第4話 護衛らしくない護衛

 ファノンとセリスが魔法聖騎士学院に入って一ヶ月が過ぎた頃、聖都から少し離れたハーヴェスト領であるベントの執務室に男が訪れていた。

 風貌ふうぼう優男やさおとこという表現が合うが、この男は聖都にあるハーヴェスト邸の警備長であり、元第七騎士団で隊長もしていたシム・ハビット。

 騎士団で隊を持つというのは、その団のなかで実力者であるということを意味した。



「どうだ? 大体の把握はできたか?」


「難しいところですね」


「どういうことだ?」


「セリス嬢が仰っていたように、彼は水属性で間違いないでしょう。申告通り戦闘スタイルも魔導士の戦術を取っています。

 青の世界などの上級魔法はまだ見ていませんが、魔法発現スピードに於いて私では相手になりません」


「お前でもか?」


「彼の適性が魔導士ということを考えれば、あり得ない話ではないですね。何度か直接訓練もしましたが、距離の取り方が特殊ではありましたね」


「どういうことだ?」


「彼の戦術は近接戦闘に近い中間距離が多いのです。魔導士であれば近接戦闘は避ける必要があるため、遠距離で近づけない戦術を取るものです」


「なら戦闘経験などが未熟ということか?」


「……正直測りかねているところです。強引に近接戦闘に持ち込んで見極めようとしてみたのですが、巧みに魔法で弾幕を張られてしまって距離を詰められませんでした。

 それも本気ではなかったように思われるので、私でも本気で相対した場合無傷というわけにはいかないかと」


「お前が相手をしたということを考えれば、十分な実力は持っていそうだな……。

 結果的にはセリスが言っていたように、本当に八〇万リルなら安かったということか」


「そうなるでしょうね。下手な騎士、魔導士より実力面では確かであると考えます」


「そうか……。あれでもう少し礼儀があれば言うこともないんだがな」




 魔法聖騎士学院は三つの科に分かれている。ファノンたちが在籍している魔法騎士科、魔法戦を主戦とする魔導士科、神の奇跡である神聖魔法を扱う聖騎士科。

 当然科によってメインとなる講義の内容は変わってくる。

 魔導士科であれば攻撃魔法の習得や、その戦闘方法などになる。

 聖騎士科は魔力を持たない者もいるため、魔力による身体強化ができない者もいる。

 だが回復魔法や、属性に左右されない盾を具現化などサポート的なところもしっかり学んでいくことになる。

 魔法騎士科は魔力による身体強化で、魔法を交えた近接戦闘がメイン。

 魔法騎士にとって最強戦術とされるヴァルキュリア戦術は、習得できるかは別として当然意識するものであった。



「ヴァルキュリア戦術は超高等技術である。元々のオリジナルは雷属性の魔法とされ、雷を身にまとった高速戦闘を可能にしていたと言われている。

 だが知っての通り、雷属性はまともに使える者はほぼいないと言っていい。 

 それは当時も同じで、邪神リリスや魔神と戦うために考案されたのがヴァルキュリア戦術である。

 残念ながら水魔法と土魔法に於いてのヴァルキュリア戦術は今も確立できていない。

 そして習得できるのは団長レベルでもそう多くないのが実情だ」



 憧れと言ってもいい戦闘技術であり、学生たちはいつも以上に講義に耳を傾けている。

 そしてそれはセリスも同じだが、ファノンはそうでもなかった。

 ファノンは今までギルドで魔物の討伐を何度もしてきていたため、大概の知識は経験と一緒に持ち合わせている。

 たまに知らなかったことなども得られるが、大抵は知らなくても問題ないことであった。



「先生! 聖遺の召喚を模索する方法などはないんですか?」



 セリスに一瞬視線を向けて、男子学生が質問を投げる。

 測定でセリスやエルザと同じように好成績を出していた男子学生、パウロ・ニールだ。



「ヴァルキュリア戦術は考案されたものであるため、習得までの考え方などはある。だが聖遺は召喚者側ではなく、聖遺の意思によるところが多いとされている。

 簡単に言えば聖遺次第であり、お前たちがどうこうできるものではないということだ。

 セイサクリッドの騎士団長でも聖遺を使えるのは、総督である第一騎士団長ファウザ・ブライト殿だけなんだからな」




 学院から戻ったファノンは、一つの提案をするためにセリスの部屋をノックした。

 そう間を置かずに開いたドアから、訓練のために着替えたセリスが顔を出す。



「少し早くないですか?」


「いや、今日は訓練は休みにして夕食を外で取らないか?」



 ファノンの提案に、に落ちないような顔をセリスが浮かべる。

 ファノンは基本的にフットワークが軽いという感じではない。セリスが買い物に行くにしても、唐突になった場合などは護衛のくせに文句を言うのだ。

 食事にしても美食家というわけでもないため、わざわざ外で食べようなどと提案してくるのもセリスからすれば意外だったのだろう。



「なにか食べたいものでもあるんですか?」


「この一ヶ月で動くことくらいはできるだろうから頃合いだと思ってな」


「どういう意味ですか?」


「セリスは気付いてないかもしれないが、最近ちょくちょく見張られてた可能性がある」



 まったく予想していなかったことなのか、セリスが怪訝けげんな顔を向けてくる。



「たぶん狙いはセリスだろ。この前一人逃してるしな。あのまま向こうが引き下がれば放っておいてもよかったが、こうなるといつかは襲撃を受けることになる。

 どうせ襲撃されるなら迎え討つ方が安全だと思ってな」


「護衛とは思えない言葉ですね?」


「あくまで一つの提案をしてみただけだ。セリスが却下なら忘れてくれてかまわない」


「…………」



 ファノンが提案したことは、護衛であればきっとしない。

 ターゲットであるセリスをおとりにして迎え討つとファノンは言っているからだ。

 だがファノンの提案がリスクだけではないというのも理解できるのか思案していた。

 前回のときもそうだが、基本的に護衛側は後手にならざる負えない。

 基本的に襲撃のタイミングをコントロールすることはできず、襲われてからの対応にならざる負えないからだ。

 だがこれがわかっていたのならば、セリスにしても心構えができている状態となる。

 この一ヶ月は学院だけではなく、家でもセリスは訓練をしてきていた。

 前回襲撃された状況から、諦めずにくる可能性が高いとファノンが言っていたからだ。



「わかりました。どうせ襲撃されるなら、私もわかっている方が気持ち的に楽です。

 もちろん返り討ちにできるだけの自信があるからの提案なんですよね?」


「まぁなんとかなるだろ。それに来ると決まってるわけでもないしな」

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