第3話 涙目の転校生

 トモコが転校してきたのは5月のゴールデンウィークを過ぎたころのことだった。


 まだ夏ではないけど蒸し暑く、衣替えの時期でもないから、つめえりの学生服を着ているアツシも教室では脱いで長そでをまくって暑さを紛らわしている。


 それにくらべてトモコは相変わらずのセーラー服で、上から下まで黒いそれがアツシからすれば見ただけで暑くなる。


 トモコを包んだ転校生フィーバーは、初日のあの時だけであっけなく終わりを迎えた。


 なんてことはない。トモコがまともに話すこともできず、授業中などは体育を除けばアツシが独占しているからだ。


(そんなつもりはないのに……)


 むしろアツシとしては早く教科書をそろえたらいいのに、などと思ってたりしてトモコ専属みたいな立場からもそろそろ抜け出したいところだ。


 この頃になるとアツシもある意味で慣れてしまい、休憩時間にはトモコがすぐ隣にいても構わず本を読むようになった。


 そんなアツシの姿をトモコが時折じっと見て、読んでる内容まで覗いていたりすることにはアツシは気づいていない。


 トモコとアツシがろくな会話をすることもなく迎えた6月の後半。


 教室から見える外の景色は黒い雲におおわれていて、地面にはいくつもの水溜まりが出来てその水面を打ち付けているものがある。


 梅雨、である。


 この時期になると衣替えも済んでアツシは半袖のカッターシャツで、教室のクーラーもあり暑い思いはしてないはずだった。


(なのに、暑い気がするのは……)


 トモコがいぜんとして、黒い冬のセーラー服だからである。


 アツシには、というよりクラスメイトの誰もが疑問に思っていることがある。


 トモコはいまだに制服どころか教科書のひとつもそろえていない。


 それはきっとみんなが思っていて、隣にいるアツシはなおさら思って気にしても仕方ないはずである。


 だから、アツシはそれを口にした。


「……与那国、さんは……いつ教科書を買うの?」


 アツシとしては、それを聞く権利は当然あると思っている。


 小学校から、中学に入ってからも友だちの少ない陰キャな自分がずっと知らない女子の面倒を見ているのだ。


 そのうえ教科書のひとつも買わないのだから終わりも見えない。そろそろ文句も言いたくなる。


 だから、当然にそう口にして、トモコが「ごめんなさい」と口にしたことでアツシは満足した。


 思えたから。陰キャの自分よりも、日陰者なんだと。


 理由なんて聞く気もない。これ以上深く関わりたくないから。


 だから、トモコの申し出には全力でノーと言いたかったはずである。


「今日、わたしの家に来てくれますか?」

「……う、うん」


 トモコは泣いていた。初日のように目に涙をためて、それでも流すことなくしっかりとした声でアツシを誘った。


 そんなトモコにアツシは負けたのだ。陰キャより日陰者のトモコよりも、気弱であったのだ。



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