アデル様の好きな人

 家庭教師をしてくれているミランダ先生が私のネックレスを見て微笑んだ。


「陛下との謁見、うまくいったのですね」


「たぶん……うまくいったと思います」


「そのネックレス頂いたのでは?アデルバード様が女性に何か特別に贈り物をするなんて、見たことも聞いたこともありません。それを見て、きっとニーナ様は奥様としての役目をきちんと果たされてきたのだと思いました」


「えっ!?そ、そうなのかしら?あの、一つ聞きたいのですけれど、アデル様は今までに特別な女性と仲が良いということは……?」


「女性どころか、人付き合いもお好きではありません」


 ミランダ先生は沈痛な顔をする。……それなら、アデル様が私と似ていると思っているのは誰なのかしら?


 ジノの訓練の時もさり気なく聞いてみる。


「アデル様の初恋や好きな人って、どんな方だったんですか?」


「そんな話聞いたことないですよ!?言い寄られることはあっても、アデルバード様はあのような性格なので、泣いて去っていく女性なら見たことありますが、自分から想う方は知りませんね」


 首を傾げるジノ。話を聞けば聞くほど、アデル様の人間関係の方が心配になってきた。人と接するのが苦手なのかしら?でもその割に気遣いもでき、人の心を察するような優しい所もある。自分から、人と離れていこうとしているようにしか思えない。なぜなのかしら?


 訓練の後、降り積もった庭先の雪かきをしていく。


「奥様!下男にそういうことはお任せください!」


 アンリが慌てて飛び出してきた。


「いいのよ。雪かきも得意なんだから!」


 便利な怪力スキルのおかげて、水を含んだ重みのある雪もサクサクとスコップですくい、綺麗にしていく私にアンリは目を丸くする。


「奥様の力ってすごいですね……でもお願いですから、高い所の雪かきだけはおやめください!骨折したり頭でも打つような事態になると、アデルバート様がとっても悲しみます!奥様のこと、今までのアデルバード様には考えられないくらい大切にしてるって使用人達の中でも話題なんですよ」


 そう聞いて、私は顔が赤くなった。雪かきの手が思わず止まる。


「ほんと!?」


「そうです!びっくりなんです。それにアデル様の表情も態度も以前より柔らかくなってきたって……奥様はほんとにすごいです」


「そんなことないわ。でも高い所の雪かきはやめておくわ。約束します。だからこのへん一帯はさせてちょうだい。使用人の人数が少ない分、負担をかけてるもの。私も手伝いたいの」


 アンリは私の言葉に涙ぐむ。涙!?……そこまで感動しないでほしい。この力が有り余ってるくらいだから使わないともったいない。


「ほんとに優しい奥様が来てくれてよかったと思います」


 私もずっとここにいたいけど。私もここを私の居場所にしたいと思うけれど。アンリが目の端を拭う純粋な涙を見て、偽物の奥様の私はズキズキと心が痛い。


 以前より変わってきたアデル様だけど、本当の妻になってくれとは言わない。なんとなくだけど、この先も言ってはくれない。そんな予感がした。


 でも私が好きって思いを伝えたら……もしかして?


 もしかしたら10年経っても終わりにならないかもしれない?


 

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