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『少女小説を知るための100冊』 嵯峨景子

『少女小説を知るための100冊』 嵯峨景子


 タイトル通り、少女小説に特化したブックガイド。明治から令和、おおよそ百年間の間に出版された国内外の少女小説を百冊紹介している。他の本を読んでいる合間合間にパラパラめくって楽しむなどしていた。

 一世を風靡した作品や読む価値があるとされる名作をただ紹介しているのではなく、日本で刊行された順に紹介しているのが本書の最大の特色だろう。刊行時の世相などを参考に、少女小説の歴史そのものを俯瞰できるのがよい。


 さて、本書において少女小説は「少女を主たる読者層と想定して執筆された小説」と定義されている。

 少女小説にあまり興味がない人の中には「少女小説って女の子が読む小説でしょ、なんでわざわざ定義づけの必要があるのさ?」と不思議にお思いの方もいらっしゃるかもしれない。しかしこれはとても大事な作業なのである。

 というのも「少女小説とは?」と問われた際に思い浮かべるものが千差万別だからだ。ある人は『赤毛のアン』や『若草物語』などの翻訳物の家庭小説を思い浮かべるだろうし、ある人にとっては吉屋信子や中里恒子だろう。氷室冴子を連想する人もいれば、若木未生や桑原水菜を連想する人もいる。学園が舞台の恋愛小説を少女小説だと思う人もいれば、波瀾万丈の冒険ファンタジーを連想する人もいる。少女小説レーベルが縮小し、web小説やライト文芸などに拡散した現代では少女小説とは言いながら読者のほとんどが成人女性である……といった塩梅で、一口に語れないのが少女小説なのだ(近縁ジャンルのライトノベルも似たような難しさを抱えている)(ついでだけど、少女小説やライトノベルの定義論は迂闊に始めないほうがいい。そこいらじゅうを焼けのっぱらにしかねない危険な行為であるため)。

 ジェンダー論の観点から翻訳物の少女小説が読み直されたり、少女文化研究の一環として吉屋信子や川端康成(中里恒子)らの作品が取り上げられたり、ライトノベル研究から80〜90年代のコバルト文庫やティーンズハートが語られる等、各シーズンにスポットが当てられることは既にあった。しかし「少女小説」そのものの歴史を敢えて語ろうとする人はあまり多くないように思われる。

 本書では敢えてその歴史を語ることに取り組んだ一作であると言えよう。その挑戦によって、リバイバルされる作品の陰に埋もれた佳品や、少女小説ブームが起きる以前に人気のあったジュニア小説やケータイ小説など、今日なかなか語られる機会の少ない作品も掬い上げられているのが嬉しく、また一介の小説好きとしても役に立った。

 

 それにしても紹介されている作品の量が膨大である。メインの百冊の他にも「こちらもどうぞ」とばかりに他の作品も勧められているので読み応えがあり、単純に「著者はこれだけの作品を読んできたの!?」という驚きもある。中には大長編もあるのに……。すごいよ……。

 でもこれだけの作品があるというのに、現在本屋さんで購入できる作品は評価の定まった超名作とか、熱烈で大多数のファンに支えられている一部のタイトルに限られている……。時代を作った超人気シリーズですら、完結して数年経てば新刊書店の本棚から消えてしまう……。古本で読めるならまだいい方で、電書化すらままならなかったりするそんな儚い存在、それが少女小説……。

 それが大衆小説の宿命かもしれないけれど、できれば研究され、再評価がすすみ、あれやらこれやら懐かしい作品が読めるようになれば嬉しい。


 なお読んでいて楽しかったのは、SFやファンタジー色が強くなり、多数のBL小説をも生みだした90年代中ごろから後半にかけてのあたりですかね。自分がこの時期の諸作品に懐かしさを刺激されるのも大きいのだけれど、あらすじなどで紹介されているストーリーの内容が濃い。アニメや少年漫画、映画や海外のファンタジー小説の影響を受けていると思われる各種設定もとにかく濃い。この時期以前以後と比較するとイマジネーションのはじけっぷりが尋常ではない。エネルギーのほとばしりにはカンブリア爆発に通じるものがある……ような気さえする。

 そこについつい、今のように手軽に物語を公開できる環境なんて無かった時代に生きる書き手たちの、自分も物語を書きたいという強い欲求や激しい情熱を見てしまうのですよね。なんとなく元気がでる箇所でありました。

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