カケルの日帰り異世界、夢気分!
snowdrop
さよなら、オレのささやかな日常・1
伊瀬カケルは、いきなり異世界にいた。
「おっ」
思わず笑みを浮かべつつ、あたりを見回してみる。
窓ひとつない、石造りの部屋。
それでいて、室内はふしぎと暗くない。
積まれた巻物や平積みの本が置かれた棚の横には、理科室のものとはすこしちがう、怪しげな実験機材の数々がならんでいた。
「おおおーっ」
部屋の隅っこでカケルに視線をむけているのは、頭から黒い布をかぶった、いかにも魔導師姿の人。
「おおおおおおおおおおおおおーっ」
カケルが立っている床より一段高くなった台座には、大きな円の中に星の印が描かれた魔法陣。
「こ、これだぁーっ」
カケルはその場で親指を鳴らした。
「オレは、こーゆーシチュエーションを待ち望んでいたんだっ」
魔導師は、棒立ちになって、カケルをみている。
「重いランドセルを背負う毎日の通学や受験勉強、『将来に備えろって』おどしてくる親や担任の、うっとおしい小言もなにもかもからオサラバだっ、ひゃっほ~」
日頃のうっぷんを、すべてぶちまけるかのようにカケルは、両腕を突きあげて叫んだ。
「……あ、あの……もしもし」
魔導師は、かぶっていたフードを取る。
二十代くらいの、つかれた顔をした、黒髪の女性だった。
「へえ~~~」
カケルは、ぴょんっ、と台座が飛び降り、魔導師をまじまじと見上げる。
「も~ちょっと若くても良かったんだけれども、まあ、よしとしよう。美人だから、許すっ」
「……きみは、この状況を……おどろかないの?」
「とーぜんだよっ」
声をふるわせてつぶやく魔導師に、カケルは胸を張って腕を組み、
「いきなり異世界に呼ばれるシチュエーションなんて、ネット小説やマンガ、アニメなど、それこそ毎日うじゃうじゃと大量生産されて、腐るほどあふれかえってるからね。新鮮味がないっていうか、飽きられてるくらいだよ。こんなことでおどろいてたら、小学生なんてやってられないってーのっ」
「……よく、わかりませんが」
「オレが思うに、この世界は戦乱のまっただ中にある。どーしようーもなくなった弱小国が生き残りをかけて、別の世界から英雄や勇者を呼びよせて乗り切ろうと、魔導師にオレを召喚させたに違いないっ」
「ま、まあ……、あたらずも遠からずではあるんですけれど、もうすこし言葉をえらんでいただけたら……」
「さらにオレには、召喚されたことにより神スキルが与えられてるはずだっ」
「……えっ、そうなのですかっ」
「無限な力と魔法が使えて、敵をばっさばっさとなぎ倒し、世界を混乱と破滅に導く魔王すらもやっつけて、世界に平和をもたらす救世主になるんだ。んでもって、キレイでカワイイ王国のプリンセスと結ばれるってわけよっ」
えへへ、と笑うカケルの顔がにやけていく。
「……いや、さすがにその話は盛りすぎなのでは」
魔導師の言葉にかまうことなく、カケルは話をつづける。
「へへんだ。盛ってるなんて、とーんでもない。みくびっちゃーいけないよ。オレが子供だからごまかせると思ったら大間違いだって。ちゃーんと知ってるんだから」
「な、なにを……ですか」
「ふふふふっ、ご都合主義のテンプレートが、異世界もののド定番だってことをさっ。というわけで、そうと決まれば、この世界の状況を説明してくれたまえ……って、ちょっと、お姉さん、どうして頭かかえてるの?」
「……い、いや……ちょっと」
部屋の隅でうずくまっている魔導師は、よろよろと身を起こし、
「ま、まあ……なにはともかく、話をはじめないわけにもいきません。とりあえず、名乗らせてもらいます。わたしの名はルミ・エール。パルミスタン王国で魔導師をしています。ルミとお呼びください」
「ども。オレは伊瀬駆流。十一歳」
「イセカケル……ですか」
「カケルでいいよ。みんな、そう呼んでるから」
答えると、さっと右手を差しだす。
「はあ……どうも……」
わけもわからないといった具合に、魔導師はカケルの手を握り返す。
「ではカケル、いまの話でいろいろ教えてほしいことが」
「ねえ、ルミはいくつなの? 年齢」
「……わたし、ですか? 十八になりました」
「えええええええええええ~っ」
とつぜん大声をあげたカケルに、ルミはおどろいてカケルの手を放した。
