アデル様のお母様

 なぜか気まずいままで、アデル様はどこか私を避けているようにも思えた。あの歌を歌ったことがそんなにダメだったのだろうか?


 帰る前に母にも会って行くと言われて、ハイと私は静かに返事をした。目もずっと合わせてくれない。


 城下街を見て行こうと言ってくれた約束も忘れてしまったのか、それともそんな気分になれないのか、もう帰路に向かっている。


 でも今、こんな感じで遊びに行っても私は上の空だろう。アデル様の心が閉じてしまい、何もわからない。


 ガタンッと馬車が揺れて気付けば、都の中にある、大きな屋敷についていた。アデル様は無言のまま、行ってしまうので、私は慌てて後ろから着いていく。


 アデル様のお母様にすぐ会うことになり、私は挨拶をした。ビシッと背中が伸び、強そうで凛としていて美しい方だった。でも親子なのにどちらも話をせず、上辺だけの挨拶でアデル様はさっさと帰ろうとしたが、お母様が私をチラッと見て、止めた。


「待ちなさい。少しあなたの妻となった方と話す時間をちょうだい」


「………お好きに」


 そう言って、アデル様は部屋から出ていってしまった。私はお母様と二人っきりになった。すごく心細かった。


 だって私は歓迎されてないことがわかる。視線がまるで並んでる服を見るようにジロジロと品定めされているからだ。


「あの子が結婚したと聞いた時は驚いたわ。確かに仕草も作法も優雅さはあるけれど、騙せないものがあるわ」


「騙すとはなんでしょうか?」


 アデル様のお母様は美しい顔に合わない残酷な笑い方をした。私は見たことがあった。この笑い方をする人は怖い。無意識に手と足がかすかに震えた。鼓動が早くなる。


 これから獲物を狩るための笑い方。セレナの国を攻撃した国の使者もそんな笑い方ををしていたのだ。笑っているのに私達を人としてみていないのだ。


 アデル様!ここにいて欲しいの!と扉の向こうのアデル様に叫びたかった。


「辺境伯……王家の血筋でもあるアデルバードにふさわしいと思える血が流れていない。臭うのよ。低い身分の臭い血がね」


 扇子をヒラヒラさせて私を追い払うようにする。


「身の程をわきまえて、自ら去りなさい。お金が欲しいなら差し上げるわ」


 そう言って、布袋に入ったものをテーブルに置いた。


「い、いりません、ほしくありません!」


「おかしいわね?どうせあの子のことだから、あなたなんて、お金で操られてるだけのお人形さんでしょ?あの子は人を愛することができない子だもの」


 鋭い。さすが母親だと思った。アデル様のことをよく知っている。でも……。


「あ……愛することができないなんて……そんなことありません!だって、アデル様はお優しいところも私の気持ちを思いやってくれるところもお持ちですもの……」


 震える声で必死に言う私をキッと睨みつける。


「母親にすら冷たく、笑顔を見せたことのないあの子があなたを愛する理由がないのよ!さっさとお金を持って消えなさい!それともそのお金じゃ足りないとでも?」


 私は再度……いりませんと言ってから、体を後退させて、部屋から飛び出した。アデル様はどこにいるんだろう!?あたりを見回すけれどいなかった。


 もう私のことなんて……どうでもいいのかもしれない。今のアデル様は明らかに私を嫌っている。その理由はわからないけど。


 今も、もういない。私、必要なくなっちゃったの?コートを羽織って、私はトボトボと屋敷から出て行った。


 お金。なんで貰わなかったんだろう?

 

 私、お金で買われたのだから、さっさと今、貰ってさようならっていなくなれば10年なんて待たずに平穏な暮らしができる。


 なんで受け取れなかったんだろう?


 雪の中の街は静かだった。


 王都へ来た時はあんなにワクワクしていたのに、今は全部灰色。ジワっと涙が滲んで景色が歪む。


 私は元王女だと言っても、それは前世のセレナの記憶だけであり、今は卑しいと言われる孤児。振る舞いをそれらしくできたところで、確かにアデル様にふさわしくない血が流れている。


 臭い血だと美しい顔をしかめたアデル様のお母様の顔が浮かぶ。


 私に選択肢があるわけなかった。もういらないと言われたらそこまでなのだ。


 アデル様の妻になんてなれやしない。なんて私はおこがましかったんだろう。


 今になって……私はアデル様のことか好きになってしまっていて、どうしようもなく惹かれている事実を知る。


 だからお金は受け取れなかった。

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