だ


しかし、どれも共通して同じ反応を見せた

やはり格の違いという説は濃厚か?


それにしても、


代わり映えのしない穴蔵の中を

これだけ歩き回ったにも関わらず

自分と同じ姿の生き物が、何処にも居ない


自分の姿は確認してある

殺した男の荷物に鏡が入っていた

それで私自身の容姿は把握済みだ。


頭に2本の角が生え、髪は短くて緑色

肩や頬、お腹や脚に鱗の様なモノが生えており

鋭い牙と、鋭い爪、肌は白くて透き通っている


殺した人間達とはまるで異なる姿形だったので

彼らとは違う種族なのだと理解出来た

かと言って、自分が何かは全く不明なのだが!


しばらく通路を歩いていると

不意に、明かりが漏れているのを見付けた

これまで歩いてきて同じ現象に立ち会った事はない


明かりを使うのは今のところ人間だけ

つまり、誰かがいる可能性が高い


一瞬、近寄るか無視するか迷ったが

今更引き返したところで

私が最初にいて場所までは一本道だ


つまりこの先にいる誰かとは

そのうち会うことになる訳だ


早いか遅いかだけの違いならば

あえて後回しにする必要もあるまい


不意を突かれるよりは

自分から出て行った方がマシだ。


明かりの方に向かって歩いていく

曲がり角を進み、目的のモノが姿を表す


「……っ!モンスター!」


焚き火の前に座っていた女が

肩に立てかけていた剣を抜き放ち

こちらに向けてきた。



またそれか、お前も私をそう呼ぶのか

どうしてかは分からないがその言葉は不快だ

えも言われぬ嫌悪感を、心の奥底に抱かせる


女は


非常に低い姿勢を取った

胴体が地面にくっつきそうなほど

半身になり、剣を真っ直ぐこちらへ向ける。


彼女は小さく何かを唱えていた。


「幻門、七つの手記、解れた黄金の糸」


違和感を覚えた

敵と認識している相手に剣も振るわずに

どうして言葉を操る必要があろうものか


しかし、今の私は知っていた


剣や拳以外にも、相手を傷付ける方法がある事を

それは目には見えず気配を察知する事も出来ない

だが確実な作用として、私を害するのだと。


私は石を拾って投げようとして!


自分が


「……なに?」


広大な花の園に居ることに気が付いた


「なん、だ」


見渡す限り朱く、燃えるような夕陽が輝き

幻想的で美しく、見る者の目を奪う景色だった


頭の処理が追いつかない、理解出来ない

分からない、自分が何を見ているのかが

全くもって想像すら付かないのだ。


なんの気配もしない

警戒すべき対象が見付けられない


その時、頬に冷たいモノを感じた

手で触れてみる、それは雨だった


雨粒は徐々に数と勢いを増していき

やがて前も見えぬほどの豪雨となった


そして気が付いた


——体が溶けている!


私は急いで走った、でも逃げ場がない

屋根もなければ隠れる場所も何も無い

防ぎようがなかった、私は無力だった。


次に風が吹いた


痛い!この風は凄まじい激痛をもたらす

生きたまま皮を剥がれるような痛み


風に吹かれて花びらが舞った

まとわりついて離れない、逃れられない


我武者羅に暴れる、だが舞い散る花びらに

そんなことをしたって意味は無い

やがて花びらは私に幻聴をもたらし始めた


消せない、うるさい声を消せない消せない

ガンガン頭を打ち付けても改善しない


苦痛に喘ぎながら転げ回る


続いて雪が降った


雪は私の肩や頭に降り積もり、凍らせて

抵抗する間もなく一切の身動きを封じてしまった

腕も足もどの部位も、決して動かす事が出来ない


突然空が暗い雲に覆われた、輝きが始まり

ビカビカと雷鳴が轟いて……落ちた


ドガァァァァン!

全てを引き裂くような凄まじい音が鳴った

電撃が全身を駆け巡り、内側が焼かれる


神経が焼き切れる

あっちこっち痺れて動けない

音も聞こえない、なにも考えられない!


