第22話 群盗蜘の巣(1)

“ボコォ…!”


「うおおっ…?! あ、危ねえ…皆も足元注意しろよ…!」


「はい…、カカ様も十分お気を付けて…!」


岩族ロゼの集落オアラーレを後にした私達は、初めてルーク達と会ったあの場所までの道を進んでいた。


相変わらず死と隣り合わせな危険な道のり…、今みたいに突然足場が崩れてしまうことさえ…もはや恒例…。


まず生きて飛空艇に辿り着くのが難関…。あともうちょっとの所まで来たが…まったく油断ならなくてひやひやする…。


私を含め、ルーク・メラニを除いた4人は全員1回死にかけている…。こんな所で死んだら絶対に化けて出てやる…、私があの集落滅ぼす…。


そんな思考を巡らせてながら、壁に背をつけて慎重にすり足で進んで行くと、この危険な道の終わりが視界の先に映った。


焦らず…かつ急いで進み、ようやく開けた道に帰ってきた。こんなにも地面のありがたみを感じた事はない…、母なる大地に感謝…。


「さあさ皆っ! ゴロ達と出会った場所までもうちょっとだし、もっと元気に行くゴロッ! レッツゴー! レッツラゴロー!」


山を恐れぬ若者2人は…どんどん先へと進んで行く…。後で知ったが、あの2人まだ16歳らしい…。わけェ…、私の錆びついた若さが霞む…。

※ちなみにナップ→19歳


元気いっぱいな岩族ロゼ2人の後に10代2人が続き…その後を20代2人が続いていく…。なんか年取った実感がしてヤダな…。


ニキと顔を見合わせ…私達は何を言わずに頷いてまた歩き始めた──。




     ▼   ▽   ▼   ▽   ▼




徐々に道がゴツゴツとした岩から草っ原に変わっていき、それからしばらくして飛空艇が見えてきた。


早速出発といきたいが、先に早めの昼食を挟んで栄養補給をする流れになった。なので昼食の準備をアクアスに任せ、私は念の為に飛空艇を点検して回った。


あちこち念入りに点検したが、動物・魔獣に荒らされた形跡もなく、今朝の雨で傷んだ箇所なかった。これなら問題なく飛べそうだ。


「カカ様ー! 昼食のご用意が整いましたっ!」


「おうっ、すぐ行くよ」


ドアを開けて中に入ると、良い匂いがここまで香ってきている。ただ普段と異なっている点は、下から賑やかな声が聞こえてくること。


階段を降りていくと、L字ソファーにきっつきつに座るニキ達の姿が見えた。あそこに私とアクアスも座るのか…、ぎゅうぎゅうだな…。


しかし不思議と嫌な気はしない、たまにはこういうのもいいもんだ。


昼食を運ぶアクアスを手伝い、全員揃ってから昼食に手を伸ばした。パンにスープ、特にメインである魚の香草焼きが絶品。


これは〝蝶羽鮭バタフライサーモン〟かな? ふっくらとした身に、パリパリな皮と羽の食感が癖になりそう。後でまたアクアスに作ってもらお。


「──さて、食いながら今後の動きについて話そうか。まずナップ、オマエは群盗蜘コレクトヤツザキグモの巣の場所を知ってるらしいが、詳しい生態とかは知ってるか?」


「うーん…まあ知ってるっちゃ知ってるけど、そんなに詳しい情報はないよ?」


ちょっと不安だが…何も知らないよりかはマシなので、スープを啜りながらナップからの情報を頭に入れた。


どうやら群盗蜘コレクトヤツザキグモの巣は、獲物を捕らえる用の蜘蛛の巣とは別に、洞窟の中などに巣を作るらしい。


コレクトヤツザキグモは名の通り、巣の周辺に落ちている物を〝収集コレクト〟する習性があるそうで、石版は恐らく洞窟内部の巣にあるという。


結局いずれは飛空艇から降りて…また自分の足で進まないとならないわけだ…。あー…考えただけで面倒だ…。


歩くのも嫌…洞窟も嫌…、そもそも蜘蛛が嫌…。これは今日中に終わらなそうだなと…そう思いながらパンをかじった…。


「結構大変な1日になりそうニね…。あっでも先に巣食う蜘蛛を倒せば、後は石版を探すだけでいいんだよニ? なら言うほど大変じゃないかも…?」


「ん? 群盗蜘コレクトヤツザキグモは1匹じゃないよ? 〝女王蜘蛛〟を中心に、山ほど他の蜘蛛がいるよ? 楽じゃないよ?」


「「 ニ…!?

   えェ…!? 」」


ニキの考えに大いに賛同しかけた矢先…希望をぽっきり折られてしまった…。なんだよ女王蜘蛛って…! 蟻か蜂じゃねえんだから…!


