➁

 こんな大きなクランなのに、財政管理をしている職員がたったの三人というのは、どうなのかと常々俺はマルガスさんに言っているのだが、マルガスさんいわく、募集は掛けているとの事だが、如何せん、応募がないらしい。やはり、このクランを目指すのは、冒険者が多く。こういう裏方的な仕事は少ない。貰えるお金も冒険者の方が割もいいしな。


 この財政管理部の仕事は、主にクランに所属している連中の請求書の整理、働く職員の給料計算、冒険者の依頼報酬に対しての報酬分配計算などなどをしている。


 さっきマルガスさんが見ていた紙の束も、おそらく請求書やらなんやらだろう。はあ、仕事が無い時は本当に暇な時もあるのだが、ここ最近冒険者の依頼達成が続いていたりして、結構出払っていたから、その分こっちにくる仕事も多い。


 だが、クランの収入の主が冒険者による依頼達成報酬によっているから、なまじ文句も言えん。彼らが、稼いでくれねば俺達の給料も出ないのだから。


「ちょっと、先輩。手を動かしてくださいよ、サボってないで」

「ああ、すまん」


 スバルの言う通り手を動かさねば、増えていくばかりだ。机の上にある正方形の物体を片手で取り、俺に割り振られた、書類に目を通していく。財政管理において、計算能力は必須だ。だが、ウチみたいな大きなクランにもなれば、扱う金の桁がでかい。それを、暗算などすることは不可能に近い。そんな時に必須になるのがこの魔道具である。


 この魔道具には10個の魔石が等間隔に中央にはめ込まれおり、これが0から9に割り振られておいて魔石を押すと、この正方形の物の少し上の空間に文字が浮かび上がる。そして、10の魔石の右横に4つの魔石が縦にはめ込まれている。これは、足す、引く、掛ける、割るの、魔石になっており、最初に数字の魔石を押し、その後に計算に必要な魔石を押して、次にまた数字の魔石を押して計算できる。


 この簡単に計算出来る魔道具のおかげで、仕事の効率が各段に上がった。なので、この世界においてこの魔道具は必須なのだ。しかし、こんな素晴らしいものでも、不満があるとすれば、もっと軽量化して欲しいのと、『計算できるん』などとふざけた名前で申請したことだ。是非とも、こいつを上回る物を作って欲しいものだ。


 今、俺が目を通しているのは、ある冒険者の依頼達成による成功報酬の計算なのだが、相変わらずこの冒険者はこなす依頼の数も多ければ、達成する割合も高いな。


「それって、アストレイアさんの報告書ですか?」

「ああ」

「やっぱり凄いですよね、アストレイアさん。同じ女性として尊敬しちゃいますよ。強い上にそれを鼻にかける事もない謙虚さ、そして、優しい。女性の私ですら、好きになっちゃいますよ。それに、こうして、報告書や請求書の類もため込まずにその都提出してくれますし」

「確かにな」


 冒険者によっては、依頼達成の報告書やそれに必要になったアイテムの補充、装備品の新調ならびに修理などにかかる請求書をため込む冒険者も多い。ため込まれると処理が遅れて色々と面倒になるので、ため込まずに持って来てほしいと呼び掛けてはいるのだが……上手くはいかないものだ。


 しかし、この報告書の内容は凄いな。どれも、難易度が高い依頼ばかりだ。確か、彼女は三人パーティーを組んでいたはずだが、そんな少人数でこの内容の依頼をこなすとは、さすがこのクランのトップ組なだけはあるな。


 彼女は俺と同期なのだが、とは言っても向こうは冒険者、こっちはしがない会計係の一職員だ。この格差たるや。当時は冒険者としてはまだ駆け出しだった彼女だが、メキメキと頭角を現していき、気が付けばこのクランのトップ組にまで上り詰めた。なのに、俺はといえば、ようやく去年給料が少しだけ昇給した、本当に少しだったな。


「そっちは、誰のなんだ?」


 俺は、計算しながら、スバルに訊く。


「私は、エイガストさんのですね」

「エイガストかー」

「彼がどうかしたんですか?」

「俺、あいつ嫌いなんだよね」

「まあ、あの人はなんというか変わっていますから、多分職員の中であの人の事を理解している人は少ないんじゃないですか」


 エイガストはウーラオリオに所属しているB級冒険者だ。ちなみ、冒険者にはランクがあり、上からS、A、B、C、D、Eの順になっている。Bは中々に高い部類の冒険者になる。アストレイアはA級の上級冒険者だ。冒険者はCまで冒険者の数が多い。このBに上がるのが、冒険者の一つの目標である。


