『雨に打たれて アンネマリー・シュヴァルツェンバッハ作品集』  アンネマリー・シュヴァルツェンバッハ

『雨に打たれて アンネマリー・シュヴァルツェンバッハ作品集』

 アンネマリー・シュヴァルツェンバッハ  酒寄進一 訳


 一九三〇年代、富豪で親ナチス派だった両親に反発して同性の恋人とともに中東を旅し、一九四二年に三十四歳で自転車事故により不慮の死を遂げた作家による短篇集。

 作品があまり遺されていないのは、反ナチス的な内容が受け入れられない両親によって、原稿が暖炉にくべられてしまったからと言われる。


 ヨーロッパに居場所が見つけられなかった寄る辺ない人々が、気候も文化も何もかもが異なる中東で出会い、ある者はその土地に溶け込み、ある者はヨーロッパ出身者とのコミュニティに属し、またある者は遺跡の発掘に入れ込む……といったそれぞれの人生を淡々とした言葉で語った内容のものが多い。訳者解説が「もしヘミングウェイがパリではなく、ダマスカスかテヘランで作家を目指していたら、どんな小説を書いただろう」という出だしで始まっていたけれど、必要最低限の言葉だけでストーリーが語られている所がヘミングウェイっぽい(ような気がする。よく考えたらヘミングウェイってほぼ読んだことがなかった)。


 貧しいユダヤ系少年がルーマニアから単身パレスチナを目指していたたものの捕まって未来の無い故郷に送還される現場に居合わせた旅人目線の物語である「移民」と、フランス人貴族と離婚してムスリムの夫を殺害した容疑で死刑判決を受けたものの後宮に入れられたのちにベドウィンを束ねる女王様になった女傑を取り上げた「ベニ・ザイナブ」、オスマントルコによるアルメニア人の虐殺をとりあげた歴史小説の「伝道」などが印象に残る。

 十分に物語映えする登場人物の人生や生き様も忘れがたいが、どちらかというと一九三〇年代の中東の風景や様子に惹かれるものが多かったかもしれない。パレスチナ、パルミラ、イラク、ペルシア……等、現代のニュースでも見聞きする土地の名前が、砂の下に遺跡が眠り、ヨーロッパとは別の価値観で生きるベドウィンなどの人々が力強く生きている。ヨーロッパやアメリカ主体の戦争で蹂躙される前の土地や人々が、(単なるエキゾチシズムによるものかもしれないけれど)苛烈ながら魅力的だった。

 ……よくよく考えたら、今日の中東事情が大変難しいことになっているのは、経済的に余裕のあるヨーロッパ人がヨーロッパ的なものからの逃避先に選んでいたような事情にも原因があるのではないだろうか? とめんどくさいことを思ったりしたが、一九三〇年代に書かれた小説にそんなことを言ってもアンフェアだろうな。


 心に残る小説集だったので、先の事情で残されている作品が少ないというのは大変勿体ないことのように思われるのだった。研究が進むことを望む。

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