アイテムボックスの罠



「んくっ……ぷはっ!」


 湖にたどり着いた昇は、手のひらで水をすくい、一気に飲み干す。

 見るからに、澄んだ水ではあった。とはいえ、本当に体に害がないのかは、わからない。


 ……その危険性を考える余裕が、今の昇にはなかった。喉も渇いた、それ以上に……先ほど見た光景が、頭を離れない。

 人が死んだところを、初めて見た……それも、自分がこの手で。水をすくった手のほらを見ていると、徐々にその手が赤く、血に染まって……


「うっ……」


 違う、幻覚だ。男の血などついていない。それに、水で洗い流したはずだ。

 それに、これ以上胃の中のものをぶちまけてしまえば、空腹で動けなくなってしまう。


 ここには、食料などないのだから……



『アイテムボックス……自分が持っている金で、そこにあるものが買えるんですよ。食料、飲み水、日用品なんかもありましたね。そして……武器』



 ふと、頭の中によみがえるのは……自分が殺してしまった、男の言葉。

 あの時は、必死でもがき、考える余裕などなかったが……アイテムボックスとは、なんだというのだろうか。


 ここは島だろうが、ものを売っている場所があるとは思えない。だったら、男はどこで、拳銃を買ったというのだろう。

 昇は、なんとなく、スマホに目を落とした。他に使える機能がないか、確認するために。


 あるいは、それは本能からくる行動だったのかもしれない。


「……ん?」


 ふと、ホーム画面に、見覚えのないアイコンがあるのを発見した。怪訝に思いながらも、それをタップする。

 すると、開かれたのは……トップ画面に、アイテムボックスと書かれた、一覧表だった。


 そこには、食料、日用品、などとカテゴリー分けされており、それぞれに値段がついていた。

 男の言葉を信じるなら、今自分が所持している金で、これを買えるということなのだろう。


「はっ、便利なもんだな……」


 ご丁寧に、わかりやすくアイテムボックスなどと書かれている。こんな命懸けの状態で、まるで気の抜ける文章だ。

 しかしこれを使えば、食料や水に困ることはない。


 ……もっとも、500mlの水が百万円などと、ばかげているにもほどがあるが。食料も、基本的には菓子パンかカップラーメンしかない。


「水が百万……そういや、目が覚めた時に近くに水があったっけか」


 目を覚ました時、近くにクーラーボックスに入った、何本かの水があった。

 数は覚えていないが、仮に六本あった場合あれだけで、六百万の価値があったということだろう。


 あの時、混乱していてクーラーボックスは置いてきたままだ……今思えば、間抜けと言わざるを得ない。命の生命線とも言える水を、ほっぽってきたのだ。

 せめて、どこかに隠して後で戻ってくる、くらいの判断があればよかったのだろうが……今後悔しても、もう遅い。


 今から、取りに戻る? 無理だ……すでに誰かに見つかって、回収されている可能性もある。

 まあそれ以前に、どの道を通れば戻れる、というのがわからないという問題があるのだが。


「お? これ……シェルター?」


 アイテム一覧を見ていた昇は、とあるアイテムを見つけて指を止める。そこにあった名前に、興味をひかれたからだ。

 その名は、シェルター……簡易な画像付きだが、昇の考えるシェルターと違いないように見えた。


 説明書きには、シェルターの中に入ればマップにも映らず、またあらゆる武器でも傷をつけられないと書いてある。

 それには、胸が躍った。これがあれば、もう狙われることなどないし、人殺しなどしなくていいのだ。


 さっそく、これを購入しよう。この購入ボタンを押せばいいのだろう。それが、どのように手元に届くのかは、わからない。

 しかし、すがるように昇は、ボタンに手を伸ばして……


「……さん、おく……?」


 表示されている金額に、その手を止めた。シェルターの購入金額が……三億円と、表示されていたからだ。

 なにかの間違いではないかと、何度も画面を見るが……見間違いなどではない。


 間違いなく、シェルターの購入金額は、三億円となっている。


「っ、ざけんな!」


 思わず、スマホを叩きつけてしまいたくなる。しかし、なんとか思いとどまった。

 危険にさらされない、安全なものだと思っていた……人をもう、殺さなくて済むのだと。


 しかし、三億。デスゲーム開始時点で、一人にかけられた賞金は一億……これでは、買えない。

 シェルターを買うのは、今の昇のように安全が欲しい者、人を殺したくない者だろう。だが、そもそもシェルターを買うには、少なくとも二人、殺さなければいけない。

 殺した相手がすでに二億持っていれば、殺すのは一人で済むが……そういう問題では、ない。


 人を殺したくないのに、人を殺さなければ買えない。

 今の昇は、ちょうど三億円を所持している。買えないものではない。ここでシェルターを買ってしまって、デスゲーム終了までずっとこもっておく?


「……それも、無理か。

 なんだよ、シェルター出現時間、三日って……」


 そもそもの話、シェルターはずっと出現しているわけではない……出現時間が、たったの三日だと、書いてあるのだ。これでは、ずっとこもっておくという選択肢が取れない。

 それに、だ。シェルターを買ったとして、シェルターの中にはなにがある?


 三億円もの買い物をしたとして、シェルターの中に……なにもなうい可能性もある。むしろその可能性が高い。

 つまり、シェルターにこもっている間、誰かに狙われる心配はないが……食料問題は、解決しないのだ。


「シェルターにこもってる間、なんも食わないと……シェルターから放り出された時、動けない。いや、食べ物ならまだしも、水は三日飲まないと死ぬっていうし……

 結局、さらに金が要る……!」


 シェルターを買うのに、三億円。さらにシェルターの中で不自由なく過ごすというなら、さらにお金がかかるということになる。

 三日なら、水を飲まなくてもギリギリ生きられるかもしれない。だが、考えてみればここは島……日差しが強い。そこに、シェルター……あらゆる武器も通さないということは、それだけ頑丈ではあるが。

 裏を返せば、それだけ分厚く、隙間もない可能性がある。


 そんな密閉空間に、三日もいて……水もなしに、耐えられるだろうか?

 耐えられたとして、シェルターの期限切れのタイミングで、近くに敵がいたら?


「……考えるほど、現実的じゃない……」


 水を飲んだおかげか、少しは頭が回ってきたようだ。もしも、切羽詰まった状態で、先にアイテムボックスを見つけていたら……

 危なかったかもしれない。


 目先の誘惑に騙されれば、後で痛い目に遭う。これは、そういう判断力を試されているのか……



 ガサガサッ……



「!」


 その時だ……近くの草が、音を立てた。風では、ない。

 こんな森の中だ、野生動物もいるのかもしれない……


 ……あるいは……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る