 冒険者のランクが上がるにつれ、受けられ依頼も多くなり、当然報酬も上がるし、指名で仕事も貰えた、クランの所属も引く手数多になる。このランク上げには、ギルドの提示する条件をクリアするのと、後はギルド職員による面談で問題が無ければランクアップになる。当然上に行けば行くほど難しいので、冒険者達は日夜頑張っているわけだ。


 そのB級冒険者であるエイガストの事がなんで嫌いかというと、あいつが話の通じないバカだからである。

 あいつは、なんというかな、俺とは絶対に合わないんだよな。それに、どこかで俺らの事を下に見てる気がするんだよな。だが、あんな奴でもこのクランに貢献はしているので、面と向かって強くは出れないのだが。


「ほら、二人ともおしゃべりをするのは構いませんが、手も動かしてください」

「はい」

「はーい」


 マルガスさんの言う通り、仕事に戻らなければ。そう思い仕事に戻り、少し時間が経った後、ドアがノックもなしに開けられる。その開けた人物を見た瞬間に俺の気分は一気に下がった。


「おい、会計係。終わったか」


 開口一番にいきなりのこの言葉、要件を言え、要件を!


「終わったって何がでしょう?」


 マルガスが入ってきた人物に問い掛ける。流石だ、なんて冷静なんだ。

「何がって決まっているだろう。依頼達成の報酬金の確定だ」


 マルガスさんに対してのこの高圧的な言葉を放つ全身ピカピカのアーマープレートを着ている、黒髪の男は、先程話題に上がったB級冒険者エイガストその人だ。しかも、取り巻きを数人一緒に連れて来ての来訪である。てか、マルガスさんは年上だぞ、敬意を払え、敬意を。


「あっ、はい、こちらに」


 スバルが紙を持っていく。入口側に置かれているテーブルは来客対応用のテーブルなので、スバルはそこで対応している。スバルが持っていった紙をひったくるような感じで取る。いちいち、行動が腹立つな、本当に。スバルから半ば奪い取った紙を見て、エイガストはある部分を指差しながら言う。


「この依頼達成の報酬金少なくないか」

「えっ、そんな事は…」

「今回の依頼、全部の報酬金を合わせれば20万ゼンは言っていたはずだ。なのに、なんでこんなに報酬金が減っているんだ!」

「それは……」

「お前ら、ちゃんと計算しているのか!」


 奪った書類をテーブルに勢いよく叩きつける。おいおい、どんな言い掛かりだよ。だったら、お前らが計算してみろよ。スバルが説明しようとするのを遮って大声を上げる。


「以前も説明しましたよね。ウチのクランでは所属している冒険者が達成した依頼の報酬金はその2割をクランのお金になるって」


 俺が横から割って入ってこの馬鹿に説明する。

クランによってはその割合は違うのだが、大抵のクランでは、冒険者が達成した依頼の報酬金は何割かをクランに収める事になっている。これは、そのお金でクランを運営していくために使われる。クランで提供するアイテムや装備、クランの設備改修修繕、後は俺達のような一般職員の給料になる。


 この割合はクランによって定められており、ウーラオリオは他と比べれば明らかに良心的な割合になっているのだが。


「本当にこれは正しい割合で計算されているのか?」

「はい?」


 どれだけ疑ってんだ、こいつは。だったらなお前が計算してみろや! しっかりと、クランの定めた割合で計算してるわ! こっちはな、毎度膨大な達成報告書の金額を計算してやってるんだよ。しかも、二重で確認してな。さっきのスバルの計算した物をマルガスさんが最終確認したので、計算に間違いはないはずだ。結局こいつはただ文句を言いたいだけだ。なんで、こんな奴がB級に上がれたのか、本当に謎でしょうがない。

 俺が何か言い返そうとすると俺を、マルガスさんが肩を軽く叩いてくれる。


「あなたが提出してくれたものはしっかりと彼女が計算してくれています。その金額に間違いがない事は、最後に確認した私が保証します」


 俺がこれ以上言えば、言い争うになっていたかもしれない。それを感じた、マルガスさんが冷静に答える。更に、エイガストが何か口にしようとする前に、マルガスが口を開く。


「あなた方冒険者が命がけで依頼をこなし得たものを無下にするようなことはしません。それに我々も、命がけというには言葉が重すぎますが、それに負けぬように日々真剣に仕事に取り組んでいます。なので、私達の事を信頼していただきたい」


 マルガスは毅然と言葉を放つ。同姓の俺からしても、やっぱりこの人はカッコいい人だ。この姿に俺はいつも敬意を持っている。


 エイガストもマルガスさんの態度に先程までの威勢が削がれたのか、言葉に詰まっている。


 そんな時に、予想外のところから援護射撃がとんでくる。

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