「巣作り兵に採餌さいじ兵でしょ? それに育児兵と戦闘兵がいて、それぞれ少なくとも50匹はいるだろうから…──まあ沢山だね」


「あぁ…アクアス…、私はどうやらここまでみたいだ…今までありがとう…」

「カカ様…?! 絶望するには早過ぎます…!」


ただでさえ虫嫌いなのに…それがうじゃうじゃなんて…、考えるだけで心が萎れていくようだ…。癒しが欲しい…子供達に会いたい…。


洞窟からわらわらと蜘蛛が出てくる様を想像するだけで…ひあぁ…身の毛がよだつ…。なんだかこの昼食が最後の晩餐に見えてきた…。


「これは時間がかかりそうニね…、早く食べて出発するニ!」


「う~…胃が痛いぜェ…」








昼食を終えてしまった私達は、現在シヌイ山の上空を飛行中。ぱぱっと見つけてさっと終わらせたくもあり…このまま遠くまで逃げたくもある…。


群盗蜘コレクトヤツザキグモがどれくらいのサイズか知らないが…、もし全長が私等より大きかったら発狂するかもな私…。


「見えてきた…! あの辺りが群盗蜘コレクトヤツザキグモの巣だよ…!」


前方に見えるはシヌイ山の頂、あそこら辺の鞍部に例の巣があるそうだ。近付くにつれて…どんどん私の気分が落ち込んでいった…。


護煙筒を焚きつつ、飛空艇の高度を下げた。鞍部上空に到達したので、一度空中で動きを止め、全員で甲板から下を覗いた。


そこには何やら白い線のようなものが、地面と壁の間を縫うように何本も張り巡らされていた。なんだろう…なんか思ってたのと違う…。


「アレがそうなのか…? 私の想像してた蜘蛛の巣ってこう…6角形みたいなイメージだったんだけど…」


「ああなんじゃない…? よく知らないけどさ…」


望遠鏡で見てみると、白い線の上に…何やらぐるぐる巻きの玉がちらほら確認できる。近くの岩と比較すると…馬並みに大きく見える…。


間違いなくアレが蜘蛛の巣なんだろうね…、えあぁ…気が乗らねェ…。


「ニー…肝心のクモの姿が見えないニよ…? ──ニわわっ…!?」


「どうしたニk…あっ? アイツどこいった…? ──…おおっ…!? ニキ…!?」


声だけを残して姿を消したニキ。右に左に目を向けるも姿は見えず、まさかと思って上を見上げると…そのまさかの光景がそこにあった…。


ニキが…でかい鳥型魔獣に肩を鷲掴みにされている…。知性生種も襲う危険生物〝人喰鳥ヒトハミドリ〟だ。


「我らがハプニングメーカー!! オマエまたかっ…?!」


「これに関しちゃニキ悪くないだろニ…!! ──ニー…!?」


私達のやり取りを完全に無視し、人喰鳥ヒトハミドリはニキを連れて山頂の方へと遠ざかっていく。


「クソッ…! 大体なんで近付けんだ…!? 護煙大筒ごえんだいとうは…!?」


「あっ…! カカ様大変です…! 護煙筒切れてます…!」


「ハァァァァ…!??」


私は甲板から身を乗り出して、飛空艇の側面を確認した。アクアスの言う通り…既に煙は止んでいて、飛空艇は丸裸の状態にあった。


なんでこんな事になったんだ…!? 私は確かにちゃんとアクアスに頼んだ筈だぞ…? アクアスがミスしたのか…? とても考えられないが…。


あっでも、確かアクアスに頼んだ時…──



“「俺達にやらせてっ! 俺達もなんか手伝いたいっ!」


「んー、そうだな、じゃあちょっと手伝ってもらおうか。物置部屋の棚に大中小の筒があるから、一番大きな筒を持って差込口にセットしてくれ」


「了解ゴロー!!」”



