死にたくない



 向けられるのは……これまでの人生の中で、昇が向けられたことのない類いの視線であった。

 このデスゲームに参加させられる以前はもちろん、自分を殺そうとした男でさえ、昇の命を奪おうという段階でこんな目はしていなかった。


 あのときの男は、どちらかというと恐怖の感情が大きかった。怯えが、その目の奥に見えた。

 だが、今昇を殺そうとしている男は……怯えどころか。なんの感情も見えない。

 強いて言うなら、楽しみ……まるで、新しいおもちゃを前にした子供が、遊ぶのを待てないと言わんばかりの。


 人を殺す。生死のかかった状況で、こんな目をする人間がいるのだと、昇はただただ恐怖を感じていた。


「なんで、そんな……平然と、人を……」


「死にな」


 昇の疑問に、しかし陸也は答えない。答える義理もないし、答えたところでわかってもらえるとも思わない。

 自分という人間のあり方を、他人に理解してもらおうなどと、そんなことは思いはしない。


 うずくまっている昇の前に、陸也の足が見えた。目の前に、立っている。

 顔をあげると、そこには冷たく、自分を見下ろす陸也の姿……その手には、ギラリと光るサバイバルナイフが握られていた。


「キェエエエエ!」


「あぁ?」


 その瞬間、耳をつんざくような声が響いた。それは明らかに、人間のものではない。

 声は上空から……視線を上げると、空には巨大な鳥が飛んでいた。先ほどのような化け物と同類のものだろう。


 なにが出てこようと、もはや驚きはないが……


「ちまちましてたら、アレの餌にされちまうな……それはごめん、だ!」


「っ、ぐぁあああ!?」


 振り下ろされたナイフは、昇の右腕に突き刺さる。頭を狙ったつもりだったが、寸前に体をずらされ狙いが狂ってしまった。

 しかし、深く食い込んだナイフは簡単には抜けず、地面にまで貫通していた。


 動きを封じたところで、陸也はまたもナイフを取り出す。


「ぁあああっ……どれ、だけ……!」


「サバイバルナイフは安いし、持ち運びにも便利だからな。ストックはそれなりにあるさ」


 ただでさえ巨漢の男に、武器が合わさり……シンプルな武器だからこそ、隙が見えない。

 もはや逃げ場などない……しかし、昇にはまだ手が残っている。


「悪いな、痛いだろ。それもすぐに終わらせてやる」


「っ、そう、か……ぅう!

 なら、一緒に楽になろうぜ!」


「!?」


 その瞬間、昇の目の前に……怪しげな、黒い箱のようなものが現れる。陸也の足元だ、動きが止まる。

 それを見た瞬間、陸也の目が見開かれる。一般人でも、ドラマなんかで見たことがあるだろうし、自衛官の頃に陸也は直接見たことがある。


 それは、カチカチと針の音を響かせ、なにかしらのタイマーがついている……爆弾だった。それも、時限式の。


「なっ……んで、爆弾が!? ……っ、てめえ!」


 この島に来て、ありえないということはありえないと学んだ。目の前に爆弾が出現したことにも、必ず意味があるはず。

 そして見つけた。昇の手に、スマホが握られていることに。


 昇の右手は、ナイフで固定されている……いったい、いつから左手に、スマホを握り締めていた?

 しかも、その画面はアイテムボックスの購入画面だ。


 つまり、昇はアイテムボックスで時限爆弾を購入し、購入されたものが転送されてきた、ということだ。

 先ほど、陸也もアイテムボックスを活用した。ものがいきなり現れる現象は、それしか心当たりがない。


「あの鳥、あれに気を取られてくれて、助かったぜ……まさに、幸運ってやつだな。

 どうせ、死ぬなら……お前も、道ずれだ!」


「てめぇ……!」


 これは、昇にとっても賭けだった。事前に、アイテムボックスを使用したレイナの情報……それに、購入したものがうまく、両者の目に見える位置に転送されてくれるか。

 なにより、スマホをいじる隙を作る必要があった。一瞬でも、化け物鳥に注意が向かったのは、助かった。


 これで、陸也は昇を殺す手間さえ、惜しむことになる。なんせ、残りの時間は十秒ほどしかない。

 今無理に昇を仕留めるよりも……


「っ、直接殺れねえのは残念だが、バカだったな! 俺にはこの【ギフト】がある!」


 瞬間、陸也の姿が消える。『空間移動テレポーション』の【ギフト】により、爆弾と物理的な距離を取る。

 陸也に殺されたくないばかりに、爆弾を脅し材料にしたのだろうが……バカなことだ。殺されるのは、陸也ではなく爆弾に変わっただけ。


 そうして、後方に移動した陸也は……なにかに、背後から抱きしめられた。


「……は?」


 爆弾から距離を取ることに集中していて、背後を気にしていなかった……いや、そもそも空間を移動した直後の背後なんて、なにがあるかわかるはずもない。

 なにが、自分に抱き着いてきた……それを確認するより先に、顔に、それは這ってきた。


 それは、手だ……小さく、やわらかな手が、陸也の顔を覆う。

 なんとか、陸也は背後に首を向けて……


「て、めえ……なんで……!」


「はぁ、はぁ……」


 陸也に抱き着いているのは、レイナだった。

 いや、ありえないだろう。この女は、今の今まで地面に、倒れていたはずだ。両手を、ナイフで突き刺し固定し、動けないようにして。


 なのに、なぜ立って、動いて、陸也の背後をとり、抱き着いている?


「……捕まえた」


「っ!?」


 触れられた……レイナの、手に。それを理解した瞬間、陸也の中で血が冷えていくような感覚があった。

 触れられてはいけないと、そうわかっていたのに……だから、両手を封じていたのに、なぜ……


「! ば、爆弾は……!?」


 死ぬ死ぬ死ぬ……ならば、その前にこの女も道ずれに。爆弾で死ぬあの男と一緒に、殺してやる。いや、もう十秒経っているはず、なぜなにも起こらない?

 冷静であろうと努めている時点で、すでに陸也の中から冷静さは失われている。


 昇は、陸也が自分に視線を向けているのに気づいた……だから……


「はっ、ボタン操作式だよ……ばーか」


 時限式爆弾……しかし、その発動は、リモコンの操作で解除することができる。

 タイマーが残り七秒を指した時点で、昇は爆弾のスイッチを切り……舌を出して、手に持っていたリモコンを見せつけた。


 もしも、爆弾にリモコンがなければ、時間が残り七秒の間に、陸也は二度の『空間移動テレポーション』により充分に距離を取ることができた。

 いや、まだだ。まだ時間は、残っているし、『空間移動テレポーション』でここから逃げ出せば、また体勢を立て直して、あいつらを殺すことだって……


「あ、あぁ……あぁあああぁああ……!?」


 頭の中が、ぐちゃぐちゃになっていく。心の中も、視界も、脳みそも……すべてが、ぐちゃぐちゃになっていく。

 なにを考えているのか、考える必要があるのか……痛みがあるのか、ないのか。それさえも、わからなくなって。


 ただ最後に、死にたくないと、それだけを感じて……



 ボギンッ……!



 身体中のなにもかもが、捻じれて……あっけなく、絶命した……

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