殺し合い、話し合い、無意味な感情



 このデスゲームに、制限時間というものは設けられていない……書いてあった通り、最後の一人になるまで、生き残りを賭けたサバイバルを行うしかない。

 裏を返せば、参加者が協力さえすれば殺し合いなどせずに、一生をこの島で過ごしていくという選択肢も、ある。


 しかし、そんなもの望む者はないだろう。たっ三十人……今はもっと減っているだろう。そんな人数で、法も秩序もないこの島で、暮らして行けるだろうか。

 仮に全員に、殺し合いの意思がなかったとしても……それは、今現在の話。未来は分からない。


 ここは島だ、探せば木の実など食べられるものがあるかもしれない。海なら魚をとれるかもしれない。だが確実ではない。

 アイテムボックスならば食料はあるが、それにはお金が必要だ。上限が三十一億円だと決まっている以上、遅かれ早かれ限界は来る。


「もちろん、俺はこの島で、平和に生きていくつもりはない。

 全員を殺し、金を手に入れ、元の生活に戻る……!」


「……っ」


 まるで昇の心を読んだかのような男の言葉に、昇の表情は強張る。

 殺し合いはしたくない……いくらそう考えていても、目の前の男はそうではない。


 わざわざこうして話をしているあたり、余裕があるのだろう。なにせ相手は、自分よりも小柄な男と女だ。

 それに、まだ見ぬ【ギフト】の存在もある。この男から逃げようとすることさえ、困難だろう。


 逃げたところで、マップを使えばすぐに見つかってしまうのだが……


「本当なら、こんなにおしゃべりに付き合ってやる必要はないんだがな……

 お前たちに、興味があってな」


「……興味?」


「あぁ。

 ……あの化け物を殺したのは、どっちだ」


 その瞬間、男から放たれる殺気が、二人を射抜いた。これまでの人生、人に殺気を向けられることなど、ついさっきまでなかったことだが……

 この男の殺気は、これまでの人生の中で一番危険だと、感じた。


「あの化け物……あのでかさだ、お前が持っている銃じゃまず殺せない。それ以前に、あんな死に方はしない。

 となると、お前たちどちらかの【ギフト】によるものだと考えられる」


 男が、すぐに襲ってこない理由……それは、やはり【ギフト】の存在によるものだ。

 たとえ自分よりか弱い¥相手であろうと、どんな力を持っているかわからない。脳筋のような見た目をしておいて、頭がよく回る。


 それに、昇が拳銃を隠し持っているのも、気づいている。観察眼も、あるということだ。


「あんな化け物が、あんなになるんだ。どれだけ殺しに特化した【ギフト】なのか、俺は怖くて仕方がねえ」


「っ……」


 男は、ケラケラと笑いながら本当に怖がっているのか、といった風に話している。その最中……「殺しに特化」という言葉を受け、レイナの肩が僅かに震えた。

 思い出してしまったのだ。自分が殺してしまった、男の末路を。思い出しただけで、吐きそうになる。


 それを……男は、見逃さない。にやりと、笑みを浮かべる。


「へぇ……女、お前か」


「なっ!」


「あん? どっかで見たことあるな……まあいいか」


 この状況にあって、殺し合いはしないと言っているが……だからこそ、人殺しの言葉には敏感なはずだ。考えていた通り、この言葉にレイナは反応した。

 となれば……男の標的は、決まる。


 男は、たいして助走をつけることもなく、飛び出し……昇の腹部へと、拳を叩き込んだ。


「!? がぁっ……!?」


「ははぁ、俺の標的はあの女に固定されたと思ったか?」


 男の言葉の通り、狙いはレイナに絞られたと思っていた……だが、それとは別に。単純に、反応出来なかった。

 自分と男との間には、距離があった……だが男は、たった一度の踏み込みで、それを埋めてきた。


 おまけに、打ち込まれた拳は重く、苦しい。人に殴られる経験が頻繁にあるわけではないが、それでもこの拳の重さは、よく伝わる。

 思わず、地に膝をついてしまう。


「あーあー、現在っ子め。もうちっと鍛えときな」


「かはっ、あ……かっ……」


 腹を押さえ、咳き込む。息がうまくできない。

 先ほどの男のように、木刀を持っているわけでもない。素手だ。これは【ギフト】で強化されたものではないのか、それとも素なのか。


 いずれにしろ、動くことすらできない。


「……さっきは、いい反応するなと思ったが。間違いだったみたいだな」


 はぁ、と男はため息を漏らす。さっきまで抱いていた興味が、失せたと言っているように。

 レイナではなく、昇から狙ったのは、厄介な【ギフト】持ちを後回しにするため。いかに素人でも、二人がかりだと面倒だと思った……のだが。


 どちらが先とか、面倒とか、そんなこと考える必要すらなかった。こいつは、自分を楽しませてもくれない……その失望は、すぐに殺意へと変わり……


「やぁああ!」


「!」


 背後から聞こえた声に、男はその場から飛び退く。直後、現れたのはレイナだ。

 今の攻防の間に、男の死角まで回り込んでいた……男の殺気に動けなくなっていたと思っていたが、度胸があるものだ。


 しかし、甘い。


「奇襲のつもりなら、声を出すのは下の下だ。

 ま、声がなくても気づいたがな」


「ぐぅ……」


「さっきまで怯えてた奴が、なんの真似だ? 彼氏が殺されそうになったから、出てきたのか?」


「か、彼氏じゃないわよ!」


「そうか、なら……

 お前の【ギフト】は、相手に触れないと使えない、とか?」


「!」


 男の指摘に、レイナはまたも反応を見せる……見せてしまう。

 その姿に、男は腹を抱えて、笑った。


「ははははっ、素直すぎんだろ女! お前、ババ抜きとか苦手だろ!」


「な、なにを……」


「とぼけんなよ。会ったばかりの男が殺されそうになったからって、なんの武器も持たずに出てこれるほどお前は肝は座ってねえ。なら、さっきまで怯えていたお前が前に出てきた理由は?

 あの化け物を殺したのはお前の【ギフト】だ……その前提があれば、おのずと答えは出る」


 図星だった……レイナは、男に触れようとしていた。レイナの【ギフト】は、触れなければ発動しないのだから。

 チャンスだと思った……男は昇に集中していたから、距離を詰められるはずだと。触れられるはずだと。


 甘かった。


「なにが殺し合いをするつもりはないだ、俺を殺そうとしたな?」


「ち、違う、私……」


「あの化け物のように、俺をむごたらしく殺そうとしたわけだ」


 なぜ、出てきてしまったのだろう……なにが、チャンスだと思ったのだろう。

 触れれば殺せると、わかっておいて……なんで、そんなことを……


 昇が殺されそうだったから? いや、男の言うように、いくら行動を共にしていても、会ったばかりの相手だ。レイナが命を危険にさらす必要も、なんなら昇を助ける理由もない。

 そのために、また人を殺すつもりも、あるはずないのに……


 血に塗れたこの手が……レイナから、まるで理性を奪っていくようで……怖いのだ。

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