火の手が上がった


雷が落ちた所から炎が生まれたのだ

体の表面が焼け爛れ、欠けて零れ落ちていく

呼吸ができない、苦しみに耐えきれず気が触れる


泣いて喚いて叫んで転がって

上も下も、前も後ろも分からなくなる


やがて雲は晴れ、日によって陰りが払われていく

差し込む陽光はまるで救いの手のようだった

この地獄から救い出してくれる清らかな輝き


気が付いた


指先から順に体が崩れていくことに

ポロポロと、まるで風に吹かれた灰のように

なんの抵抗も出来ずに自分が損なわれていく。


触覚も痛覚も視覚も機能しない

分かることはただ、という事実のみ


殺られる、殺られる、殺られる

嫌だ嫌だ嫌だ、死にたくない、生きていたい

自分の居る意味すら分からず、こんな所で死ぬのは


……殺される?


誰に?あの女にか?でも、私はこの光に

意味のわからない現象によって死ぬのだ

ではコレを引き起こしたのは、あの女?


どうやって?一瞬で、一瞬で私を飛ばしたのか?

未知の力?どうして一挙に命を奪い取らないのだ

そういう手順を踏む必要がある方法なのか?

段階を重ねなければ命を取り切れないのか?

何故私はまだモノを思考することが出来るんだ?


いや、それよりも


傷が再生しないのは何故だ

溶けた肌も、雷に打たれた肉体も

焼けて爛れた喉も、崩れゆく指先も


1箇所たりとも傷が治らない

そういう効果があるモノなのか?

ならば剣を構えていたのは見掛け倒しか?

使いもしない武器を鞘から引き抜いたのか


それともあの剣が特殊で

構える必要があっただけなのか?


しかし、だとすれば

剣の形をしている理由はなんだ?


私が殺されるとすれば、光にじゃない

明確なる害意を持った凶器によってだ


傷が治らないのは阻害されているからではなく

もしかしたら、治す必要が無いからじゃないか


やたらと苦しませたうえ

トドメを刺すまで時間がかかっている訳は


思考を支配する痛みや

迫り来る死への恐怖から目を背ける

崩れ落ちる指先も、炭化した肌をも忘れろ


命を投げ捨てる覚悟で

私は、腰に差した剣を抜いて

全身全霊をかけて武器を振り抜いた!


ガギィィィン!!


手のひらに跳ね返ってくる鈍い感触

何かをはじき飛ばした感覚!


「……なんだと!?」


そして声、焚き火の前で聞いたあの声

私をモンスターと呼んだ薄汚い叫び声


——途端に晴れる視界ッ!


前を向く、剣を構える


「……は!冗談じゃないね」


痛快そうに笑ってみせる女


目を開く、両手がある、足もついている

肌は白く透き通り、痛みもなく傷も無い

何も失われず、死への恐怖も感じない


踏み込んで、切り掛る!


「傾く星々、忘れる希望、灰かぶりの穴蔵の中」


女はブツブツと何かを唱えながら

私の振り下ろした剣を弾き、切り返してくる


つま先で跳ね上げる、肩と腰を捻り突き込む

剣の腹で受け流される、剣突が放たれる


腕力を総動員して武器を振り抜く

甲高い音を鳴らし、奴の剣がはじかれる


「私を照らすのは暗月だけ」


戦いながら紡がれる言葉は

ゾクゾクと嫌な感覚を与えてくる


例えるなら怖気、無視できぬ危機

それを止めなければいけないという確信


踏み込もうとした所を蹴られ、仰け反る

肩から腰にかけてを斜めに切り裂かれる

返す刀で首を飛ばしに来る


相打ち覚悟で引き打ち

奴は攻撃を途中で止めて半歩下がった。


足が地面に着くと同時に踏み込み

急激に縮まった間合いに対応できない

肩を貫かれ、両足を切られ、目を失う


組み付いて再生までの時間を稼ぐ

足を払われて投げられる、受け身を取る

腕の力だけで逆に投げ返す、抜け出された


背中をざっくりと切られる

振り向きざまに剣を振る、鮮血が舞った

どこかを切ったらしいが致命傷ではない


詰めようとした所を押し飛ばされる

悪いことに体制を崩してしまった


「暗い渦中に届く導の残光」


斬撃が横に振られる

剣を盾にして防ごうとする


その瞬間、


奴の動きに合わせて

いや、ほんの少しだけタイミングを遅らせて

曇った紫色の残像が、いくつも生まれたのだ


ガァンッ!斬撃を受け止める

しかし、それでは終わらない


2発目がやってくる

モヤのような形をした剣閃が

最初と同じ起動を描いて放たれる


ガァン……ッ!続けざまにはじく

だがそれでは終わらなかった!続きが存在した

3発目、いや4発目、5、6、7、数え切れない!


ガードブレイク!顔、腹、腕、胸を切り刻まれる

思い切り後ろに下がる、奴は即座に追ってくる


軌跡の剣にのみかまけていると

本体が繰り出す斬撃を防げなくなる!


