保健室の先生視点

 韓国からの転校生いむ盧羅のらさん。

 彼女はクラスで孤立しているが、そんな彼女に唯一話しかける男子がいる。

 

 どうやら彼ら彼女らは両思いなのだが、お互いに片思いだと勘違いしている。


 普段は機械翻訳で会話しているようだが……なんだか噛み合っているようには思えない。


 というわけで、少しだけ聞き耳をたてさせてもらおう。


 仕事のついでに、少し遠回りしていむさんのクラスに向かう。


 そして水分補給をするふりをして、いむさんの教室の前で立ち止まった。


 彼らは窓際にいるので声は聞こえづらいが、耳をすませばなんとか聞き取れた。


「……ねぇ……もう一回、僕のことゴミって言ってみて」


 飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。咳き込んで、慌てて姿を隠す。周りの生徒に不審がられたが、気にしていられない。


 な……え……? あ……なに? なんて? 彼は今なんて言った?


――もう一回、僕のことゴミって言ってみて――


 そんな言葉が聞こえてきた。


 いや……気のせいだ。聞き間違いだ。そう思って、また彼の言葉に耳を傾ける。


「ちょっと罵倒してみてくれると、嬉しいかも……」


 聞き間違いじゃなかった。たしかに彼はそう言っていた。


 え……? 彼は、そういう趣味なのか? たしかにいむさんはクールそうだし……彼女にゴミとか言われたらなにかに目覚めそうだけれど……


 というかいむさん……彼にゴミって言ったの? なんかやたら困ってそうに見えるけど……


『そ、そんなこと言われても……あなたが言えっていうから……』


 言わされたの? 彼からお願いしたの? ゴミって言ってほしいって、彼から言ったの?


 ……


 いや……生徒の性癖を笑うべきではない。受け入れないといけない。それが大人の役目だ。


「そこまでは目覚めてないかな……」そうなの? だいぶ目覚めてるように見えるけど……「もうちょっとマイルドに……」

『……空に浮かぶあの雲から……私はあなたを連想します……』


 どんな罵倒? それは罵倒なのか? なんでそんな詩的な表現を?


「マイルドすぎる……」


 マイルド……? マイルドなのか……? なにをもってマイルドなんだ……?


 わからん……若者の会話に、おばさんついていけない。


「えっとね……踏んでくれるくらいで……あるいは、ゴミを見る目で……」

 

 うん……彼はその道に目覚めたのだろう。ならば、否定してはいけない。受け入れないと……


『雲間の太陽のように、あなたは眩しいです……』

「そうそう。それくらい」


 なにが? これはマイルドじゃないの……? ちょうど良い罵倒だったの? 罵倒が詩的すぎてわかんない。


「ご、ごめん……やっぱり今のなし……」

『私は……やっぱり……あなたが、好きみたいです』


 なぜ急に告白した? なぜ? どうして? どこに告白する場面があった?

 

 ……


 いむさんは……Sなのだろうか……それで彼がMだったから、気が合った?


 ……


 わからん……もう私は……どうしたら良いのだろう……

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