第31話 潜入報告
生徒たちは皆部屋に戻り、今頃恋バナでもしている頃か。などと、遥は時計を見ながら思っていた。自分が学生だった時も、ろくに眠らず夜通し、くだらない話に花咲かせていた記憶がある。
「そろそろだな」
スエットにTシャツというラフなスタイルで部屋を出る。付き添いの教員は、時間ごとにホテル内を見回ることになっていた。コッソリ抜け出し、女子の部屋に行こうとする男子を捕まえて注意する、というあれである。
ホテルには、入り口のロビーとは別に、各階にちょっとした休憩スペースが設けられている。自動販売機が置かれており、その場所は共有スペースという位置付けだった。ただ、もう消灯時間を過ぎているため、誰かいればしょっ引かなければならない。
生徒たちは男子、女子と別れて3、4階が男子、5階が教員、6、7階が女子、といった感じになっていた。
遥は5階の自分の部屋を出て、まずは上の階へ。エレベーターで7階まで上がると、共有スペースを通り、長い廊下を見渡す。
「誰もいない、よし」
同じように6階、4階もチェックし、最後に3階へ。エレベーターが開くと、ある人物が携帯を片手に喋っていた。
「あ、やば。そろそろ切るねっ」
慌ただしく電話を切り、遥に向かってぺこりと頭を下げる。
「こら、もう消灯時間は過ぎてるぞ?」
「すみません、谷口先生」
素直に謝ってきたのはタケルである。
「こんな時間に誰と話してた? 彼女か?」
タケルが彼女にメロメロなのは、学園内でも周知の事実である。
「いえ、違います。ちょっと……あ、おやすみなさい!」
何故か逃げるように去って行くタケル。
「なんだ、まったく」
タケルが部屋に入る姿を確認し、辺りを一周すると巡回を終える。次の巡回は自分ではないので、もう今日の業務は終了だ。
部屋に戻ると、眼鏡を外し、ベッドに身を投げ出す。昼間、ベタベタと暑い気温の中、あちこち移動させられ、体はそれなりに疲れている。まだ初日だというのにこれでは、先が思いやられるな、などとぼんやり考えていると、不意にノックの音。
「ん?」
こんな時間に? と時計を見る。もうすぐ午前零時だった。
「亜理紗か?」
何の警戒もなしに扉を開けると、そこにいたのは…、
「なっ、」
大きな声を出しそうになる遥の口を塞ぎ、フードの男がそのまま部屋に押し入る。後ろ手でドアを閉めると、大きく息を吐き出す。
遥が口を塞いでいる手を引き剥がし、被っていたパーカーのフードをばさりと剥がす。
「何をしてるんだ、凪人っ」
と、少し小さめに怒鳴った。
「すみません、あの……来ちゃいました」
へへ、と照れくさそうに笑う凪人に、遥は迷わず腹パンする。
「ぐっ、」
想像以上に強いパンチを受け、体をくの字に折る凪人。
「来ちゃいました、じゃないだろう! ここは沖縄だぞ? それに、なんで私がここにいると……、」
ハッと息を呑む。
「大和タケルかぁぁ」
拳を握り、胸の前へ突き上げる。
さっき携帯で電話していた相手は凪人だったのか。ここにいると情報を流していたに違いないのだ。しかし、部屋番号までは知らないはずなのだが……。
「ちょ、遥さん落ち着いて、」
なだめるように近寄る凪人の腕を掴み、足払いをかける。ふわりと凪人の体が浮き上がり、そのままベッドに倒された。
「うわっ」
倒れた凪人を組み敷くように遥が覆い被さると、低いドスの利いた声で、言う。
「こんな夜中に顔を隠して、女性の部屋に忍び込んでくるとは、いい度胸だな、凪人」
殺気を感じ、トキメキではない動悸を確認する。
「ちょ、ま、コロサナイデ、」
半ば本気で怯え出す。
「どうやってここがわかった? 弟に聞いたって部屋番号まではわからんはずだっ」
「あ、えっとそれは……特殊能力で、」
「特殊能力……?」
遥が首を捻る。が、凪人を見て閃く。
「もしかしてっ、この触角か!?」
そう。凪人は宇宙人。頭の触角は伊達じゃないのだ。
「すごいな! GPSも真っ青だな! ああ、青いのはお前だったな。ぷぷ、」
急に楽しそうになる遥。
かと思えば、今度は急に真面目な顔になり、凪人を見つめる。
「……触っても、いいか?」
組み敷かれた状態でそんなことを言われ、凪人は脳内大混乱祭り開催中である。
返事をしない凪人を肯定とみなしたのか、遥の手がゆっくりと凪人の髪を撫でつける。そしてそのまま、触角へ……、
「って、ダメですっ!」
すんでのところで遥の手を掴むと、バランスを崩した遥が凪人の上に倒れ込む。
「わっ、」
仰向けの凪人に抱きつくような格好になる遥。
(うわーっ! うわーっ! うわーっ!)
凪人は内心大騒ぎである。このままこうしていたいような、なんなら形勢逆転したいような、いっそ背中に手を回して抱きしめてしまいたいような。
「……心拍数ヤバいぞ、凪人」
遥の一言で我に返る。
「遥さんのせいですよっ」
顔を赤らめ(青いけど)体制を整える。ここでやっと、沖縄に来た理由を話すことが出来た。
「なんだ、仕事で来たのか。それならそうと連絡をしてくれれば」
「驚かせようと思って……」
結果的には思っていたのと違うことになってしまったのだった。
「自分の口から直接言いたかったんです。俺、カレントチャプター、映画決まりました!」
満面の笑みで、言った。
「ああ、知ってる。よかったな、凪人」
ポン、と肩を叩かれる。
「へっ? 知って……る?」
「昴流から連絡があったんだ。自分がヴィグで、凪人が回想シーンのサカキに決まった、ってな」
「……あんっのやろぅ……」
せっかくここまで来たのに!
自分の口で報告したかったのに!
ぺらぺらと先にバラされていたとは!!
「頑張ったな。楽しみにしているぞ」
クス、と遥が微笑んだ。
(かわっ、あ……ヤバい……、)
遥の可愛さに心を射抜かれつつ、凪人は遥に向き直る。
「じゃ、俺、もう行くんで。…あの、さっきは怖がらせちゃってすみませんでした」
頭を下げ、立ち去ろうとする凪人を、遥が咄嗟に引き留めた。
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