「──オメェ等が原因じゃねえかァ…!!!」


「ギャアアアアアアッ…?!!」


作業に携わった3人に平等に鉄拳制裁を下し、ナップは左頬を、私は右手を押さえて座り込んだ…。やっぱ硬ェわ岩族ロゼ…。


もし客を乗せてたら…そこそこの不祥事になっていた案件だなこれ…。しかしなってしまったものは仕方ない…、私の監督責任でもあるし…。


立ち上がって例の方向を向き直すと、人喰鳥ヒトハミドリの姿がどんどん小さくなっていた。いよいよマズくなってきたぞ…。


「まだギリギリ折畳銃スケールの射程内ですが…撃ちますか…?!」


「いやダメだ…! この高さから落ちれば…流石のニキでも耐えられないだろう…」


恐らくニキは巣に運ばれてる…、だが食べられたわけじゃない。ニキなら巣に運ばれた後で、いくらでも抵抗ができる筈。


ならば今私達がすべき行動は、飛空艇で人喰鳥ヒトハミドリの後を追うこと。幸い晴れたおかげで、アクアスの能力チカラが頼りになる。


私は全員に今の考えを伝え、飛空艇を動かす為に急いで艇内へと戻ろうとした。だがドアノブに手をかけた瞬間…──


「ああっ! ニキが…!」


メラニの声に嫌な予感を覚え…体を向き直すと、何故か人喰鳥ヒトハミドリが墜落しており、ニキも一緒に落下していた。


急な事に頭が回らず…落下するニキの姿が山の陰に隠れるまで動けなかった…。やがて我に返り、私は「きっと大丈夫」と言い聞かせながら飛空艇を進めた──。




     ▼   ▽   ▼   ▽   ▼




「あそこです…! あそこにニキ様が居ます…!」


「分かった…! 全員気を緩めるなよ…! ここはもうクモの巣だ…! いつ襲われてもおかしくない…常に周囲に気を張れ…!」


飛空艇を適当な所に停め、アクアスの先導のもと、私達はニキが落下したポイントに急行していた。


既に周囲には空から確認できた例の蜘蛛の糸がびっしり…。皆に注意喚起とかしたけど…正直一番ビビってるの多分私…、頼むから姿を見せないでくれ…。


「ここです…! 〝見た〟ところここにニキ様が…居る…筈…」


アクアスの言葉が途切れ途切れになった理由、その原因は私達にも目に見えていた…。縫うように張られた糸の上で…ぐるぐる巻かれた何かが動いている…。


大きさ的に…多分ニキだよな…? とりあえず生きてて良かったが…まあ見事に巻かれたもんだな…。お手本のようだ…。


「おーい…聞こえてるかー? 気分どう…?」


「んーー! んんーーー!!」


良かった元気そうだ、じゃあ安心してゆっくり助けてあげよう。しかしこれは…どう助けるのが正解なんだ…?


不用意に触れないしな…、うーん…色々試すしかないか…。



〔ケース1〝ナイフ〟〕


「慎重にな…! ほんっっとに慎重にな…! 赤色見えた瞬間に叫ぶぞ私…!」


「じゃあちょっと黙ってて? 集中できないから」


ニキの糸玉は少し高い位置にある為、一番背の高いナップに託された。ルークとメラニが重なってできた、不安定な足場での作業。


ナップはゆっくりとナイフの刃を糸玉に密着させ、慎重に手前に引いた。が…──そこからびくともしない…、接着面積は限りなく小さい筈なんだがな…。


思ってた以上の接着力だな…、ナイフはダメか…。よし次だ。



〔ケース2〝ノコギリ〟〕


「よしナップ、多少力を込めても大丈夫そうだ。よく考えりゃあの高さから落ちて平気なんだ、大木みたいに思いっ切りやれ」


「んんーーー!!」


「やりづらいなぁ…」


ナイフよりも最初の接着面積が小さいノコギリなら動くんじゃないかっていう、なんだか子供みたいな発想でやってます。正直期待してないです。


糸玉に刃をつけ、さっきよりも強い力でナップはノコギリを押した。ナイフと違い、ちゃんと刃は動いたのだが…それも最初だけだった…。


糸が絡まり…すぐにナイフ同様動かなくなった…。これで判った、この糸に刃物系はまるで意味を持たないと…。んー…次いってみよう!



〔ケース3〝水〟〕


「さあきた私の本命! 水ぶっかけりゃ大抵なんとかなるもんだよな! 岩背蟹オオイワショイクラブの粘液もそうだったし!」


「っと言うか…これでダメならもう他に手段がないのでは…」


試したことはないけど、なんか水に溶けそうな感じしないだろうか? 雑にぶっかけたらドロォ…って。


っということで水筒を手渡し、上からたっぷりと水をかけていく。これでニキの姿が徐々に露に…露に…──あら…?


水筒からこぼれ落ちた水は、糸を溶かすどころか糸の上を伝って全部地面に流れるばかり。水滴一つ着かず、ちょっと綺麗になっただけ。


「カカー…この糸水も弾くー…」


「マジかよ…最強だな群盗蜘コレクトヤツザキグモの巣…」

※元々蜘蛛の巣は水に強い


予想外の結果に、その場の全員が少しフリーズ…。触れられず…切れず…水に溶けず…、もしかして詰んだか私達…?


他に策がないのかと問われれば、一応まだあるのだが…あんまり使いたくないんだよなぁ…。ちょっと危ないから…。


だが渋ってもいられない…、なんせとれないのだから…。皆にあれこれ言われそうだけど…もうやっちゃおう。



最後の手段を試すため、私は黙々と準備に取り掛かった。皆が不思議そうな目で見てくるが…これが何かを知ったら驚愕するんじゃなかろうか…。


“──キーン…!!”


「えっ…まさか…、ヒィィ…?!」


高い位置から〝音〟が聞こえ、恐る恐る上を見上げると…見るも怖ろしいクモが私達をガン見していた。しかも3匹…! 気が触れそう…!


4つの赤い眼…紫色の体に赤い斑点模様…やっぱり裂けた口…、そして私とほぼ一緒ぐらいの全長…──ふぅ…意識が飛びそうだ…。


「 “キシャーーー!!” 」

< 魔獣 〝群盗蜘ぐんとうち〟 コレクトヤツザキグモ >


「ギャアアアッ…?! なんか牙伸びたァァ…?!」


こっちを睨む3匹の群盗蜘クモは…全長の3分の1程の長さの牙を、にゅっと口から伸ばして威嚇し始めた。


それに応じて武器を構える4人と、アクアスの後ろに隠れる私。遂に始まったのだ…、シヌイ山の未来をかけた戦いが…。私にとって最悪の1日が…。



──第22話 群盗蜘の巣(1) 〈終〉

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