激化していくデスゲーム



「ヒャッハァ、殺せ殺せぇ!」


「てめえが死ねや!」


 ……もう、何人の人間がこの島で命を落としただろう。この島で目を覚ましてから、それほど時間は経っていないはずなのに……数え切れないくらいの、声を聞いた。

 それは人間の悪意を混ぜ、煮詰めたようなもの。それは自分たちに対して、そして関係ない人間に対して。


 今も、周囲では様々な憎悪がぶつかり合っている。そのほとんどが、人を殺してでもデスゲームを生き残り、生きて帰るという目的から。


「! あぶねっ!」


「きゃっ!」


 ドゥンッ、と体の芯にまで届く音に、昇はとっさにレイナの手を取り、引き寄せた。それは、先ほど拳銃を撃った昇だからこそわかったもの。

 放たれた銃弾は、レイナを撃ち抜くはずだった。それは空振り、太い木に命中する。


 レイナは、自分の手を見つめた……なんの躊躇もなく、自分の手を握っている、昇の手を。

 ナイフで抉られた傷が痛むが、それどころではなかった。救ってくれたとはいえ、直接手を握るなんて。レイナは、必死に心を押し殺した。

 なにかを感じてしまえば、その瞬間、昇を殺してしまうかもしれない。


「おい、ボサッとすんな!」


「!」


「ギジェエエ!」


 敵は、人間だけではない……見たことがある、しかし異形な姿をした化け物が、そこかしこに現れる。

 さすがに、最初に見た化け物ほど大きくはないが……それでも、脅威に変わりはない。


 辺りは、暗くなっている……本来なら、こんなときに動くのは危険すぎる。だが、そうも言ってられない状況だ。

 興奮した人々は関係なしに暴れまわるし、おそらく夜行性だろう化け物もいる。


 せめて森の中に入らないことを念頭に入れ、ただ走っていた。


「っづ!」


 しかし、周囲に気を配ったまま走っていればつまづいたり、足をぶつけることも。他の参加者の流れ弾が当たることもある。

 ほとんどの参加者は、アイテムボックスで拳銃を購入していた。一番使いやすいと判断されてのものだろう。


 もちろん、陸也が言っていたように素人が簡単に扱える代物ではない。が、素人でもただそれを持っているだけで、立派な凶器と変わる。

 しかもこれだけ人が集まれば、流れ弾は誰かに当たってもおかしくはない。


「おら、死ね!」


「! やめろっ!」


 死角から飛び出してきた男を、昇は反射的に突き飛ばす……その先に、ワニを思わせる生き物が、大きな口を開けていた。

 男は、バランスを崩してなすすべもなく、ワニの口へと放り込まれ……その鋭い牙が、男の体を串刺しにした。


 肉が裂け、骨が砕ける音が、耳にいやに響いた。


「ぐっ……!」


 ただ突き飛ばしただけ……初めての殺人のときと、同じだ。自分にその気がなくとも、結果として相手を死に至らしめてしまった。

 込み上げてくる吐き気を抑え、とにかく走る。


 走って、なんになるのか。どうせ手を汚したんだ、こちらから積極的に他の参加者を殺してしまえ……そんな囁きが、自分の頭の中に響いている。

 ……もはや、この段階で人殺しをしないなどと、綺麗事を述べるつもりはない。


「っ、人が、どんどん減ってる……!」


 マップを確認し、点が……人が減っているのを、確認する。

 ある者は参加者同士で殺し合い、ある者は化け物に襲われ、ある者は流れ弾に命を奪われ……


 まだ、この島に来てから一日も経っていない。なのに、人がどんどん死んでいく……

 いったい誰が、なんの目的でこんなことをしているのか……考えるだけ、無駄なことだ。


「っ、くそ……!」


 ただ一人の生き残りを賭けたデスゲーム……この前提がある限り、参加者同士が手を組むことはまずない。それが、一つの救いではあった。

 もしも手を組まれて襲われでもしたら、あっという間に囲まれて終わりだっただろう。


 ……一人しか生き残れない。それがわかっていながら、昇もレイナも、繋いだ手を話すことはなかった。


「てめぇらの賞金よこせ!」


「!」


 もはや、人の命など問題ではない……ただ賞金欲しさに、命を狙ってくる者もいる。

 反射的に、昇は声のした方向へと腕を振るう。その手には、陸也への脅しに使った爆弾が握られていた。


 放られた爆弾は、数秒のカウントを刻んだ後……大きな音を立てて、爆発した。それに巻き込まれ、声を発した者と、おそらくそれ以外も巻き込んでいく。


「……くっ」


 こうしないと、生き残れない……もはや、殺し合いもせずに、みんなで協力して島を出ようなんて提案するという考えは、失われていた。

 誰も彼もが、理性を失った獣と同じだ。もう、言葉など通じない。


 殺そうとしてくる相手には……相応の覚悟を持って挑まないと、こちらが殺されてしまう。


「! どいて!」


「うぉ!」


 突然昇は突き飛ばされる……それは、レイナが繋いでいた手を振り払ったからだ。

 いきなりの出来事に、何事かと振り向くと……そこには、昇を死角から狙おうとしていた女。そして女の手首を掴んだレイナの姿があった。


 手首を掴まれた女は、手首が、そして全身が捻じ曲がっていき……ボギンッ、と音を立てて、絶命した。

 昇を突き放したのは、明確に守ろうと思ったから……そして、手を繋いだままでは、女への殺意を通じて昇も殺してしまうかもしれないから。


「お前……」


「……借りの作りっぱなしは、ごめんだから」


 言ってレイナは、包帯を巻かれただけの手を擦る。治療とも言えない、簡易的な処置。

 そんなもの、借りとも思うものでもないとは思うが……とにかく、助けられたことに違いはない。昇は、礼を言う。


 先ほどよりも、いつの間にか騒ぎが収まっていたところへ……マップを、確認する。

 ……残っている点は、残り四つ。


「あと、四人……」

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