後ろに引こうにも

この女の追い足が早すぎてダメだ


あらゆる箇所が切り刻まれ、貫かれる

積み重なり、畳み掛けられ、降り注ぐ


対応しきれない、数が多すぎる

指が落ちる、耳が削ぎ落とされる

膝から下が飛んでいく、切り傷が増えていく


そして、治っていく


初撃を躱すと続けて10回

同じ軌道で同じ斬撃が生まれる


本体が更に攻撃を重ねると

また、光の剣が同様の挙動を見せる

逃げ場などあるはずも無い


だから、あの剣を振り抜かせてはダメだ

体に当たろうが削られようが刺されようが

なんとしてでも攻撃を途中で止める必要がある


光の剣は弾くことが出来ない

腕力で受け止められる代物ではない

強制的に本体の動きを繰り返す故に

障害物は一切の意味を成さない


つまり、1発でも振られてしまえば

それが致命的な欠陥となるわけだ!


弾くのは最初の一撃だけで良いんだ

体に到達する前に大きく弾き返してしまえば

剣の軌跡が体に到達することはない


攻勢に転ずるべきだ!


私は一か八か、彼女の間合いに踏み込んで

体と体が接触するほどの距離に入った


「む……!」


彼女は剣を振りつつ、後ろに下がった

つま先を踏み潰して初動を潰す

足が止まった、しかし攻撃は止まない


ガァン!打ちつける鍛冶屋の槌の様に

斬撃が何度も何度も放たれる

振り切らせない、前に詰めて押し込む


鍔迫り合いに持ち込む

これならば残光剣術も意味が無くなる


「彼方の……橋……!」


詠唱が始まった

戦術を切り替えるつもりか!


「対岸に見える、骸……ッ!」


ギャリギャリギャリッ!火花を散らして押し込む

剣に宿っていた光が消えた、時間制限があるのか


相手の武器をかちあげる、腹を切り裂こうとする

剣の持ち手、微妙に存在する隙間で受け止められる


ガァンッ!受け流される


刃が噛み合う、回される、姿勢が流れる

膝を蹴り壊される、飛び込んで反対の足で膝蹴り!


「んぐ……っ!」


奴の体が折れ曲がる、両手で突き飛ばす


体勢を建て直して切り返される

左肩で受ける、切られながら突き込んだ


ノータイムで繰り出されたカウンターに

女は対抗手段を持たない、喉を切り裂いた

しかし浅い、あれでは詠唱は止まらない!


「ごぼ……っ……導きが届く、最期の朝!」


そう呟いたのち


彼女は姿勢を低くし、剣を構えた

鋭い踏み込み、鬼気迫る気迫、恐るべき到達速度

妨害の刃など通用しなかった、叩き落とされる!


空中に道が生まれた、細い線のような道だ

それはふわふわと浮かび、蛇のように寄ってきた


武器にまとわりついて離れない

刀身に沿うように、その糸は巻き付いた


次の瞬間


——パキィィィン!


手に持っていた武器が

粉々に砕けて破壊されてしまった。


女の目が輝いた、それは勝利の確信であった

相手の獲物を奪ったからには

その先に待ち構えているのは約束された明日


無防備となった目の前の敵に

奴は最速の斬撃を放った


そして彼女は見ることになる


自分の体が切り裂かれる事など

これっぽっちも気にしないバケモノが


端から武器に頼らずとも戦える

生まれながらに強い体をもった怪物が


体を分断されながら

自身の顎に向け、拳を叩き込む光景を


——ゴンッ


顔が不自然な角度になる、目が見開かれる

剣を持っていた腕から力が抜けてつんのめる

力なく地面に倒れ込んで、立ち上がれなくなる


「は……っ……はぁ……っ」


凄まじい疲労感に襲われた

呼吸がままならない、立ってもいられない

膝を着いて荒い息継ぎをし、傷を癒す。


が、


「……なお、らん」


再生は途中で止まってしまった

胴体が斜めにズレている、動けばちぎれる

こうして座っていることしか出来はしない


「またこれ、か……」


そこに倒れている人間は、死んでない

すぐに息の根を止めなければ、また


きっとまた起き上がってくる


この者の闘志は凄まじい、とても強かった

勝てたのは運が良かっただけ、ほぼ死んでいた。


「……おの、れ」


だが、今の私には


「恨むぞ、強者め」


何をすることも出来なかった。

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