保健室の先生視点 2

 ノックとともに入室してきたのは……噂の彼だった。いむさんの隣の席の、機械翻訳の彼。


 見ると、手元にはプリント。


「いらっしゃい。どうしたの?」

「えっと……このプリントを渡すように言われて……机の中を勝手に見るのも失礼だし、僕が持ってると忘れちゃいそうで……」


 なるほど。いむさんが保健室にいる間に配られたプリントか。それを渡しに来てくれたわけだ。


 ……日本語で書いてあるし……あとで翻訳してあげよう。


「ありがとう」彼にお礼を言ってから、「……そういえば、キミはキーボードが得意?」

「キーボード……? ピアノなら習ってましたけど……」

「そうなんだ。ありがとう」


 つまり……彼らはちゃんとキーボードの会話をしていたわけだ。翻訳設定をミスっているのかと疑ったが、そんなこともないようだ。

 まぁ今どきの翻訳ソフトは使いやすくなっているし……高校生の彼が間違えることもないか。


「じゃあ……せっかくだし、ちょっと2人で話したら?」私は立ち上がって、「ちょっとだけ私は席外すから……」

「あ、はい。わかりました」


 実は他の仕事があったりする。いむさんを一人にできなかったので移動できなかったが、これを気に済ませてしまおう。


 というわけで若者2人を保健室に残して、用事を済ます。


 用事と言っても、他の先生に少し言伝をするだけ。軽く済ませて、10分ほどで保健室に戻ってきた。


 カーテンの中で、2人の話し声が聞こえてきた。


「そっか……やっぱり世界を救うとなると、そうだよね……」


 なんでそんな会話になった? 私が10分席を外している間に、なんで世界を救っている……?


 ……ゲームの話だろうか……最近のゲームはあまり詳しくないのだが……


『やはり最重要は扇風機ですね……』


 世界を救うのに? 熱中症の話? 


「となると……さっき言ってた、マギアトルネード?」


 マギアトルネード……?


 扇風機マギアトルネード……?


『扇風機が進化してカエル……?』

「そうなんだ……たしか前は魔王だったよね」


 魔王扇風機マギアトルネード? その正体はカエルだった?


 やはりこの2人の会話……なにかがおかしい気がする。

 しかしいむさんは彼との会話を、とりとめのない会話と表現していたし……案外これが正常なのか?


「き、急に下ネタ言われても……」


 別に下ネタは言ってないと思うけれど。


『あ、ご、ごめんなさい……』


 なぜ謝る? 謝ったら下ネタ言ってるの認めることに……


 あ……まさか……扇風機マギアトルネードって、なにかしらの隠語なのか? おばさんの知らない隠語なのか?


 いや……さすがに学校の保健室でそんな話しないよな……


『なら、見せていただけますか?』


 なにを? 


「え……そんな……それは、ちょっと……」

『ちょっとだけ……ダメですか……?』

「が、学校だよ……?」


 ダメな会話してない? 学校の保健室だよここ……いや、だからこそ燃えるのか?


 というかなにを見せようとしているんだ……? 扇風機マギアトルネード? 下半身の扇風機マギアトルネード

 私は何を言っているんだ……? 下半身の扇風機マギアトルネードってなんだ? というか扇風機マギアトルネードってなんだ?


「え……? ついに聖剣が……? そんな暴走したら……」

『せっかくですから……私がやりますから』


 全部危険な言葉に聞こえてきた。最近の若者って積極的なんだな……


 いやまぁ……本当はそんな会話してるんじゃないんだろうけど。私が勘違いしてるだけなんだろうけど。


 というか……彼らは……保健室に来るたびにこんな会話をするのか? というか、教室でいつもこんな会話をしているのか?


 うーむ……


 どこかで、探りを入れるべきかもしれないな。

 どうして彼らの会話は、ここまで噛み合わないのだろう?

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