第5話 第一章 出発 Photo frame house 

出発 Photo frame house


 これは俺がベルカと出会って、まだ間もない頃のできごとだ。


「ここから先は緩衝地帯になります。緩衝地帯には《大学》《教会》双方の人々が混在しています。そして、彼ら全ての身の安全を、我々緩衝地帯台湾支局は負うものとします。もしあなたがどんなに《大学》、あるいは《教会》の人間が憎くとも、彼らに対する攻撃は一切許されません。同意しますか?」


 窓口の防弾ガラス越しに、警備兵が穏やかな表情で訊ねる。オフィスの窓からは、埠頭に係留されたフェリーの船体が見える。


「はい。同意します」


 ベルカが頷くと、警備兵はまるでウェイターのような笑みを浮かべる。


「では旅券を発行します。これは緩衝地帯内での身分証であると同時に、あなたに緩衝地帯法の遵守を義務付ける首輪でもあります。ご了承いただけますか?」

「はい」

「では写真を撮りますので、こちらの書類を持って三番窓口へどうぞ」


 写真という言葉に、ベルカがぴくりと反応する。ベルカは普段、人造妖精の証である耳――同時にそれは俺の人格を憑依させた万象記録素子センサでもある――を隠すために帽子を被っている。


 証明写真を撮るのに、帽子を取れと言われたらどうしようと、不安に思ったのかもしれない。


 ▽大丈夫だ。安心しろ。

「あぁ、帽子は被ったままでも大丈夫ですよ。好きなように写って頂いて構いません」

 ▽ほらな。

 

 頬を強張らせた自分の顔をまじまじと見つめるベルカに、乗船ゲートの警備兵が手を差し出す。


「旅券と乗船券を」


 出来たばかりの旅券と乗船券を手渡す。警備兵が旅券を端末にかざし、乗船券の半券をちぎる。


「どうぞ。これで乗船手続きは以上です。船の中はもう台湾緩衝地帯となります。良き滞在を」



      *        *        *



 フェリーが出航すると、俺はベルカを甲板に誘った。


 ▽やっぱり船に乗ったらまずはここだな。


 顔に吹き付ける潮風に目を細めながら、ベルカは目の前に広がる海原に目を見開く。


「街から見るのとぜんぜん違うね」

 ▽そりゃそうだ。船の上だからな。


 カモメの群が、俺たちのすぐそばを飛んでいた。


 ▽売店で売ってる菓子を放り投げると、あいつら空中でキャッチするぜ。

「ホントに?」

 ▽後で試してみたら……あ、いや。


 揚げ菓子をつまみながらカモメにエサをやるベルカ。そんな彼女の姿を思い描いた俺は、自分の想像の無神経さに内心舌打ちする。


「台湾に着いたら、どこに行く?」


 気まずい沈黙を断ち切るように、ベルカが明るい口調で問うた。


 ▽そうだな。とりあえず、俺が使っていた貸倉庫に行こう。

「貸倉庫?」

 ▽荷物を仕舞ってた倉庫があるんだ。装備の予備とか、古い手紙とか写真とか、まあどうでもいい私物ばっかりだけどな。ベルカにやるよ。


 俺の説明に、ベルカがほんの少し身を固くした。それから上目遣いで訊く。


「いいの?」

 ▽もちろん。といっても、大したものはないけどな。

「手紙、あと……写真も?」

 ▽ん? ああ、要らなかったら捨てていいぞ。

「捨てないよっ!」


 いきなり大きな声になって、ベルカが首をブンブン横に振る。


 ▽お、おう。そうか……?

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