「もっと年上かとおもったー。大人びているというか、若さが足りないというか……すっぴんだからかな」
「スッピン……はわかりませんが、仲間内からも、たまに、やつれた顔とか老け顔とか……研究ばかりしているせいでしょうかね……ははは、はぁ~」
乾いた笑いをしてみせたルミは、肩を落としてため息をついていた。
「お休みをとって、しっかり食べてぐっすり寝て、お日さま浴びないと病気になるよ」
「オヒサマ……王のようなものでしょうか」
「人じゃないよ。空に浮かんでるだろ」
「昼間の空に浮かんでる光天体、でしょうか」
「コウテンタイ? お日さまは、太陽だよ。まぶしくて、あったかくて。ビタミンDが体の中でつくられるから」
「はい?」
ルミは思わず首をかしげた。
「ビタミンディ……とは、魔力ですか?」
「魔力じゃなくて、免疫力をあげてくれるんだよ。浴びすぎると、シミやシワの原因になるし、暑い日に走りまわってると、熱中症でたおれちゃうけど」
「はあ……そうなのですね。ところで教えてほしいのですが、『ショガクセイ』はやってられない、とおっしゃってました。いったいどういうものなのですか」
「ええっ、異世界に小学生はない? ……つまり、学校がないの?」
つぶやいては眉をよせ、台座に腰かけて首をひねった。
説明するには、義務教育だの、社会のしくみまで説明しなければならなくなる。
そんな話を説明するのはむずかしいし、簡単にいえるほど理解もしていない。
「小学生っていうのは、つまり……ありとあらゆる基本的なことを勉強して学んでいる集団グループかな」
「ありとあらゆる……というと?」
「自分の国や他国の文字の読み書きはもちろん、数式の計算、政治や社会、経済、自然科学など、世の中がどんなふうに成り立っているかとか……絵を書いたり粘土をこねたり、料理や衣服を作ったり、跳んだり走ったり泳いだりもするし……そうそう、昼には給食を食べるんだ。もちろん、自分たちが使っている教室のそうじや、片付けもする」
「ほぉ……」
カケルを見るルミの目に、尊敬の色がまざる。
「つまり、ショガクセイとは、たくさんの賢者を育てているところなのですね」
「そのとおり」
いや、ちがう。
ちがうのだけれども、どう説明すればいいのか、カケルにはわからなかった。
考えれば説明できたかもしれない。
だけど、『賢者』という言葉の響きのカッコよさにしびれて、小学生は賢者だと納得してしまった。
「なるほど、だからいろいろな知識をお持ちなのですね。わたしよりも幼いカケルが賢者であるのでしたら、そちらの世界の魔法研究は、かなり進んでいるのでしょうね」
カケルに目線を合わそうと、立て膝をついてしゃがみこんだルミの、好奇心あふれる瞳を向けられて、
「ん~~、まあ、こっちの世界のものとはちがうかもしれないけど、オレたちの世界には『科学』が進歩してる」
「……科学、ですか」
「こっちでいうところの魔法みたいなものだよ」
「呼び方がちがうのですね、なるほど」
「遠くにいる人と話をしたり、乗り物に乗って空を飛んだり陸地を速く移動したり。その場にいながら遠くの場所へ行った気になれたり、自分がしていることを遠くにいる誰かに見せたり。それらをすることで稼ぐこともできる。道具やお金と方法をしっていれば、誰でも手軽に利用できるんだ」
「はあ~、なんとすばらしい」
うっとりとした表情を浮かべ、ルミは感心しながら声をあげる。
「伝説にある理想郷とは、まさにカケルのいる世界のことだったのですね。そのようなすばらしい世の中なら、戦争などないのでしょうね」
「んー、そんなことないよっ」
カケルは、ぶるんぶるんと首を横に振ってみせた。
「世界を巻き込む戦争は二度もあったし、その後も国同士の争いや侵略戦争はなくならない。戦争を食い止めようと、ぶっそうな武器を送って、火に油を注いでる感じもあるし」
「それは、どういったものなんですか?」
身を乗り出してルミが聞いてくる。
「どういえばいいのかな、鳥よりも速く空を飛んでいき、ぶつかると大爆発……大きな都市を一瞬で吹き飛ばして放射能……つまり毒のような呪いをかける武器もあるんだ」
「ま、まさか……大きな都市を一瞬で?」
声をあげたルミは、驚きのあまり腰を落としてしまった。
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