『いずれすべては海の中に』  サラ・ピンスカー

『いずれすべては海の中に』

 サラ・ピンスカー  市田泉 訳


 最新式の義手をとりつけられてからかつての自分は高速道路の一部だったという感覚を持つようになった男(「一筋に伸びる二車線のハイウェイ」)、死んでしまったおばあちゃんそっくりのロボットともにアメリカへ亡命する少女と父親(「彼女の低いハム音」)、平行世界のサラ・ピンスカーたちが集まるコンベションで起きたサラ・ピンスカー殺人事件の犯人を無数のサラ・ピンスカーの中から探偵役のサラ・ピンスカーが見つけ出すミステリ(「そして(Nマイナス1)人しかいなくなった」)等、奇想あふれるSF小説が七編収録された中短篇集。

 作者は『新しい時代への歌』のサラ・ピンスカーで、先の主人公の一人でもあるルースが登場する短編も一編おさめられている。もともとはこの短編の方が先に書かれていたらしい。日本での刊行順に沿って『新しい時代への歌』→『いずれすべては海の中に』の順で読んだが、本国では『いずれすべては……』→『新しい時代への歌』の順で刊行されたとのこと。


 去年あたりtwitterのSF小説読みの方々を中心に話題になっていた一冊だが、本書の帯に印刷されている、「アーシュラ・K・ル=グウィンや、ケリー・リンクの作風を受け継ぎながら、彼女自身の不屈の声が全面に響いている」というカーカスレビューの一文が読んでみる決め手になった(一年ぐらい積んでいたけど)。

 ル=グウィンは未だに読んでないけれど、ケリー・リンクの小説が好きなんである。ポップなマジックリアリズムとでも言えばいいのか、カートゥーンみたいな世界の中で語られる優しいような残酷なようなケリー・リンクの書く世界がとにかく好きなので未読の方にはできれば読んでもらいたいのだけども(ハヤカワ書房から『スペシャリストの帽子』、『マジック・フォー・ビギナーズ』※単行本版と文庫版がある、『プリティー・モンスターズ』の三冊が訳されている)、あの世界を思わせるような世界が書かれているならば読まねばなるまい……となった次第である。

 結果、カーカスレビューの評を信じてよかったと大いに満足して読み終えることができた。書かれている奇想や文体が好みに合っていた。

 『新しい時代への歌』はSF要素も面白いが、それよりもライブシーンや音楽にかけた願いや思いが胸を打つ泥臭くも熱くてまっすぐな小説の印象を受けたのだが、こちらは作品ごとに違った味わいの不思議な世界を垣間見せてくれるキレのよい短編が揃っていた。作風がかなり違うことにはかなり驚かされた。

 『新しい時代への歌』も良い小説であったが、好みの話になるとどうしてもこちらに軍配を上げてしまう。


 表題作は、ゴミ漁りの女性が浜辺で船から落ちたロックスターを見つける所から始まる一編。人類のほとんどが陸地を捨て、持てる者たちは生き残るために船にのって海を漂っているという世界の話で、本来なら出会うはずの無かった女と女が旅に出るという物語が単純に大変好みに合致していた。ロックスターが船から落ちるまでのエピソードもいい。

 インターセックスであろう少年/少女が、岬に棲みついたセイレーン退治に赴くことになった「孤独な船乗りはだれ一人」と、道路を走るクジラのような乗り物に乗った女二人がアリゾナ砂漠の中にある小さな町を目指す「イッカク」が特に好みだった(後者は「女二人の旅」、「アリゾナ砂漠」、「アメリカのハイウェイ沿いにある小さな町」、というこれを出されると好きにならざるを得ないアメリカ産小説の三要素が含まれていたのもかなり大きい)。

 なお、特に断りが無い限り、出てくるカップルは女性同士なところも言い添えておきたい。


 他の収録作もどれも面白かったので、未読の方は読まれるとよい。ついでにケリー・リンクの本も手に取って欲しい。古い本は図書館か古本屋に頼らないと無理だけど。

 

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