北国の寒さ

 ビュウッと冷たい風が頬を刺す。思わず、身を縮こませてしまう。


「クシュッ」


「ニーナ様、大丈夫ですか?」


 剣を構えていて、くしゃみをしてしまう。


「あっ!ごめんなさい。真剣にしてるのよ」


「いえいえ、風邪などひかれましたら、アデルバード様がご心配しますから……今日の剣の稽古はやめておきますか?」


 優しいジノはそう言う。しかし私の丈夫さは他の人よりもはるかに抜きん出ている。


「大丈夫よ。生まれてから一度も風邪ひいたことないのよ。さあ!するわよ!」


 私がなんとかサマになってきた剣の構えをすると、ジノか笑う。


「ほんとに勇ましい奥様ですね」


 まだ木刀しか許されてないため、カッという鈍い音しかしない。しばらく打ち込む。ジノの剣の腕前は確かで、私の剣筋を見切って、一撃で地面に木刀を落とされてしまう。手がじんじんと痛む。


「あー……今日もだめなのねー」


「いいえ。剣の一撃が重くて女性とは思えないほどの力ですし、剣筋も良くなってきましたよ」


 女性とは思えないほどの力……それもまた生まれつきのものです。とは言えない私だった。


 フッと顔を見上げると、窓辺に影が見えた。あれは……アデル様?のような気がした。


「どうしましたか?」


「あそこにアデル様が立っていたような?」


 私は屋敷の窓を指差す。


「そうですねぇ……見ていたのかも。ニーナ様のことを気になってるのに声をかけれない現象ですねぇ」


「えっ!?なんなのそれ!?」


「何なんでしょうかねぇ」


 困ったように窓を一緒に見上げるジノ。


「それはさておき、ニーナ様は剣はともかく、魔法の方が才能あるように感じました。魔力も高いし、いざという時は剣よりも魔法を使うほうが良いかもしれません」


 ハイと私は素直に返事をする。


「いや、正直、こんな毎日訓練が続くとは思いませんでした」


「私の気まぐれだと思った?」


「まあ……はい……そうです」


 正直者だ。


「他の騎士たちも感心してますよ。一緒に戦うと言ってくれる奥様がいるとは……本当に戦う必要はないんですよ。そう思ってくれ、我々のことを気にしてくれるだけで、とても皆が喜んでいます」


「私は本気よ?」


「わかってます。でもアデルバート様にあまり心配おかけしないようにお願いします」


 アデル様は私の心配をしてくれてるのかしら?どうなのかしら?まだ旦那様の本当の心は見えないし読めないのよね。


 次はミランダの授業だわと私が廊下を歩いていくと、アデル様が部屋の前に立っていた。


「アデル様?どうしましたか?」


 静かに私を紫の目で見る。これを……と手渡される。包み紙に入っているが、大きいものだ。


「これをやる」


 そう言って去っていく。中身は?と思い、部屋に入り、気になったため、すぐに開けてみる。


「毛皮のコート!?」


 フカフカで滑らか。軽くて羽織ると暖かった。かなり上質で高価な物だと思う。白い毛皮は美しくて手触りが良い。


 寒いこの地だから……くれたの?


 私はジッと毛皮を着た自分を見る。高価すぎて現在の私には似合ってない気がして、ちょっとクスッと笑ってしまった。鏡の向こうの私は嬉しそうに口元も頬も緩んでいた。高価な毛皮の贈り物というよりもアデル様の気遣ってくれたことの嬉しさだった。


 もっとアデル様と話せたらいいのに。あの氷の冷たさを越えて、近づいてみたい。越えた先に何があるのか見てみたい。心の隅っこからで良いから、踏み込むことを許してくれないだろうか?


 私、おかしいわよね?別に本当の妻になりたいわけじゃないし、独身希望だし、平穏でまったりな将来設計描いてるのよ?それなのになんだかアデル様に関わりたくなってる。


 自分の心なのにわからない。


 でもこれだけは確かね。こんな北の寒い地に来たのに、きっといつもの冬より寒くない。誰かにこんなふうに気遣って貰うのは初めてだった。


 心の中から、とても温かい。

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